山椒は小粒でもぴりりと辛い 自転車で巡る小豆島遍路

目次

四国全域に点在する弘法大師(空海)ゆかりの霊場(札所)88か所をたどる巡礼(四国遍路)は平安時代に始まったとされ、自転車での行程は1400kmもの長さに及ぶ。そのため一気に走り通すことは困難で、『サイクルスポーツ』に「月3万円のおこづかいで行く! 週末ツーリングで日本一周計画」を連載中の田村浩さんも、3回に分け計23日を費やした。一方で瀬戸内海に浮かぶ小豆島内の霊場88か所に、奥の院と番外の5か所を加えた93か所をたどる巡礼(小豆島遍路)の総距離は180kmと、距離で判断すれば2日。脚力に自信のある人なら1日で走り切れる長さである。それを5日に分けて走ったのが今回であり、日々の走行距離は長くても40kmという楽ちんサイクリングとなるはずだったのだが……。

 

碁石山からの展望

苦労して上った碁石山から山並みと海、限られた平地に密集する家々を望む

海沿いに延びる外周道路

海沿いに延びる外周道路は島の幹線だが、街を離れると交通量はごく僅か

 

小豆島までの往路は寝台特急とフェリーを利用

東京から高松までのアプローチに選んだのは寝台特急「サンライズ瀬戸」。雑魚寝ながら最も安価な「ノビノビ座席」(1万5480円=1万1650円/運賃+3830円/特急料金)もスペースは十分で、丈の短い毛布のせいで足元はちょっと寒かったものの、睡眠は十分に取ることができた。翌朝7時27分に終点の高松駅に到着すると、小豆島に向かうフェリー(小豆島フェリー)が発着する高松港まで輪行袋を担いで徒歩で移動。完成車であれば自転車搬送の370円が別に掛かるところ、運賃のみの700円で8時2分発の便に乗ることができた。

 

ノビノビ座席

ノビノビ座席は頭の部分に仕切りがあり、最低限のプライバシーは確保される

通路

通路は狭く、ここに輪行袋を置くのは困難なため、車掌に断ってデッキに置かせてもらった

 

1時間の船旅を経て到着した小豆島の玄関口は土庄港。ここで愛車を組み立てると、まずは港から0.8kmの小豆島霊場総本院へ。ここは霊場の一つであると共に霊場会の事務局であり、巡拝に関するあらゆる相談に応じてくれる。持参した納経帳に朱印を頂いて次の霊場(松風庵)を目指すも、それは目と鼻の先。石段を登ってお参りを済ませ、「背負ったザックから荷物を」と思ったところで背中が空っぽであることに気がついた。いきなりの忘れ物も、引き返す距離は僅かだったのが不幸中の幸い。ちなみにこの松風庵を含め、霊場の過半は無人の堂・庵や山岳霊場ということで、朱印は別の寺院でまとめて頂くこととなる。とはいえ四国や坂東、秩父の霊場が朱印に筆書きが加わるのに対し、小豆島の納経帳はあらかじめ筆書きが印刷されているため、頂けるのは朱印のみ(300円/寺院、100円/堂・庵)。さらに寺院の中には、用意された印と朱肉を「自分で押して」というところが何か所かあった。

 

今回の荷物

今回の荷物はこれだけ。ザックには衣類、雨具、タブレット、納経帳などが、サドルバッグにはカメラとストロボ、三脚、ワイヤ錠などが入っている。衣類は3泊目の宿で洗濯

いざ出発

いざ出発。準備に時間を取られたため、背景のフェリーは次の到着便

小豆島霊場総本院

最初に訪れた小豆島霊場総本院で、納経帳に朱印を頂いた

 

GPSを頼りに路地を進み、巡った霊場では経や真言を唱える

小豆島霊場会発行の『小豆島八十八ヶ所巡拝 おへんろ道案内図』を参考にしつつ自身で計画したルート(リンク先参照)は、人と人とがすれ違うのがやっとという路地を進む区間もあり、GPS搭載のサイクルコンピュータは必須で、かつ地図が表示されるミドルクラス以上の機種が求められる。松風庵からの道もその一つで、最初は「この道で合っているか」と不安にもなったが、画面に示された線をたどっていくと広い道にぶつかり、やがて次の霊場が現れた。

 

