「金管楽器から自転車のパーツへ!?」学生ビルダーの挑戦記【構想編】
目次
形あるものはいつか終わりが来て廃棄される。そんなごく当たり前のことだが、時に思い出や努力が詰まっていたり、思い出の品として大切に感じる人も多いのではないだろうか。
今回は金管楽器に焦点を当て、金管楽器を自転車に再利用する。吹奏楽と自転車の可能性を広げ、自身の卒業制作として実現していこうと思う。
筆者プロフィール
井上陽翔(いのうえ はると)
東京サイクルデザイン専門学校、自転車クリエーションコース3年生。高校生の時から2年3か月、自転車販売店でのアルバイトを経験し、現在はサイクルスポーツ編集部にて約1年アシスタントを務めている。
吹奏楽に関しては小学生からクラシックが好きで、中学生からは吹奏楽にも興味を持つ。音楽の授業に苦手意識があり、楽器を始めようとはしなかったが、2年前に自衛隊の音楽隊に影響されトランペットを始めた。
廃棄される金管楽器、それで終わりなのか。
この事実を知ったのは私が高校を卒業する直前の時に吹奏楽部に所属する同級生に聞いた話だった。「楽器にも寿命があり、自分が担当していない楽器でも廃棄されてしまうのは悲しい。」何気ない会話だったが、大切に使われてきた楽器は単なる音を出す道具ではなく、思い出や努力が詰まった存在であることを改めて感じさせられた。実際に廃棄された金管楽器は一体どうなるのか。一般的にはリサイクルとしてスクラップになり、溶かされる。しかし、これでは持ち主の元を離れてしまい、楽器の形や記憶は失われてしまう。これを知った私は、得意の自転車で何かできないかと思ったのがこの企画のきっかけである。
自転車と楽器を繋ぐ意味
そもそもなぜ、金管楽器を再利用するのに自転車を選んだのか。再利用するだけなら指輪やネックレス、ストラップのようなアクセサリーの方が身近にあり、大切な楽器であればなおさらだろう。しかし、私は吹奏楽と自転車はサイクルという共通の概念で成り立っていると考えている。想いの詰まった金管楽器を再利用して自転車で作る意味とは何なのか。悩む中でJ.P.スーザ作曲の行進曲 「黒馬騎兵中隊」を聞いていたとき、同じメロディが繰り返される構造に気づいた。それは、ひとつのサイクルが形づくられているように感じられた。そこで思い出したのが私が東京サイクルデザイン専門学校に入学してすぐの学校長の言葉だった。
「自転車はタイヤ、ハンドルなど回転しているもの、お店であれば経済や商品、また自転車に人が乗り街が回る。自転車はあらゆるサイクルでできている、それをデザインするのが東京サイクルデザイン専門学校です」。
当時、これを聞いた私はとても印象に残ったのをよく覚えている。吹奏楽にもメロディに限らずサイクルという概念はあり、練習と本番の繰り返し、吹奏楽部や楽団の世代交代、楽器の受け継ぎなど、どれも吹奏楽にとって欠かせないものである。だが、そこにある楽器は廃棄されてしまうと、そのサイクルから外れてしまうことになる。そこで同じサイクルという概念で成り立つ自転車で新たなサイクルを生み出す。これが自転車で金管楽器を再利用する一番の意味ではないだろうか。
“奏でる”ための楽器から“つくる”ための素材へ
制作に向け、金管楽器の主な素材である真鍮に焦点を当て、制作に取り掛かる。木管楽器だが主に真鍮でできているサックスも制作に含めることにする。自転車は強度や安全性が求められるプロダクトだ。その一部に楽器を使う以上、思いつきだけで進めることはできない。
自身で使えないようなトランペットを一本用意して様々な加工を試し、自転車にどのように使えるか検討した。真鍮は主に銅と亜鉛からできていて、用途によってその比率と混合物で使い分けられている。素材として金管楽器の真鍮を見ると、主に銅が70〜85%、亜鉛が15〜30%となっている。真鍮は銅の比率が多くなると柔らかくなるのでかなり柔らかいのがわかる。また、厚さも1mmも満たないので強度が低い。フレーム溶接時に使う真鍮ろうに使うことも考えたが、実際に溶かしたときに爆ぜてしまうためやめざるを得なかった。他には旋盤で切削、焼きなまして切り開いてみたりできることを探ってみた。
これを踏まえて、過度な強度の必要のない自転車のパーツを作る方向で進めることに決めた。具体的にはフェンダー、ベル、カゴ、チェーンカバーなど意外にもできそうなものはたくさんありそうだ。
楽器の提供という第一歩。
廃棄予定の金管楽器を使用することが、本企画の大きなコンセプトである。一方で、それらの楽器をどのように入手するかは、企画を進める上での課題でもあった。そうした中、知人の協力を得て、2校の小学校から楽器の提供を受けることができた。ここでは、協力してくださった小学校での様子と提供を受けた楽器を紹介していく。
