ユーロヴェロをたどり、自転車大国を走って感じる【天星の欧州自転車周学 その2】
目次
二十歳の自転車旅人・中村天星さんが、欧州の自転車の道「ユーロヴェロ」を巡る旅の連載シリーズ。第二回は北欧を抜けて、いよいよ「自転車国」のデンマーク・ドイツ・オランダへと進んで行く。
太陽の自転車道
北欧の涼しい空気に包まれた7月の朝、僕の旅はスウェーデンとノルウェーを分けるスカンディナビア山脈を越えるところから始まった。夏でも18〜29度前後、30度を超える日はほとんどなく、乾いた風が肌をすり抜ける。雨上がりにはひんやりとした湿気が漂うが、それでも走りやすい気候だ。
荷物を満載した自転車を漕ぎ出すと、坂道の先に待つ森と空の広がりが今日も旅の続きへと誘ってくれる。これから北欧を抜け、自転車大国デンマーク、そしてドイツを経て、オランダへ。
特にデンマークのコペンハーゲンからドイツのベルリンまで続く「ユーロヴェロ(EuroVelo)7」の「サン・サイクル・ルート(The Sun Route)」はヨーロッパのサイクリストにとって王道とも言えるルートで非常に楽しみだ。
北欧スカンディナビア山脈を超える
山越えは二日がかりだった。スカンディナビア山脈は全長1700kmにも及び、標高2000mを超える山もある。
ふもとで食料と水を満載したが、その分荷物が重く進む速度は落ち、1日必死に漕いでも80kmが限界だった。北欧の夏は日が長く、日差しも強い。夜、テントに横になると焼けた肌がヒリヒリと痛む。だが、その痛みさえも「自分の努力の証」と感じる。
何とか峠を越えると、ノルウェーの首都オスロが迎えてくれた。5日間の滞在では、ムンクの『叫び』の舞台となった丘を訪れ、国立博物館で北欧の芸術に浸った。
街全体がコンパクトで自然と融合しているオスロは、首都でありながらどこか落ち着いた雰囲気を持っていた。
オスロからは夜行フェリーでデンマークの首都コペンハーゲンへ渡る。船は日本のフェリーに似ていて、ネットで予約も簡単。
平原をつなぐ、絶景サイクリングロード
コペンハーゲンでは4日間滞在した。さすが「自転車都市」と呼ばれるだけあり、街全体が自転車を一つのインフラとして含めて設計されている。自転車道は幅広く、車道と歩道から独立していて、安全かつ快適だ。
その後、コペンハーゲンを出発してベルリンを目指した。このルートは「ベルリン–コペンハーゲン自転車道」と呼ばれる、EuroVelo 7「サン・ルート」の一部である。距離は約650km。ヨーロッパのサイクリストなら誰もが知る王道ルートで、道中には自転車旅行者向けのキャンプ場やシェルターが数多く設置されていた。
まさに「サイクルツーリズム」の本場を走っている実感があった。
ベルリンでは3日間滞在し、かつてヨーロッパを分断した壁を見学した。壁の落書きや保存された一部は、街が持つ歴史の重さを物語っていた。そこからさらに西へ、ドイツを横断してオランダを目指す。ドイツの田舎道は自転車道が点在しているものの、車道を走らざるを得ないことも多い。制限速度80km/hの道を大型車と並走する緊張感は、日本ではあまり味わえないだろう。
とはいえ地形はおおむね平坦で、100km走っても獲得標高は500m程度。時々小さな丘を越えるくらいで、長距離移動には最適だ。
聖地巡礼──自転車鍵メーカーABUS本社へ
ドイツ西部を目指す中で、どうしても行きたいところがあった。ABUS本社だ。僕が長旅でいつも愛用している自転車鍵のメーカー「ABUS(アブス)」は、ドイツ西部のルール工業地帯に本社を構えている。まさに自分にとっての“聖地”とも言える場所だ。近くを通るので訪れてみたいと思っていたが、事前にアポイントメントを取っていたわけではない。とりあえず本社の建物を背景に写真を撮ろうとしたところ、社員の方が僕の旅に興味を持って声をかけてくださり、何と特別に社内を案内していただけることになった。
そこで初めて知ったのは、ABUSが単なる自転車鍵のメーカーではなく、ヘルメットや幅広いセキュリティ製品を扱う総合セキュリティ企業だということ。そして、創業から100年という歴史を持ち、ドイツ国内はもちろん世界中で信頼されるブランドへと成長してきた背景だった。普段使っている鍵に込められた技術と歴史を直接感じられた体験は、まさに旅ならではの思い出になった。
そして国境を越え、オランダへ入る。ここから先首都アムステルダムまでの200kmは、すべてが専用の自転車道だった。道はどこまでも平坦で、国土の大部分が海抜0mかそれ以下という事実を走りながら実感する。
6日間滞在したアムステルダムでは、一度熱を出して休むこともあったが、街の中を自転車で巡りながら「自転車文化の完成形」を改めて目の当たりにした。
ただ一方で、危険も感じた。特にeバイクの普及だ。ペダルを漕がなくても進むeモペッドやファットタイヤのeバイクは、速度も速くパワーも強い。その乗り物に子どもたちが免許なしで乗っている光景には驚かされた。実際、オランダでは近年eバイク関連の事故が増加しており、死傷者の多くは12〜17歳の若者だという。利便性の裏にあるリスクもまた、この国の自転車文化の現実だ。
