「オレたちのロードバイク時代 1970-2026」 序章・過去編
目次
サイクルスポーツ2026年2月号の特集「オレたちのロードバイク時代 1970-2026」の語り手となるのは、吉本司と安井行生の二人のサイクリスト。序章として、これまでのロードバイクを取り巻くものたちを見つめよう。
70年代は旅の時代
吉本:僕、71年の1月生まれなんです。ほとんどサイクルスポーツと同い年(サイスポは70年4月創刊)。自転車を楽しみ出すのは12歳頃なので、70年代の自転車シーンをリアルタイムでは知らないんですよ。でもサイクルスポーツのバックナンバーを見たり先輩に話を聞いたりすると、当時のメインの楽しみ方はツーリングですね。
安井:ランドナーにバッグ付けて旅をするという。
吉本:そう。もちろんロードレースは存在していたし、誌面でも取り上げてはいたけど、今ほどではなかった。
安井:海外でもそうだったんですかね?
吉本:ヨーロッパではレースも人気だったと思いますが、アメリカではオイルショック(中東産油国が原油価格を大幅に上げたことから起きた世界経済の混乱のこと。73年に第一次、79年に第二次オイルショックが起きている)があり、バイコロジーブーム(70年代にアメリカで巻き起こった社会運動。自転車を活用することで大気汚染などの公害を防ぐことを目的としていた。バイコロジーとはバイクとエコロジーからなる造語)が起きて、「化石燃料を燃やすのをやめて自転車に乗ろうぜ」という流れもあり、世界的にレースというよりはサイクリングが盛り上がっていた時代ですよね。
安井:今のスポーツバイクのユーザーはどっちかというと「速さ」の方向に目が向くことが多いですが、70年代はそうじゃなかった。
吉本:今はサイクリングするための自転車が、市場から少なくなってしまいましたよね。もちろん昔からロードレーサーは存在してましたが、それは本来、競技車両です。サーキットしか走れないレーシングカー。その競技車両以外に、一般のサイクリストがライドを楽しむための自転車がちゃんと用意されていたんです。
安井:本格的なツーリングをする人はランドナー、もう少し軽快に走りたい人はスポルティーフ。
吉本:そうです。だから「休日にサイクリングしよう」とか「自転車でツーリング行きたいね」という人たちは、ちゃんとそういう車種に乗ってました。日本国内では、当時は今にも増してロードレースがマイナーでしたし、70年代のスポーツバイクは「サイクリング用の自転車」「旅のツール」という側面が強かったんだと思います。
安井:今はスポーツバイクというとロードバイクがメジャーになりましたが、当時は「サイクリングならスポルティーフ」「本格的なツーリングならランドナー」「レースをやるならロードレーサー」という選択肢があったと。
吉本:そういう意味では、今とはスポーツバイクの入り方が違ったのかもしれません。1台目からロードレーサーを買うケースは今ほど多くなかったと思います。
安井:なるほど。
吉本:僕が最初に手にした本格的なスポーツバイクはスポルティーフでした。それで「すげえ! 速い!」とスピードに目覚めて、ロードレーサーにシフトしていくわけです。当時はそういう道筋がちゃんと用意されていたんですね。入り口はサイクリングで、そこから本格的な旅に行くのか、速さに目覚めてレースの方向に行くのか。
アメリカの影響と旅の死滅
安井:その流れが変わるのっていつぐらいなんですか?