土渕海峡

最狭部は9.93mと、「世界で最も狭い海峡」としてギネス世界記録に認定された土渕海峡

狭い路地

狭い路地は先を見通せず、このまま進んでいいのかと不安になる

遍路の道標

道端にたたずむ遍路の道標。歩き遍路向けということで、参考になるとは限らない

正金醤油諸味蔵

小豆島を象徴する黒い板塀を、島内のあちこちで見掛けた。登録有形文化財となっている正金醤油諸味蔵にて

小さな港

田ノ浦庵から引き返す途中、小さな港に立ち寄った

オリーブ

収穫期を迎えて実が赤黒く色づいた島特産のオリーブ

 

冒頭で述べたように島内には93か所の霊場があるため、各霊場ごとに経(般若心経)を唱えていると、それだけで結構な時間を取られてしまう。そこで寺院では経、堂や庵では真言(仏教における祈りの言葉)を唱えることとした。各霊場には真言を記した札が貼られ、巡拝者の要望に応えている。それでも一日に経を唱える回数は坂東や秩父に比して格段に多く、なかなか覚えられなかった経が少しだけ身についた気がする。

 

観音堂

堂や庵の多くは、路地を進んだ先に突如現れる。自転車の機動力が存分に発揮される瞬間だ

霊場のベンチ

堂や庵を含め、ほとんどの霊場にトイレやベンチがある。歩き遍路が盛んだった頃の名残かと思われる

西照庵の札

掲げられた札を見ながら真言を唱える。これは西照庵のもの

保寿寺庵のトイレ

きれいに整備された保寿寺庵のトイレ。地元民の奉仕の心に感謝する

 

霊場を目指す坂道は超級山岳の連続。ピストンとなる区間は歩きがおすすめ

長勝寺までは平坦基調だった道が、滝ノ宮堂が近づくにつれ徐々に勾配を増し、以後は頻繁に上り下りを繰り返すようになってきた。ただしそれは序章に過ぎず、翌日に向かった山岳霊場(恵門ノ瀧)では、さらなる洗礼を受けることになった。恵門ノ瀧への上りの起点となる分岐から、霊場までの距離は2.9kmで標高差は370mと、平均勾配は12.8%に達する。この数値はAIに聞いても“激坂”認定されるもので、貧脚が自慢(?)の僕は20%を超える坂でたまらず自転車を降り、押して上る羽目に陥った。息も絶え絶えに何とかたどり着いた霊場は、せり出す断崖絶壁にへばりつくように本堂が建てられており、苦労した甲斐はあったのがせめてもの救いだ。

 

田舎道

長勝寺の先で田舎道に入る。この辺りの勾配はまだ序の口

20%を超える勾配

そうは見えないかもしれないが、20%を超える勾配にたまらず押しが入る

恵門ノ瀧の本堂

息も絶え絶えにたどり着いた恵門ノ瀧の本堂。同様の奇観は他の霊場にも見られた

 

その日は碁石山への上りでも押しが入り、翌日以後の石門洞、清滝山、西ノ滝、佛谷山、栂尾山、湯舟山と超級山岳は続いた。結果、5日間での獲得標高は3400mを超え、ツール・ド・フランスの山岳ステージ並みの厳しさとなった。ちなみに何とか霊場を巡り切った僕が考える貧脚仲間へのおすすめは、ピストンの区間がある石門洞、誓願寺庵、毘沙門堂、栂尾山などは上り口に自転車を置き、歩いて往復すること(恵門ノ瀧にもピストン区間があるものの、距離が長いのでご自由に)。最低限の荷物だけを持った身軽な格好なら上りの苦労は減るし、急勾配を下る恐怖からも逃れられる。

 

石門洞

歩きでの往復となった石門洞の参道から眺めたほら貝岩

ほら貝岩

恵門ノ瀧と同様の奇観を見せる石門洞

中山千枚田

湯舟山に向かう途中、「日本の棚田百選」にも選ばれた中山千枚田を望む

誓願寺庵に通じる唯一の道

誓願寺庵に通じる唯一の道は、短いながらも山道となる

誓願寺庵

山道の先にある庵にふさわしい、誓願寺庵の質素なたたずまい

 

宿や飲食店、商店の場所を事前にチェック。無理のない計画を

小豆島は2万5000人を超える人口を擁するものの、その多くは限られた平地に集中。特に北部や東部は、宿はおろか飲食店や商店もめったに見掛けない。そのため計画を立てる際には、それらの場所や営業時間、定休日などを考慮することは欠かせない。ちなみに僕が泊まった宿を以下に列挙するが、残念ながら旭屋旅館は11月30日をもって閉館してしまった。
・小豆島ひとり旅宿 サイヌツノ(土庄町大部1029-1、TEL:0879-62-8618、9700円/朝食付き)
・小豆島 星ノソラ(小豆島町坂手甲646、TEL:0879-62-8878、5400円/素泊まり・相部屋)
・森口屋アートスクエア(小豆島町西村甲1741、TEL:087-962-8166、5800円/素泊まり)
・旭屋旅館(土庄町甲6190-6、TEL:0879-62-0162、7800円/朝食付き)

