【わたしとブロンプトン】何げない日々の移動をエンターテイメントにする
本誌では最新ロードバイクを試乗するなど、ガチのロードサイクリストとしての印象も強い自転車ライターの吉本 司。そんな彼が、近頃時間を長く共にする存在がブロンプトンだ。日常の交通手段に旅のエッセンスを盛り込んだ楽しみ方は、距離や速度に縛られない自由気ままな自転車遊びの根源的な魅力を再発見するものであった。
ブロンプトンを数年前に手にした目的の一端は、自宅から少し離れたカーシェアリングの駐車場へ向かう足という、いい加減なものであった。瞬時に小さく折り畳めて輪行袋に収まる様は、乗用車に積んでも邪魔にならず好都合だった。しかし、それは今や二次的で、この小さな英国車は、僕に“日常を旅する”という新たな自転車遊びを与えてくれた。
僕は仕事の都合で都内の環七の西側を、北から南へ移動することが時折ある。鉄道の路線で言えば西武池袋線〜西武新宿線〜JR中央線の間なのだが、これらの駅を縦に結ぶ公共交通はバスしかないのだ。しかも、場所によっては渋滞することも少なくないので、移動のストレスが多い場所である。
そこで活用したのが簡単に輪行できるブロンプトンだ。東西の移動は電車でコイツを輪行し、電車のない南北はブロンプトンでカバーする。結ぶ駅や行程で異なるけれど、この南北の距離は10kmほど。ロードバイクなら電車移動の区間を含めても自走は容易だ。でも移動手段だけでなく、その行程を楽しむにはブロンプトンが最高の友となる。小回りが利いて狭い路地でもきびきびと走り、乗り降りしやすく、“お座り”と言って、リヤのスイングアームを前方へ回転させるとバイクが自立する独自の仕組みは駐輪も楽々だ。
だから走る道は幹線道路をできるだけ避けて生活道路を選び、ナビは極力使わない。目的地への大まかな地図を頭に記憶して、気の向くままに住宅地の曲がり角を抜け、商店街を進み踏切を渡り、次の街や駅へと向かう。そこに自分の興味の“ネタ”を組み合わせると、その行程は旅としての深度がより増す。僕は立ち食いそば、純喫茶、和菓子(いずれも個人経営が重要)の食べ歩き、昭和建築の散策を“あて”にして、それらをあらかじめ調べて道のりを組むこともあれば、気ままな道中で思いがけず出合う喜びもある。
ロードバイクはスピードが“出てしまう”ので幹線道路に足が向きやすいし、止まるのがおっくうになる。だから景色を見失いやすく、移動手段として街を線で結ぶ感覚になりがちだ。でもブロンプトンだと細かな道を塗りつぶすようにして走れる。それが街を面で捉えられるようになり、地域への解像度が深まり、“日常の旅”の満足感が増すのだ。さらに言えばロードバイクでは見過ごしていた近場や街が走る場所にもなった。
僕自身もそうだが、ロードサイクリストはとかくライドの満足感を距離や速度、獲得標高などに求めがちだ。それは不変の魅力であるが、数値は体力に依存しやすく、年齢や経験を重ねると、時に窮屈にもなる。かくいう近頃の僕もそうなのだが、ブロンプトンで“日常を旅する”楽しみを手にしてからは、ことさらに距離や速度の呪縛から解放された気がする。
自転車を趣味にしてもう40年になるが、今更ながら自転車の楽しみの原点であるサイクリングを満喫している真っ最中である。反面ブロンプトンによって、ロードバイクでしかできない走りに再び価値を覚えるようにもなった。この小さな英国車は、僕のサイクリストとしての回春剤である。年を重ね、近い将来ロードバイクを降りる日が来る。でもブロンプトンは生涯の伴侶となるに違いない。僕はそんなことを考えながら、コイツとのひとときを楽しむこの頃である。
ブロンプトンの世界観を体現する旗艦店
Brompton Tokyo
東京都渋谷区神宮前2-5-10
電話/03-6459-2012
営業時間╱12:00〜20:00、土・日・祝日=11:00〜19:00
定休日╱火曜日(火曜日が祝日の場合は翌水曜日が休み)
2025年4月にフラッグシップストアとなる「Brompton Tokyo」が東京・渋谷区にオープンした。ブロンプトンのフルラインナップがそろうだけでなく、コミュニティライドも毎週開催されている。試乗車を借りての参加もできるので、購入を検討するのなら絶好の機会になるはずだ。バイクの販売だけでなく、ブロンプトンをテーマに集える場所を目指して各種イベントにも注力するという。ブロンプトンに興味を持ったら一度は訪れたい。


