中野区立武蔵台小学校吹奏楽団
武蔵台小学校では、チューバ、ホルン、テナーサックス、アルトサックスの提供に加え、小学生へのアンケートを実施した。お昼休みの時間を使い、実際に小学生のみなさんと直接話をする機会をいただいた。楽器のこと、日々の活動のこと、それぞれが思い思いに語ってくれたが、特に印象的だったのが、口を揃えて語られた「東日本学校吹奏楽大会出場」の経験だ。出場するだけでも高い実力が求められる大会であり、その経験が彼らにとって大きな誇りになっていることが、言葉の端々から伝わってきた。
取材中、ひとりの男の子から声をかけられた。差し出されたのは、内側がへこんで使えなくなったテナーサックスのネックだった。それは、彼が初めて吹いたテナーサックスのネック。思い入れがあり、ネックを新品に交換したあとも大切に保管していたという。この企画のことを知り、ぜひ使ってほしいと持ってきてくれた。実際に人の心を動かしたこと、気持ちが通じた時はとてもうれしかった。必ずネックを使って自転車に生かすことを約束した。
また、吹奏楽団の顧問の先生からもお話をいただいた。
「この企画に出会えたことをきっかけに、学校の楽器をもっと大切に扱う気持ちが芽生えてくれることを願ってやみません」。
取材を通して、この企画自体単なるリサイクルではなく楽器と向き合い大切に使うきっかけとなる。まさにこの企画は教育の一環なのかもしれない。
青山学院初等部トランペット鼓隊
青山学院初等部トランペット鼓隊からはトランペット、コルネット2本を提供していただいた。細いパイプが多く使われているコルネットとトランペット。細かなパーツに使えそうだ。
制作への手がかり
制作にあたり、楽器を使ったデザインや、楽器の構造と分解の手がかりを得るために専門学校と楽団に協力していただいた。そんな吹奏楽を支える現場での新たな発見を紹介していく。
ESPエンタテインメント東京 管楽器リペア科
ESPエンタテインメント東京 管楽器リペア科は、管楽器のリペアに関する知識と技術を専門的に学ぶ教育機関だ。金管楽器を素材として扱う以上、構造を正しく理解しないまま制作を進めることはできないと判断し、取材を依頼した。また、楽器の再利用というテーマに対して、リペアの現場ではどのような視点があるのかを確かめたいという思いもあった。取材では、講師の方々に制作に大きく関わる楽器の構造について話を伺った。
特に関心があったのは、楽器の溶接方法だ。銀ろうとはんだ付けが用いられていること自体は知っていたものの、溶接箇所による使い分けまでは理解できていなかった。この点について、基本的に母材に直接触れる部分にははんだを使用するという明確な基準を知ることができた。
また、授業の様子や課題制作の作品も見せていただいた。真鍮のパイプや無垢棒を用いて笛を製作したり、修理に必要な専用工具を自作したりと、修理にとどまらない「ものづくり」としての側面が印象的だった。自転車を製作する立場としても、素材と向き合う姿勢に共通するものを感じた。
続いて、楽器の再利用に関する取り組みについても話を聞いた。ESPでは、企業や楽器店、学校などから集めた楽器を修理し、再び演奏できる状態にして別の場所へ届ける活動を行っているという。修理が難しい場合でも、パーツ取りや学校の教材として活用されることがあるほか、過去には学祭でクラリネットの一部を用いたアクセサリー制作も行われていた。楽器として使われることを第一に考えつつ、さまざまな形で活用されている点は新たな発見だった。
講師の方にリペアの道を選んだ理由を伺うと、学生時代に吹奏楽部に所属していた際、訪問販売員が手早く楽器を修理する姿に憧れたことがきっかけだという。「一つの楽器を長く使えるようにしたい」という思いが、現在の仕事につながっていると話してくれた。
取材を通して、提供を受けた楽器もこうした人たちの手によって大切に扱われてきたのだと想像できるようになった。楽器を長く使えるようにしたいというリペアに携わる人の思いと、廃棄される楽器を自転車に生かしたいという私の考えは、形は違っても「楽器を大切に思う」という点で共通している。これらの対話が、制作へ進むための大きな手がかりとなった。
轟 音楽団
神奈川県横浜市を拠点に活動されている轟音楽団。練習の様子を見学させていただいた後、食事の場で製作に向けたアイデアを語り合う機会を得た。同時にアンケートも実施し、これまでの吹奏楽経験を振り返ってもらいながら、「この形が好き」「自転車のパーツに活かしてほしい部分」について意見を聞いた。そこで出たのは、楽器のベル、バルブキャップのギザギザ、ホルンのピストン、トロンボーンのスライドなど。実際に聞いてみると、次々と具体的な形状や質感が語られた。これらの意見は、自転車のどの部分に、どのように使うべきかを考えるうえで重要な判断材料になった。
