旧街道サイクリングの旅 vol.8 旧東海道をゆく

目次

「やっと旅の続きができますなあ。」シシャチョーさこやんが串カツをかじりながら感慨深げに呟く。

 

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旅の続きは吉田宿から

旧街道サイクリングの旅8

旅の相棒のキャノンデール・トップストーンカーボン。ベンガラに通じる赤が街道に映える

一度目の旅から3ヶ月近くが過ぎようとしている。もっと早くに旅を続ける予定だったが、双方の仕事が忙しかったり、台風で流れてしまったりしたため実現できずにいた。
10月も末になってようやく旅の続きができることになった。
季節はすっかり秋になってしまっている。
場所は前回の旅の終わりの地「吉田宿」だ。今の豊橋市にあたる。
豊橋駅前の宿でシシャチョーさこやんと落ちあいそのまま串カツ屋に直行したのだ。

旧街道サイクリングの旅8

この人との旅はまず飲みから始まる

「でも走りやすい季節だし旧街道を行くにはもってこいですよ。」私も串カツに手を伸ばすがすかさず
「二度漬け禁止でっせ〜」とベタなセリフを吐くシシャチョーさこやん。
最初の旅の前夜祭での緊張感とは違い、かなり落ち着いた雰囲気。しかも旧街道の専門用語を楽しそうに語りながらハイボールを飲んでいる。
どうやらこの3ヶ月近くの間、近隣の旧街道を独りでサイクリングし、旧街道の旅の楽しさを味わっていたらしい。言ってみれば旧東海道の練習みたいなもので、すっかり旧街道サイクリングの楽しさのツボが理解できたようだ。確かに旧街道サイクリングは単に旧街道を走るだけでは少しも楽しくない。歴史や往時の文物に触れつつ走ることこそが楽しいのだ。なんにせよ私がずっとライフワークにしてきた旧街道サイクリングを楽しんでもらえているのは嬉しいことだ。こうなるとガイドをするというより旅の相方という感じだ。
「しかし地図を見たら静岡を通る東海道は長い距離ですなあ」スマートフォンで地図を出し下調べをしているシシャチョーさこやん
「今回は距離を伸ばして三島までいきましょう!」と私。
二人ともすっかり良い気分になり、またもや夜がふけるまで飲んでしまった。

 

歩道橋

旧街道サイクリングの旅8

歩行者や自転車を寄せ付けないクルマ天国の道

さて、翌日は薄曇りのパッとしない天気。しかし久しぶりの走り出しには良い天気と言える。
やっぱり飲み過ぎたのか少し重い体のまま二人とも出発した。
まずは例によって街中をクネクネと曲がりながら走っていく。しかし旅の再開だと言うのに感動が少ない。それもそのはず、ここも市街地化して街道風情を感じさせるものはほとんど残っていない。そればかりかあちこちで歩道橋が現れ行く手を阻む。自転車なので車道をそのまま行けば良いのだろうが、複雑な交差点だとそうもいかず歩道橋を使わざるを得ない。

いくつかそんな交差点を過ぎたところに現れたのが五叉路?いやそれ以上か?複雑に入り組んだ大きな交差点に出くわした。もちろん横断歩道はどの道にも付いていない。自動車は複雑怪奇な動きで相互に交差点をすり抜けている。当然自転車は怖くて通り抜けることはできない。いや例え走ることが許されていても一体どうやって通ったらいいのか理解不可能だ。歩道橋も複雑な回廊のようになっていて、エッシャーの騙し絵を思い出してしまった。

目の前の斜めの道が旧街道なのだがわざわざ歩道橋を行くのか……。自転車で行けば数秒のところも、歩道橋を歩いて数分はかかる。なんだか馬鹿らしい。釈然としないまま二人で階段を押し上り始めた。すると反対側からご老人が息を切らしながら階段の途中で止まりそうな様子で自転車を押しているではないか。遠くにおられたがハアハアという息遣いが聞こえる。ご老人が苦労して上ってきた歩道橋の下で、クルマたちは我が物顔で縦横無尽に走り回っている。クルマ優先ここに極まれり。なんだかやり切れない。

旧街道サイクリングの旅8

ようやく見つけた吉田宿の道標?

