旧街道じてんしゃ旅 海の中にも旧街道はあった? 冬のとびしま海道をゆく
目次
ツアーイベント会社(RIDAS/ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画。今回の旅は当連載初の「海の旧街道」。食と海にまつわる歴史を求めていざ行かん。
食と海にまつわる旧街道を求めて
2025年の年の瀬も押し迫った暮れのこと。サイクルスポーツ編集部の迫田さん(=シシャチョー、現統括事業部長)から一本の電話があった。
「井上はん(=テンチョー※筆者のこと)、このあいだ読者から編集部あてに問い合わせがあったんですわ」「ほぉ、どんな内容です?」
「“旧街道じてんしゃ旅、いつも楽しみにしてます! でも4巻でおしまいなんですか? もう出ないんですか?”って!」
「おおおお!」
「井上はん、ワシらの旅はまだまだ続きまっせ! もっと取材に行かなあきまへん!!」
「もはやライフワークですからね。忙しいとか寒いとか言ってられない! 行きましょう!」
ということで、2026年の年明け早々に“旧街道じてんしゃ旅”を再び走ることになった。
これまで五街道をはじめ、幕末・明治維新の道も踏査してきた。さて次はどんなテーマで走ろうか。いくつか候補を出すなかで、ひとつ問題があった。真冬に走れる旧街道は、意外と少ないのだ。どこか良い道はないものか……。
旧街道は陸の上だけじゃない
「そういえば迫田さん、最近よく瀬戸内海方面に行ってますよね。旧街道は何も陸上だけじゃないですよ!」
「それはアレですか? 海上ってことですか?」
「そうなんです。九州や四国の諸藩は、参勤交代で陸路と海路の両方を使っていました。大名だけでなく海外の使節団も船で移動していた。だから港町には本陣が残っていたりするんです。播磨(はりま)の室津(むろつ)なんかも有名ですね」
「ほぉ! それは面白い! 井上はん、それ行きましょ!」
さらに海産物や特産品の物流も、むしろ海路が主役だった。北前船も瀬戸内海を通って北へ向かっていた。
「あ! 北前船で思い出したわ! ワシ年末年始の昆布買いに行かなあかんのですわ。嫁はんに頼まれてるんですわ」
「偶然ですが僕は年末年始に旧長崎街道をサイクリングで踏査する予定なんです。長崎に伝わった砂糖文化がこの街道を伝い、瀬戸内海を通じて各地へ広まったそうで、“シュガーロード”とも呼ばれています」
「ええやんか! それやったら瀬戸内海の“海の旧街道”と“食”のテーマで走ろうや! ストーリー繋がるわ!」
こうしてテーマは決まった。
今回走るのは広島県の「とびしま海道」。下蒲刈島、上蒲刈島、豊島、大崎下島など、江戸期に海運で栄えた港町が点在するエリアだ。
初日は呉の港町を味わう
待ち合わせは昼過ぎのJR呉駅。令和のやじきた二人で走るのは、昨年の「山の辺の道」編以来だ。
「まいど〜! あー腹減った! お! 井上はん、ちょっと太ったんとちゃう?」
いきなりの先制パンチに、筆者は内心ぎくり。2年前に13kgの減量に成功したものの、最近の忙しさで体重が戻りつつあるのは事実だった。
「いや……年末年始に九州を1か月ほど走ってたんですけどね……。おいしいものが多すぎてつい……」
「言い訳言い訳(笑)! 今回は“食”がテーマやで。気をつけなはれや!」
若い時は「希望に胸を膨らませる」が、歳をとるにつれ「脂肪に腹を膨らませる」ことになる……。十分注意しないと……。
造船の街・呉を走る
初日はまずは呉の港町を食を求めてサイクリングすることに。
今回の旅では「旧街道」はいつも通り筆者が、「食」はシシャチョーの担当だ。いろいろと下調べしてくれていた。
「呉は屋台が有名らしいで! 今晩は屋台行きましょうや!」とシシャチョー。「屋台いいですね!それまでは走ってお腹を空かせましょう!」
輪行を解き支度をして、まず訪れたのは商店街「れんがどおり」。メインの商店街のようで、日曜日とあってかたくさんの人が訪れていた。カフェやレストラン、町中華なんかもあり食欲をそそられるが、屋台のために我慢。
その後は市内をポタリングしながら呉の街を目的も定めずにあちこち巡った。
旧街道の旅では地方の衰退に直面することも多い。だが呉には明治以来の造船業、軍港としての歴史、そして現在の海上自衛隊基地としての役割がある。街中をあちこち走っていると、産業都市としての力強さが感じられた。
潜水艦が史料館になる街
つぎに向かったのは海上自衛隊呉史料館、愛称「てつのくじら館」。
JR呉駅を過ぎて走っていくと、商業施設の向こうに、巨大な潜水艦が突然現れる。何度見ても驚きの光景。退役した潜水艦を陸揚げし、そのまま展示しているのである。館内では海上自衛隊の歴史や掃海任務など、防衛と安全保障について学ぶことができる。潜水艦内部も見学でき、寝台や潜望鏡なども体験可能だ。

海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館)。本物の潜水艦が史料館になっている(広島県呉市宝町5-32/TEL:0823-21-6111)
史料館に入ると、海上自衛隊の制服だろうか、濃紺の揃そろいのコスチュームを着た職員の方が案内をしている。
受付には同じく制服を着た女性職員の方がいて、我々に場内の説明するためにと笑顔で話しかけてくれた。その瞬間!
「うわーキレイな声してはるお姉さんやと思うたら……なんや場内アナウンスやったんかー(謎のセリフ)! せやけどお姉さんキレイやわ!!!」
突然にナンパを始めるシシャチョー。
不意を突かれてのけぞる女性職員、「あ、あ、ぁ……」と目を見開いて言葉を失っている。横では何ごとかと驚いている男性職員……。
「や、やめなさい!! す、すみません!!」とシシャチョーを連れ出す筆者。
ダメだ……新年早々……おぢアタック……。