吉本:個人的な意見として80年代に入ってからだと思います。80年代の半ば、僕がちょうどロードレーサーにはまっていく時代から、ロードバイクという車種の存在感が濃くなっていきます。その時代のロードレースシーンを見ると、アメリカ人のグレッグ・レモンが活躍し始めます。ルノー・エルフで世界チャンピオンになって、ラヴィクレールに入って、85年にツール・ド・フランスでベルナール・イノーのアシストをして、86年に勝つわけですね。日本では85年からツールの放映が始まります。最初はNHK。92年からフジテレビ。後はアメリカの影響ですね。
安井:何だかんだ言って、アメリカという国は経済的にもカルチャー的にも世界に与える影響が大きいですからね。
吉本:はい。当時のアメリカは健康ブームなんです。いわゆるエアロビクスがはやる。それに伴って、自転車もレジャー用の道具から健康のためのスポーツツールという側面が強調されていきます。トライアスロンが人気を博し、レモンのような選手が本場ヨーロッパで勝ち始めると、「自転車=スポーツ」というムーブメントが出来上がってくる。ヨーロッパはずっとロードレースとツーリングの二軸で動いていたんでしょうけど、当時の日本はアメリカの影響を受けやすかったですからね。そういう文化背景もあったと思います。
安井:そうして日本でも「自転車=スポーツ」となり、スポルティーフ&ランドナーというより、スポーツ&レースという雰囲気になってくる、と。サイスポも80年代はロードバイクの表紙が増えますね。
吉本:80年代後半に向け、ロードバイクはどんどん元気になっていきます。日本では90年にロードの世界選手権が開催されます。そうしてスポーツという文脈がすごく強くなっていき、「レースはしないけど競技用自転車に乗る」ことが当たり前になっていくんですね。対するランドナーとかスポルティーフといったトラディショナルな自転車は、「古臭い」と見なされるようになり、ツーリングが死滅していったんですよ。
MTBの誕生
吉本:そんな中、70年代からアウトドアブームがやってきます。自転車界ではマウンテンバイク(MTB)が盛り上がるわけです。
安井:それもアメリカですよね。
吉本:そう。70年代前半にアメリカのヒッピーたちが山道を自転車で下るという遊びを始めて、MTBという乗り物が誕生します。世界初の量産MTBであるスペシャライズドのスタンプジャンパーの発売が81年。それが北米で大ブームになり、どんどん大きくなります。90年にはMTBの世界選が行われ、96年にはオリンピック競技となります(アトランタ五輪)。そして、90年代半ばからかな、MTBの成長が目覚ましくて、ロードが少し追いやられるような雰囲気に。
安井:90年代のサイスポの表紙はMTBだらけですよね。
吉本:日本でもMTBブームが、2000年代の前ぐらいまで続きます。でも、日本では結局走れる場所がないとか、林道を荒らしてMTBが立ち入り禁止になったりとか、バイクの価格高騰化があったりして、2004〜2005年にはブームが終焉します。そんな中から、ロードバイクがまた復権していくわけですよ。
安井:日本ではそうですが、世界的には?
吉本:MTBって元々はヒッピーの乗り物で、「自由に山の中を駆け巡るのが最高に楽しいぜ」だったんですが、複数のライダーが集まると競走になるんですね。競走になると、ヨーロッパから人が来るわけです。そうしてMTBも、遊びの文化からかコンペティティブ方向に行って堅苦しくなってしまい、本来の自由な楽しみ方に回帰していく人たちが出てきます。
安井:その文脈は現在のグラベルと全く一緒ですね。
吉本:そのとおり。で、MTBのブームは、世界的にはそんなにピークアウトしてないんですよ。ヨーロッパにしても北米にしても、MTBのマーケットはしっかりと根付いてます。
日本のロードバイクブーム
安井:日本でMTBブームが陰りを見せ、それと引き換えにロードバイクがまた盛り上がってくるのは2000年代ですね。
吉本:ロードレース界ではインドゥライン時代の後、リースとウルリッヒがツールで勝つわけですが、ロードバイクの勢いが強くなってくるのは、やっぱりランス・アームストロングとマルコ・パンターニからでしょう。それに伴って北米のメーカーが、ロードにも軸足を置くようになったんです。それまでは、スペシャライズドにしてもキャノンデールにしてもMTBのイメージが強かった。MTBにおいて軽くて強いものを作ろうとすると、物性的にアルミが有利になるので、彼らはアルミの技術に磨きをかけていくわけです。それがロードにも転用が利きました。自分たちが持っているアルミの技術が、ロードバイクにもバシッとはまったわけです。