 

サイヌツノの部屋

サイヌツノで一夜を過ごした部屋は、シンプルで清潔感にあふれていた

サイヌツノの朝食

翌朝に提供された朝食。パンは自家製でおかわりもOK

田中さん夫妻らと

宿のコンセプトは“ひとり旅”だから、右端の男女もカップルではなく男性は滋賀、女性は沖縄からのひとり旅。宿を経営する田中さん夫妻は旅の経験が豊富で、「インドのワーラーナシーが記憶に残る」とのことだ

星ノソラ

星ノソラは古民家をリニューアルしたゲストハウス。モロッコと日本の国際カップルが経営する

歩き遍路の男性

星ノソラで同宿した歩き遍路の男性とは、その後も何度か再会した

森口屋アートスクエア

森口屋アートスクエアのフロントは無人で、メールで届いた暗証番号を入れると鍵が手に入る

森口屋アートスクエアの部屋

森口屋アートスクエアは、全室オーシャンビューが楽しめる

木原食堂

島の北東、福田港の近くにあった「木原食堂」。ちょうど昼時だったため昼食にありつけた

そうめん

小豆島中央病院近くの食堂で、島名物のそうめんを頂いた

 

岡山までフェリーで渡り、岡山駅から新幹線で帰路に

霊場を巡り終えて土庄港に戻った僕は、復路を岡山駅からの新幹線としていたため、まずはフェリー(国際両備フェリー)に乗り込むことに。往路とは異なり、到着する新岡山港から岡山駅までの10.8㎞は自走。ゆえに自転車は分解せず、完成車のまま(1590円/運賃+自転車)とした。新幹線は最後尾の座席を予約することで輪行袋を置くスペースを確保。スムーズに帰り着くことができた。

 

土庄港で出会った女性

帰りの土庄港で出会った女性は、「翌日に出場するブルベの足慣らしのため、日帰りで島を訪れた」とのこと

新岡山港

夕暮れ迫る新岡山港に到着。後は岡山駅までの自走を残すのみ

 

今回の行程

【1日目】
土庄港→小豆島霊場総本院→松風庵→浄源坊→本覚寺・光明庵→等空庵→松林寺→瑞雲堂→瑠璃堂→長勝寺→滝ノ宮堂→救世堂→滝湖寺→笠ヶ滝→大聖寺→三暁庵→歓喜寺→金剛寺→藤原寺→雲胡庵→薬師庵→サイヌツノ
[距離27.7km、獲得標高411m]

【2日目】
サイヌツノ→子安観音寺→恵門ノ瀧→吉田庵→福田庵→雲海寺→本地堂→当浜庵→海庭庵→楠霊庵→岡ノ坊→観音堂→庚申堂→常光寺→向庵→碁石山→洞雲山→隼山→観音寺→星ノソラ
[距離40.1km、獲得標高1077m]

【3日目】
星ノソラ→古江庵→堀越庵→田ノ浦庵→西照庵→栄光寺→大師堂→極楽寺→一ノ谷庵→石門洞→佛ヶ滝→清滝山→木下庵→清見寺→峯之山庵→本堂→安養寺→誓願寺庵→森口屋アートスクエア
[距離39.9km、獲得標高572m]

【4日目】
森口屋アートスクエア→阿弥陀寺→櫻ノ庵→薬師堂→風穴庵→正法寺→誓願寺→保寿寺庵→愛染寺→長勝寺→釈迦堂→明王寺→光明寺→松風庵→林庵→西ノ滝→佛谷山→保安寺→旭屋旅館
[距離35.6km、獲得標高736m]

【5日目】
旭屋旅館→大乗殿→蓮華庵→浄土庵→江洞窟→甘露庵→西光寺→誓願之塔→行者堂→観音堂→旧八幡宮→宝生院→宝幢坊→遊苦庵→東林庵→圓満寺→多聞寺→毘沙門堂→栂尾山→湯舟山→地蔵寺堂→浄土寺→土庄港
[距離32.5km、獲得標高530m]