「金管楽器から自転車のパーツへ!?」学生ビルダーの挑戦記【完結編】

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構想を経て、実際に金管楽器を用いた自転車制作に取り組んだ。今回は楽器を使った自転車のパーツを作る過程、完成した様子を紹介していく。また、そこから生まれるものづくりの本質について語る。

 

筆者プロフィール

井上陽翔

井上陽翔(いのうえ はると)
東京サイクルデザイン専門学校、自転車クリエーションコース3年生。高校生の時から2年3か月、自転車販売店でのアルバイトを経験し、現在はサイクルスポーツ編集部にて約1年アシスタントを務めている。
吹奏楽に関しては小学生からクラシックが好きで、中学生からは吹奏楽にも興味を持つ。音楽の授業に苦手意識があり、楽器を始めようとはしなかったが、2年前に自衛隊の音楽隊に影響されトランペットを始めた。

 

構想を形にする

前回、フレームが完成し、課題であった楽器の加工があった。ここは無理にローラーをかけず、そのまま使用していくことにした。いよいよ役目を終えた楽器は、ここから自転車の各部へと姿を変えていく。

 

走るための再設計

フェンダー(泥除け)

フェンダー

 

長い曲面で構成されるフェンダーは、走行時の水や泥の巻き上げを防ぐ。しかし、これを作るには大型の楽器から板を切り出す必要がある。

今回はチューバの大きなベルを生かし、ベルからU字に曲がる部分までを使用して制作した。まず図面上で寸法を割り出し、余裕を持たせた長さで切り出す。延長が必要な箇所は二枚の板を重ね、銀ろうで溶接した。わずかなズレが仕上がりの印象に大きく影響するため、切断と溶接の工程には特に神経を使った。その後、タイヤ径に合わせて曲げ加工を行う。フレームに固定するためのステーも自作し、ステンレス棒を曲げて成形した。

 

チューバを解体し、叩いて広げて切り出す準備をする

チューバを解体し、叩いて広げて切り出す準備をする

 

チェーンカバー

チェーンカバー

 

チェーンカバーは、チェーンリングへの巻き込みやチェーンの汚れからズボンの裾を守るための部品である。楽器にも同様に、機構を“守る”ためのパーツが存在する。それがサックスのキーガードだ。本来は繊細なキーを外部からの衝撃から守るための部品である。今回はテナーサックスのキーガードを使用し、チェーンリングの形状に合わせて切断した。さらに、フレームへ固定するためのマウントボルトが通るよう加工を施した。表面には錆びが見られたため、紙やすりで丁寧に研磨し、素材本来の質感を引き出して仕上げた。

 

テナーサックスのキーガードを切断して成形している様子

テナーサックスのキーガードを切断して成形している様子

 

アウターガイド

アウターガイド

 

アウターガイドは、ブレーキを作動させるためのワイヤーをフレームに沿って固定する、走行に不可欠な部品である。

本制作では、テナーサックスおよびアルトサックスのキーロッドを使用した。元々、キーの動きを支えるための細く強度のある部材であり、その直線的な形状を活かしてフレームへ配置している。アウターケーブルはタイラップで固定し、確実に保持できる構造とした。

 

テナーサックスとアルトサックスのキーロッドを接着し、革ベルトで保持しながら取り付け

テナーサックスとアルトサックスのキーロッドを接着し、革ベルトで保持しながら取り付けている

 

街に溶け込む機能

ボトルケージ

ボトルケージ

 

自転車に乗りながら水分補給をするときにボトルを収納するときに活躍するのがボトルケージ。

ボトルケージ本体をステンレス棒から自作し、ボルトで固定する台座は楽器から切り出した板を使用。さらに、ボトルを保持する機構をここに追加する。

武蔵台小学校で出会った男の子から受け取ったテナーサックスのネックを使う。やはり、思い入れがあるものを直接頂いたからこそ、これを使って何か作りたいと最初から考えていた。今回はオクターブキーのみ取り外し、台座をボトルケージ本体に溶接した。バネを活用してボトルを押さえることができる。

 

ボトルを実際に入れた状態

ボトルを実際に入れた状態。オクターブキーがボトルを押さえて固定する仕組みになっている

 

カゴ

カゴ

 

自転車のカゴは、日常使いを象徴する部品のひとつである。荷物を運ぶという実用的な役割を持ちながら、外観の印象にも大きく影響する存在だ。

このカゴにはコルネット、トランペット、ホルンの一部を使用している。元々、音を増幅させるための形状は包み込むように巻かれた形状だ。このような曲線や直線のパイプを生かす。単にものを入れる容器ではなく、楽器が持っていた包み込む形状を日常の道具として生まれ変わらせることを意識した。

 

カゴのパーツ

ホルン、コルネット、トランペットのパーツを組み合わせたもの。これらからカゴを作る

 

奏でる安全、照らす未来

ベル

トランペットのマウスピースを使用したベル

トランペットのマウスピースを使用したベル

 