安井:トレックは古くからカーボンをやってましたが、スペシャにしてもキャノンデールにしても、当初はアルミが得意なメーカーでしたよね。
吉本:そう。そこにランス・アームストロングという存在が出てきた。それによって、「ロードバイクが売れる」「ロードバイクでも稼ごう」となるわけですね。
安井:北米系のビッグメーカーがロードバイク界にもやってきて、一気に躍進した背景には、MTBという大きな市場で彼らが大量に売り、資金的にも技術的にも体力を付けていたということも大きいんでしょう。
吉本:そうですね。MTBで得た資金と技術力と新素材で、ロードバイク界に殴り込んできた。それから今の北米系優位という勢力図につながっていくわけです。
安井:僕がスポーツバイクを始めたのは2000年頃ですが、ロードではイタリア・フランスが強い時代でした。そして、基本的に選べるロードバイクはレーシングバイクでした。エンデュランスロードなんか出てきてないし、先述のようにツーリング車は完全に下火だったし、あの頃は「ロードバイクを始める=レーシングバイクを買う」でした。
吉本:そうですね。ビギナー向けの低価格帯バイクも、素材やパーツのグレードが低くなっているだけで、車種としてはレーシングバイク。初心者でもレーサーに乗るという時代。
安井:ロードバイクを買うと、自然に「じゃあロードレースやるか」「ヒルクライムレースに出るか」という流れになりましたね。ロードを買ったんだったら、速く走るのが当たり前。そもそもがレースのために作られた自転車だから、「速く走ることが正義」「速く走った方が偉い」という風潮です。
吉本:その時代が長いんですよ。ロードバイクブームのピークは2012年から14年と言われてますが、そういう流れはずるずると今に至るまで続いてます。
安井:弱虫ペダルブームもありましたが、あれは単発というより、ロードバイクブームがある程度進んだ後での起爆剤ですよね。
吉本:はい。ブームの成長が若干の踊り場にかかったところに出現した、強力なカンフル剤だったと思います。
安井:スポーツバイクの販売台数が一番多かったのは、ロードバイクブームがピークの2014年頃で、そこから比べると今は半減という話も聞きます。
エンデュランスロードとは
安井:旅の自転車が少数派となり、MTBが下火になり、みんながレース用のロードバイクに乗る……という今の雰囲気が変わるきっかけがグラベルなんでしょうか。
吉本:いや、その前にエンデュランスロードの登場がありますね。
安井:あぁそうか。2004年のルーベが最初ですね。
吉本:アメリカではランス・アームストロングに憧れてみんなレーシングバイクに乗っていたわけですが、「俺は別にレースやりたいわけでも誰かに勝ちたいわけでもねえし」という人たちが、前傾姿勢のきついレーシングバイクに違和感を覚えるわけです。「こんなにハンドルが低い自転車はキツい」と。そこでスペシャライズドのルーベを嚆矢(こうし)とするエンデュランスロードが出始めて、北米では大きなマーケットを形成することになります。
安井:世界的にはルーベとターマックの販売比率が、7:3くらいだと言われます。
吉本:「一般のサイクリストまでレーシングバイクに乗っている」というミスマッチを感じていた人は多かったんですね。ルーベは2004年登場なので、ランスがツールを5連覇している最中に、既に「コンペティティブロードは何か違う」と感じていた人がいたんでしょう。
安井:ただ、日本にはなかなかその流れが来ません。
吉本:はい。日本はトップグレードが売れるという特殊なマーケットで、トップグレードやレーシング機材への憧れが強い。おそらく、「コンセプトと使い方のミスマッチ」が起きているのはみんな分かっていたんだと思います。だけど憧れの方が強くて、ずっとレーシングバイクに乗ることが是とされてきた。売る側の人たちも、レースカルチャーで育ってきた人が多いから、エンデュランスロードというものをどう売ればいいのか分からなかったという理由もあるかもしれない。それに、欧米は「サイクリングの文化」がベースにあります。特にヨーロッパはレースの歴史も長く、フランスにはランドヌール(長距離の耐久)競技もありました。彼らは自転車に対する理解が深く、自転車が日常生活と切り分けられていない。でも、日本はちょっと違います。ママチャリという日常の移動手段が根付いているが故に、スポーツバイクは非日常の「ハレの日」の乗り物になってしまった。
