渋峠から始まる、秘湯への物語
目次
群馬県と長野県との境にある日本国道最高地点、渋峠へのアタックを成功させたサイスポ実走取材班。そのエクストラステージには、川底から湧き上がる「秘湯」が待っている!?
「渋峠」の魅力的なルートを紹介します

本誌・エリグチ(左)
本誌副編集長。2025年10月号ではライターのナカタニ氏(右)と共にツールのクイーンステージを再現すべく、渋峠を3回上るという実走ロケを完遂した。その翌日のお話です

前日に標高1800m地点に位置する万座温泉まで上って投宿したため、登坂距離は控えめ。しかし秋山郷からはアップダウンの連続のため、トータルで約1800mアップのルートとなる
ストラバのルートをCheck!
渋峠のメインルートは?
自転車趣味の王道峠
渋峠が好きだ。これまでサイスポの取材でも、仲間とのサイクリングでも幾度となく走ってきたが、訪れる度に思う。これほど「王道たる風格」を備えた峠は他にないと。標高2172mの国道最高地点の碑へ至るまでの道と、ピークから眺める眺望まで全てがドラマチックだ。だけど僕が今引かれている理由は、「温泉」である。
渋峠の魅力を語る上で欠かせないのは、そのアプローチの多彩さだ。群馬県側からは草津温泉を起点に上り、残雪の頃には「雪の回廊」が立ち並ぶ。一方、長野県側からは湯田中温泉を起点とした志賀高原ルートの他、須坂や小布施からのアクセスもあり、異なる表情を見せてくれる。そこに輪行を交えれば、それらをワンウェイで行くルートを無数に引くことができる。ただし、そのルートどれもに相応の脚力や装備、計画が必要になるため、いつだって上る前には緊張してしまうほどだ。
でも僕が最も推したいワケは……草津、渋、湯田中、山田、野沢、万座、どの道を選んでも、温泉が待っている! 活火山を間近に抱く峠ならではの多彩な湯を、サイクリングに組み込むことができるのだ。
渋峠を越えて、 志賀高原から「奥志賀林道」へ
未舗装路ではないけれど……?
切明温泉、入湯します!

やってきました切明温泉! 中津川の水と川底から湧き上がる源泉(泉温約54℃)による完全なる野湯! 先人がスコップで掘ってくれていたので、快適な湯温の場所を見つけてレーパン一丁でドボン。周囲にはただ大自然、こんなにうれしいことはない
新潟との県境の川沿いを行く
峠をわざわざ自転車で上る意味
僕がこの夏に渋峠を走ったのは、「渋峠を一日で3度上り、獲得標高5000m超に挑む」というチャレンジを無事終えた翌日だった。実走取材班のナカタニ氏と「今日はもう休もうか?」なんて言いつつ、僕の心は沸いていた。副編集長としての責務、幼い子どもとの時間を優先する日々にいて、こんな遠くの峠に来たのだ、知られざる湯に浸かりたいという欲求が、胸の奥で渦を巻いていた。
僕は密かに用意していた約100kmのルートデータを彼に示した。昨日あれほど上ったのに、渋峠を再び越えるルートだ。バディの承諾を得て、秘湯を目指すエクストラステージが始まった。
長い林道を下りきると、轟音と共にヘリコプターが降りてきた。水力発電所の資材を運ぶためらしい。その脇の川の先に、「切明温泉」らしき一角が見えた。足を浸けると、川底から湯が湧いている。雪解け水と熱い源泉が入り混じる場所を探し当て、全身を浸す。
峠を越えて湯に浸かる度に思う。これは自転車乗りにだけ許された特権だと。もちろん車で行く温泉旅館や、山歩きの果ての湯も楽しい。だけど大きなスケールで町を過ぎ峠を越えて林道を抜け、汗をかいてたどり着いた先だからこそ、その湯をもっと特別に、価値あるものに感じられる。ただの入浴体験を唯一無二の物語たらしめるのは、自転車でやって来た僕たちだけの遊びなのだ。
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思えばかつては、毎日のように大阪の小さな峠にアタックし、仲間と一秒を削り合っていた。そこから時は流れ、自転車は軽く、体は少し重くなった。今は速さへの執着は薄れたけれど、「上って下って、湯に入る」ことへの期待はますます強まってきた。その人自身の喜びを理解して実行できるかが、趣味を続けるためのささやかなコツだとしたら、こんなに面白いことはない。
だからこそ今回サイクルスポーツ11月号の「峠特集」でも、たくさんの人がその道にある個人的な物語を語ってほしいと思い、辻啓編集長をはじめ様々な自転車と峠を愛する人々へ原稿と取材を依頼することとなった。
僕は大自然の秘湯に沈みながら、全身で感じている。僕は今、自転車で峠を越えた先に待つ温泉が好きだ。
飯山駅でフィニッシュだ!
この渋峠のほか、世界の「物語のある峠」や、日本各地でサイクリストが実際に走って楽しんでいる峠も紹介した、自転車乗りによる自転車乗りのためだけの峠特集を掲載した本誌2025年11月号は、全国の書店、オンラインストアで発売中です。






