走行情報を振り返ると、北欧からオランダまでのルートは驚くほど多様だった。スカンディナビア山脈の峠道、デンマークの整備された自転車都市、ドイツの広大な田園と車道走行、そしてオランダの完璧に近い自転車道網。サイクリングロードは赤や緑で色分けされていてわかりやすく、郊外に出れば信号もほとんどないため、快適に距離を稼ぐことができる。
景色はどこまでも豊かだった。スウェーデンとノルウェーの深い森を抜けると、湖面が朝の光を反射してまぶしい。デンマークでは風車とカラフルな家々が点在する田園風景が続き、ドイツでは川沿いの道を進みながら遠くに教会の尖塔を眺める。オランダでは風に乗って漂うチューリップ畑の匂いや、石畳を走るときの独特の振動が旅を彩った。
耳を澄ませば、自転車のベルや子どもたちの笑い声、そして牧場の牛の鳴き声まで混ざり合う。五感で土地を味わうとは、まさにこのことだろう。
笑顔と再会
旅の中では人との出会いも欠かせない。野宿のためにホストの庭にテントを張らせてもらった夜、隣人がBBQに招いてくれたことがある。炭火で焼いた肉の香ばしい匂いと、旅の話を肴にした会話は、何よりのご馳走だった。
また、再会もあった。1年前、日本一周の旅で四国を走っていたときに出会った世界一周中のオランダ人夫婦に、再び道中で会えたのだ。今は世界一周を終えて、オランダに帰ってきていた。その姿に改めて「挑戦を達成するために進み続けることの大切さ」を教えられた。
旅は過酷だが、機材に命を預ける以上、信頼できる装備が必要だと痛感している。荷物は最小限に抑えつつ、テント、寝袋、調理器具など生活に必要なものはすべて積んでいる。国によっては物資の調達も難しくなるため、備えは常に怠れない。
欧州を自転車で旅する時に、知っておきたい便利ツール
装備やテクニックも旅の要だ。今回役立ったアプリのひとつがKomoot(コムート)。舗装状況や標高差まで教えてくれるルートナビは、Googleマップ以上に自転車旅に特化している。
また、スウェーデンで活用した「Vindskyddskartan(シェルターマップ)」は、無料のキャンプサイトやシェルターを探すのに重宝した。
さらに、ヨーロッパ各国の交通機関予約アプリは必須だ。自転車をそのまま電車やバスに載せられるが、事前予約が必要なこともある。オンラインで完結できるのは、キャッシュレス化が進むヨーロッパならではだろう。
ペダルと共に学ぶ、挑戦する旅の楽しさ
宿泊は主にテント泊かホストの家だった。食事は基本的に自炊だが、時にはホストが家庭料理を振る舞ってくれることもあった。観光ガイドに載っている料理ではなく、彼らが普段食べている料理を味わうことができるのは、何よりの特別な体験だ。
今回の旅を振り返ると、「道そのもの」が文化を物語っていることを実感した。坂道ばかりの日本では想像できないような平坦な道や、国全体で整えられた自転車インフラ。人々の暮らし方や価値観が、そのまま道に現れている。
もしこの記事を読んで「自分も走ってみたい」と思ったなら、それが一番の収穫だ。旅は特別な人だけのものではない。ペダルを一歩踏み出す勇気さえあれば、誰でも自分だけの物語を紡ぐことができるのだから。
日程
7月21日から8月20日。
行程
7/21〜7/23 スウェーデン スカンディナビア山脈山越え
7/23〜7/27ノルウェー オスロに4泊
7/27 オスロからコペンハーゲンまでフェリーで移動。
7/28〜7/30デンマーク コペンハーゲンに3泊
7/31〜8/5 EuroVelo 7、ベルリン–コペンハーゲン自転車道」を走行。
8/5〜8/7ドイツ ベルリンに3泊
8/7〜8/15 ベルリンからオランダを目指してドイツ横断。
8/15 オランダで世界一周サイクリストたちと1年ぶりの再会。
8/16〜8/20 オランダ アムステルダムに5泊うち1日は体調を崩して寝込む。
予算感
・交通費 5万7244円。移動のためのフェリーと電車。オスロからコペンハーゲンへ向かう夜行船を利用したため、かなりの値段に。また、オランダは船渡しによって河川を渡るため、その度に200円程度支払う。
・宿泊費 0円。スウェーデンは自然享受権により、野宿が合法のため、気に入った湖のそばでテントを張って寝た。デンマークに入ってからは野宿は違法となったため、サイクリストや海外で生活している日本人の庭にテントを張らせてもらったり、家に泊めさせてもらっていた。
・食費 1万5785円。基本は自炊。それぞれの国の最安値のスーパーで食材を購入している。ただし、泊まらせていただいた日にホストに食事ご馳走していただいたことが多かったので通常は最低でもこの金額の3倍は見積もっていたほうがいいだろう。ひと月に数回外食するのであれば5倍以上はかかるだろう。
・観光費 1万2260円。各国の国立博物館や美術館に立ち寄った。その国の文化や歴史を知ることができる。ネットの情報だけでなく実際に展示品を見ることでサイズ感・質感・色味など“実物ならでは”の情報が得られる。また博物館の展示解説は専門家が監修しており、正確性・学術的な裏付けがあるのも実際に行くことのメリットだろう。






