大和ミュージアム(現在改装のため休館中で、リニューアルオープンは2026年4月23日)。呉の歴史と戦艦大和を伝えることで、平和と科学技術を次世代に伝えている(広島県呉市宝町5-20/TEL:0823-25-3017)
海上自衛隊の艦船に圧倒される
街の中心地から外れて造船所のある辺りを目指す。小高い丘を上ったところでペダルを止める。道路を渡ったところで、造船所を上から眺めるためだ。
眼下には広大なドック。海上自衛隊の艦船だろうか。メンテナンスなのだろう、バトルシップグレーの船体がドックの中に横たわっている。

澎湃館(ほうはいかん)。大和ミュージアムの仮展示室となっている(広島県呉市昭和町6-6/TEL:0823-36-6800)
「アレイからすこじま」公園にある海上自衛隊基地の桟橋に到着した。驚いたことに数多くの潜水艦が係留されている。
「うわー!!これはすごい!横須賀で潜水艦を見たことあるけど、これだけの数が並んでるのは見たことないわ!!」
シシャチョーが声をあげる。
潜水艦以外にも多数の艦船が係留され、タグボートが忙しげに行き来している。呉はかつて世界最大の戦艦“大和”を生み出した街。戦後もまた国防の使命を担い続けているのだ。シシャチョーも何か思うことがあるのだろう。潜水艦を見ながら微動だにもしない。
昨今の世界情勢、きな臭くなってきている世の中で、毎日懸命に職責を果たしておられる自衛隊の皆さんに感謝と敬意の念を感じてきた。イデオロギーなどは置いておいて純粋に。
あちこち撮影と取材をしていると、あっというまに夕刻になってしまっていた。サイクリングはというと10kmほどしか走行していない。
まあいい。江戸時代は風待ち、潮待ちも多く港でゆっくり長逗留しすることもあっただろう。ただやみくもに距離や時間を追うばかりがサイクリングではない。こんなサイクリングがあってもいいのだ。なにせ今日は「食」が主題なのだから。
さて屋台が待っている。

今日の宿はJR呉駅から自転車で5分のクレイトン ベイ ホテル。地ものと季節ものを中心とした朝食ビュッフェが抜群においしい。また、有料だが、サイクリング後に露天風呂、ジェットバス、歩行浴、サウナのあるSPAに入ることもできる(広島県呉市築地町3-3/TEL:0823-26-1111)
呉での屋台体験
待ちに待った屋台の時間がやってきた。ホテルから無料送迎バスに乗り、夕暮れの屋台村へ向かう。日曜日の夜は営業している屋台が少ないと聞いていたが、なるほど灯りがともっているのは数軒ほどだった。
その中で、シシャチョーが事前に調べてくれていた屋台「あしあと」に入る。開店と同時だったがすでに先客がいて、我々は二番目の客となった。
「食事ですか?」そう聞かれ、「はい!」と答えるより早く、「腹減っててたくさん食べますんで!」とシシャチョーが即答する。さすがシシャチョー、全国各地で食べ歩いているだけあって不文律をよく知っている。
メニューを前にして何がおすすめか尋ねると、スタッフさんが満面の笑みでこう言った。
「全部おいしいですよ!!」
筆者もシシャチョーも、こういう店に弱い。
ではここでしか食べられないものを、と薦められるままに注文していく。すると料理がテンポ良く出てくる。熱々の鉄板料理。地元食材。香ばしい湯気。これが本当にうまい。味だけではない。スタッフの軽妙なトーク、料理が運ばれてくるリズム、店内の他のお客さんとの距離感。屋台という空間そのものが“味”なのだろう。いつものようにハイボールが進み、気分がほぐれたところでシシャチョーが切り出す。「実は自転車メディアの取材で……」と申し込んでみる。
オーナーは少し戸惑いながら、「あんまり取材得意じゃないんだけどいいよ〜」と快諾してくださった。そうなるとこちらも遠慮がなくなる。取材をしながら注文がすすむ。酒も止まらない。気がつけば8品ほど平らげ、それぞれビール1杯、ハイボール4杯、そして日本酒2合ずつ……。

地元の食材を使ったこの屋台オリジナルの豚の胃袋一夜干し、呉餃子、ネギ紅しょうが焼き、がんすなどをピカピカの鉄板で仕上げてくれる。※がんす(呉のソウルフード、魚のすり身に玉ねぎや唐辛子を混ぜてパン粉をまぶし揚げた、ピリ辛で旨味のある揚げかまぼこ)
呉の夜は底なし
酔いが回ってき出したところで、明日のサイクリングが少し心配になってきたが、シシャチョーは上機嫌でこう言う。
「取材や取材! ラーメンも行こう!」
まだ食べるんかい!!
しかし筆者もこの日は完全に“胃袋解放”モードになってしまい、結局一緒になってラーメンまで食してしまった。罪悪感……。ダメだと分かっている。だが旅先の締めラーメンには抗えない。
「よっしゃもう一件! スナックや、スナック!」
なおも止まらないシシャチョーをなだめすかし、酔い覚ましも兼ねて歩いてホテルへ戻った。寒い1月の海風のおかげで、歩いているうちに二人とも酔いが覚めてきた。これなら明日は無事に出発できるだろう。夜の港町は、造船の鉄の匂いと、潮の香りが混ざり合っていた。





