ご協力ありがとうございました
本企画の取材および制作にあたり、学校関係者、教育機関、楽団の皆さまに多くのご協力をいただいた。楽器の提供や貴重なお話を通じて、本制作に向けた多くの手がかりを得ることができた。心よりお礼申し上げます。
いよいよ制作開始
取材や検討を重ねる中で、この企画は構想の段階を終え、制作に入る。
金管楽器を自転車に再利用するというアイデアを、実際の自転車として成立させるため、自転車のデザインから作業を開始した。自転車のデザインを考える上でまず、金管楽器を再利用したどのようなパーツを作るかを決めた。その内容は主に泥除け、ベル、ライトシェード、チェーンカバー、ヘッドバッジ、カゴ、ブレーキアウターガイドだ。目指しているのは、楽器をモチーフとして使うことではない。自転車の機能の一部として楽器を活かし、 もう一度、人の手と時間の中で使われる存在にすることだ。音を奏でる役割を終えた楽器に、自転車としての新しい役割を与えたいと考えている。
金管楽器を再利用するパーツを選定した後、フレームデザインの検討に入った。この段階で重視したのは三点。楽器で作ったパーツの存在を邪魔をしないこと、自転車に詳しくない人にも受け入れられるオシャレな街乗りの自転車であること、そして金管楽器に通じるクラシカルなイメージだ。それらを踏まえた結果、ホリゾンタルフレームのミニベロという形に行き着いた。
早速フレーム製作から始め、図面に合わせてパイプやパーツを用意した。フレーム製作は、これまで学んできたことを生かし、大きな問題なく進めることができた。唯一苦労した点は、泥除け製作を前提としたタイヤと泥除けのクリアランス設計である。パイプの長さ出しと座ぐりを行い、治具にセットして前三角からろう付けを進めた。パイプ同士やヘッドチューブの角度は0.1度単位で確認しながら慎重に作業を行う。後三角では、リヤエンドの高さがずれるとホイールが真っすぐ入らなくなるため、特に注意を払った。後三角が完成した段階で、泥除け用のブリッジを取り付けた。フレーム製作と並行してフロントフォークの製作にも着手し、ベントフォークとするためブレードを曲げ加工し、治具にセットしてろう付けを行った。
塗装はすべて紺色に統一することにした。楽器の真鍮やゴールドラッカーの色に合わせている。フレームの完成が見え、順調そのものだった。いよいよ金管楽器を材料として加工する工程へと進むことにした。
早くも見えた課題
まず、楽器を切り開き、板材として使える状態にする加工から始めた。主に使用するのは、ヘッドバッジ、泥除け、ブレーキアウターガイドなどのパーツである。ある程度の面積が必要になるため、最初にホルンとテナーサックスを選び、ベル部分を切り開いた。叩いて広げ、軽くローラーをかけて板状にしていくが、もともと丸まっていた形状のため、どうしても端にシワが寄ってしまう。できるだけシワを端に追いやり、不要な部分を切り落として使用することにした。
続いて、泥除け用の材料としてチューバを使うことを考えた。ベル下部を約500mmの長さで切り出し、複数枚をつなげて一本の泥除けにする計画である。まずは、はんだ付けされているパーツを外し、ベル下部を切断。板として広げるため、縦方向にグラインダーで切り込みを入れ、叩いて板状にした。ここまでは比較的スムーズに進んだ。板ができたところで、幅38mmに切りそろえる作業に入った。張り合わせを前提とし、0.1mm単位で幅を揃えたが、この工程で問題が起きた。真っすぐに切り出したはずの板が、強めにローラーをかけた途端、大きく歪んでしまったのである。原因として考えられるのは、チューバ本来の曲面形状の影響や、板厚が均一でなかったことだ。
金管楽器はもともと真鍮の板から作られている。今回の作業は、単にそれを元に戻しているようにも見えるかもしれない。しかし、長年「楽器」として形を保ってきた素材は、簡単には板に戻ってくれなかった。金管楽器を再利用するという発想の根本的な難しさに、ここで初めて直面したように感じた。
金管楽器は、もともと真鍮の板から生まれ、音を奏でるために形を与えられた存在だ。その形をもう一度解き、別の機能を持つ道具として成立させることは、想像以上に難しい。しかし同時に、この難しさこそが本企画の核心でもあると感じている。音を奏でる役割を終えた楽器に、どのようにして自転車としての第二の人生を与えられるのか。
試行錯誤は、ここから本格的に始まる。次回につづく。




