自転車のベルは、周囲へ自らの存在を知らせるための重要な安全装置である。数少ない自転車部品の中でも、音を鳴らす役割を担う存在だ。

もともと音を奏でていた楽器だからこそ、再び“音の出るもの”として活かしたいと考えた。楽器を自転車のベルに転用すると考えたとき、真っ先に思い浮かんだのがトランペットのマウスピースである。マウスピースは削り出しで製作されている。その構造を生かし、内側を旋盤でさらに削り込んだ。外側は厚さ1mmまで加工し、試しに叩くと高く澄んだ音が響いた。市販のベルの機構に適合させるための加工は特に難しかった。

また、自転車のベルにはJIS規格による音量基準が定められている。制作したベルはこの基準を満たす音量を確保することができ、自転車用ベルとして実用可能であることを確認した。

 

マウスピースを切断

マウスピースをベルに加工するためトランペット本体に差し込む部分を切断する

 

ヘッドライト

ヘッドライト

 

自転車のライトも、安全な走行に欠かせない重要な部品である。本制作では、ライト本体ではなく、それを包み込むシェード部分を制作した。

取材を進める中で、「残してほしい楽器の部分」として最も多く挙がったのがベルだった。管楽器を象徴する形状であり、前方へと突き出た姿はヘッドライトとも共通点がある。しかし、チューバやホルンのような大型の楽器のベルは、自転車に取り付けるには大きすぎる。そこで選んだのがコルネットのベルである。サイズ感と形状のバランスが、自転車のフロント部分に適していた。

さらに、轟音楽団でのアンケートでは「バルブのギザギザがついた蓋を残してほしい」という意見もあった。本来であればユーフォニアムの部材を用いるのが理想だったが、今回はチューバのバルブキャップを代替として使用した。チューバの蓋の外径とコルネットのベルの根元の径を合わせることで、一体化させている。

蓋の裏側にライトを接着すると、内部で光が反射し、前方を効率よく照らす構造となった。楽器の象徴的な形状は、音を放っていたものから光を放つものへと生まれ変わった。

 

コルネットの根元にチューバのバルブキャップのネジ山を取り付け、キャップを被せる

コルネットの根元にチューバのバルブキャップのネジ山を取り付け、キャップを被せる

 

ネーミングとロゴに込めた思い

ロゴ

このバイクの名前はトーン・トーン

 

各部の制作が終わり、楽器の面影を残した一台が形になった。この自転車に名前を付けるときも楽器であったことを示す名前にしたいと思った。

そこで付けたのがト音記号とトーンで「トーン・トーン」。ロゴはト音記号とトーンで表しており、ト音とトーンで発音が似ている。楽器として音を奏でていたものであることを表している。

また、ト音記号は楽譜の最初にあることから、楽器の新たな出発点になって欲しいという願いが込められている。ロゴのデザインからヘッドバッジを楽器の板から切り出し、制作した。

 

ロゴは全て楽器から作った板から糸鋸で切り出す

ロゴは全て楽器から作った板から糸鋸で切り出している。ものすごく繊細な作業だ

 

ついに完成へ

トーン・トーン

 

こうして制作を進め、金管楽器を再利用した自転車が完成した。
制作したパーツには実際の楽器の部品を使用し、それぞれの形状や素材の特徴を活かしながら自転車の機能として成立させている。完成した自転車を見ると、そこには単なる素材の再利用以上の意味を感じる。もともと音を奏でるために作られた楽器が、自転車という新しい役割を持つことで再び人の生活の中に戻っていくからだ。

この自転車は、楽器の「終わり」を示すものではなく、新しいサイクルの始まりだと考えている。楽器として役割を終えたあとも、別の形で人と関わり続けることができる。その可能性を示す一台になったのではないだろうか。

 

街に溶け込むデザイン

日常使いを想定し、街に溶け込むデザイン

 

自転車と、役目を終えた楽器が教えてくれたこと

この卒業制作を通して私が感じたのは大きく三つある。

初めに、制作を通して感じたのは大切なものと向き合うことの意味である。楽器は単なる道具ではなく、そこには演奏してきた時間や記憶、感情が蓄積されている。制作で加工する過程は、楽器に向き合い、観察し、再構築することで、込められた想いと素材や構造の美しさを改めて知る時間でもあった。大切なものと真正面から向き合うことで、その本質が見えてくる。それは単なる再利用ではなく、人の意識を変えるきっかけであると感じた。

次に、自転車と吹奏楽は、本来交わることのない分野である。しかし、今回の制作ではその二つを融合させることで新しい機能や意味が生まれた。異なる分野で掛け合わせることで、既存の用途に縛られない可能性が見えてくる。この試みは自転車に限らず、あらゆるものづくりに応用できる視点ではないかと考える。

最後に、ものづくりの本質についても改めて考えさせられた。ものづくりは本来、誰かのために行われるものである。楽器は演奏をする人、演奏を聴く人に。自転車は移動をする人に。

今回の制作もまた、楽器の記憶を残したいという人の想いのためにこの自転車は生まれた。しかし、ものづくりは常に良い結果を生むとは限らない。同じ技術や素材が、人を幸せにする製品にもなれば、凶悪な兵器にもなり得る。だからこそ、ものづくりにおいて重要なのは“何を作れるか”ではなく、“何のために作るのか”という問いである。本制作が示したいのは、ものづくりが誰かの記憶をつなぎ、日常を支え、幸せに寄与する方向へ向かい続けてほしいという願いである。

形を変えても、役割を変えても、その根底にあるのは多くの人の幸せのためであってほしい。