安井:ママチャリがあれだけ生活になじんでいるからこそ、対極にあるものを求めたのかも。
吉本:ママチャリって元々は運搬車なんですよ。あくまで荷物を運ぶためのもので、移動ツールではなかった。一方、ヨーロッパの自転車は、馬からの派生もあって「人が乗って長距離を移動するためのツール」という考え方だったんです。自転車に対するイメージが違うから、日本ではスポーツバイクとママチャリがつながらない。全く別物になっちゃうわけですね。
グラベルは原点回帰か
安井:そんな状況を変えたのがグラベルバイクですか。
吉本:グラベルバイクの出現は大きいですね。この日本では、ロードバイクブームで乗り始めた人たちが10年、15年と自転車歴を重ね、加齢もあって「もう競技は疲れた」「速く走ることに疑問を感じ始める」というフェーズに入っています。そんなタイミングで、アメリカではロードバイクで砂利道を走り出すライダーが現れます。
安井:2012年頃ですね。
吉本:そういうカウンターカルチャーと、ディスクブレーキ化などの技術的な進化が組み合わさって、大きなムーブメントになりました。この日本でも、「レースはもういいや」「もっと気軽に楽しめるドロップハンドルの自転車が欲しい」という流れにグラベルバイクがフィットした。
安井:とはいえ、最初グラベルバイクが出てきたときは「これでどこ走んのよ?」「シクロクロスバイクと何が違うのよ?」という見方もありました。それが今や一ジャンルとして確立しましたね。かつてのスポルティーフやランドナーの代替品という意味合いもあるかもしれません。
吉本:そうです。僕はグラベルバイクが出てきてから今までずっと、「グラベルバイクだからといって、砂利道に縛ってはいけない」と言い続けてるんです。欧米はグラベルバイクに適した道がいっぱいあるけど、MTBと同じで日本では走る場所がない。でも、実はグラベルバイクはサイクリング車/ツーリングバイクとして高いポテンシャルを持っている。
安井:グラベルバイクは「ドロップハンドルの多目的車」という側面もありますからね。サイクリング車であり、ランドナーであり、ディスクブレーキのスポーツユーティリティ車でもある。かつての「レースはしないけどレーシングバイクに乗っていた」というミスマッチが起きていた時代からすると、使い方に合ったものが選びやすくなっていると感じます。
吉本:でも、本来であれば日本のサイクリストの使い方にはエンデュランスロードが一番フィットするはずなんです。
安井:グラベルバイクはエンデュランスロード的な使い方までカバーするし、どこか鈍重なイメージになりやすいエンデュランスロードに対して、グラベルバイクはいかにも強そうで何でもできる万能感があり、冒険ができそうなわくわく感がある。そういう魅力がグラベルバイクにはあり、エンデュランスロードには興味がなかった人たちも、グラベルには心を動かされる。結果として、ミスマッチが解消される……ということかもしれません。今までレースをやらないのにレーシングバイクを買っていた人たちが、グラベルバイクだったら「欲しくなるもの」と「使い方が合っているもの」を合致させることができる。そういう意味で、カテゴリーの名称としてはズレてるのに、使い方としてはすごくマッチする可能性を秘めている、という複雑なズレを内包したブームな気がしますね。
吉本:そうですね。いずれにせよ、グラベルバイクはサイクリングというアクティビティの本質に立ち返っていると思います。スポーツ・レースという文脈から、レジャーとしての自転車遊びが本流になっていく可能性がある。僕は「自転車遊びはサイクリングがベース」だと思っているので、そういった意味では原点回帰とも言えます。個人的には、これはめちゃめちゃいい傾向だと思います。
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