そんな感じの市街地での旧街道サイクリングだが、網の目のように張り巡らされた道路の中にあって、旧東海道は埋もれているようで実はしっかりと存在を主張している。明治以降に作られ、戦後に拡大された市街地の規格型の道路が、碁盤の目のように敷設されているなかで、旧東海道をはじめ、旧街道は有機的な姿で残っていることが多い。よくよく地図を見ていると1本だけうねりがあったり、細くなったり太くなったり、微妙なカーブを描いていたりしている。
「まだ生きてますよ!!」と自己主張しているようにも思えるのだ。
そんな特徴を地図で見つけながら行くのも良い。GPSを使って迷わず行くのも良いが、必死で生き残っている旧街道を肉眼で見つけつつ走るのもルートハンティング的で楽しいと思う。
走りにくさを嘆くよりも、地図を見てその中で楽しさを探し出そう。そう思い直しつつ二川宿へ向かう。

旧街道サイクリングの旅8

街道サイクリングが様になってきたシシャチョーさこやん

 

10分だけください!再び……

旧街道サイクリングの旅8

まもなく二川宿に入る。ここは昔の本陣を利用した「二川宿本陣資料館」がある。往時の資料がたくさん展示してあり、見所たっぷりの資料館だ。本陣の部分はさらに雰囲気たっぷりで今日の行程の一つのハイライトだ。
「歌川広重の浮世絵、東海道五十三次って知ってますか?」私が聞く。
「もちろんでんがな!勉強してきましたで!!」とシシャチョーさこやん。
旧東海道と旧中山道にはそれぞれ広重の美術館がある。街道旅ではぜひとも寄りたい場所だが、ここ二川宿本陣資料館でも浮世絵体験コーナーがある。ミニサイズの浮世絵をインクを使って摺る体験ができるのだ。
「それはおもしろそうですな!」

資料館に着くとすぐさま浮世絵コーナーへ。
さっそく二人してやってみる。
しかし4色をピッタリと図柄を合わせて摺り込むのはなかなかに難しい。
擬似体験であってもなかなかに難しいのだ。
本物の浮世絵は浮世絵師でないと到底色を付けることはできないものらしい。

旧街道サイクリングの旅8

二川宿本陣資料館は、しっかりとしたサイクルラックが据えられ、フロアポンプなどの貸し出しサービスのあるサイクリストフレンドリーな場所だった

さて浮世絵体験の後はシシャチョーさこやんに街道の歴史を見てもらうべく資料館巡りだ。ここは滋賀県の草津宿の資料館と同様に街道の歴史を詳細に伝えている貴重な場所だ。私と旅をするということでそれなりに本などを読んで勉強しているシシャチョーさこやんであったが、ここの資料の詳細さには驚いていた。
「井上さん、ボリュームありますね。しっかり見てたら時間足りませんよ。」
「本当ですね。ここは本陣の内部の風景を見るのが目的ですからすぐにいきましょう。写真もOKいただいていますし撮影を済ませて。」
いつの間にか30分以上の時間を費やしてしまっていた。何せ今回は3日間で吉田宿(豊橋)から三島宿まで行く予定なのだ。その間には日坂や宇津ノ谷峠など撮影スポットも多い。
そそくさと資料館から本陣へ移ろうとしたときだった。

「すみません!ボランティアガイドです!10分だけお時間ください!」

「またかいっ!!!」シシャチョーさこやん。

「あ、すみません。ありがとうございます。でも先を急ぎますんで。」と私。
二人して顔を見合わせる。赤坂宿と同じだ。

「せっかく来たんだから聞いて行きなさい。お金は入りませんから。なに?時間がない?時間がないならまあいいですけど……。」とボランティアの方。
「しゅ、取材で来ていまして、ほ、本陣を見せていただいたらすぐに退散しますので」
二人で顔を見合わせながら外に出て本陣に向かう。なんだか赤坂と同じことになりそうな予感。

本陣は戦国時代の本陣と同じで、家紋を描いた大きな幕を張り出すのが常だった。江戸時代になり平和が訪れても、諸国の大名は戦に備えているという意味で参勤交代中の宿を本陣と称し、陣中よろしく大きな幕を張っていたという。
この本陣ではそれをうまく再現していて雰囲気たっぷりだ。
二人してそれを撮影しようと用意をしていると……。

「あ、せっかくなんだから話を聞いて行きなさいよ。ほんの10分ですから。え?時間がない?それならまあ仕方ないですけど」

「す、すみません」と再び退散。

広間を見ながら撮影を始めたその時、後ろからまた大きな声が。こちらの撮影は全く意に介さず滔々と語ってこられる……。
「ここは本陣と言いましてね!大名が泊まった宿なんですよ。東海道は五十三次と言いまして宿場町が53箇所ありましてね、五街道というのがあるのですが……○×△□……え?時間ないんですか!?それならまあええですけど。」

赤坂の時も思ったのだが、ボランティアの方の親切心とサービス精神は心底頭が下がる。ましてやシルバー人材としてやりがいを持っておられるのはよく理解できる。しかし一方的だとちょっと困ってしまうのだ。しかも10分では大体すまないことがほとんど。

ボランティアの方には申し訳ないが、逃げるようにして本陣を出ることになった。結局表の道路から2、3枚の撮影をするだけになってしまった。せっかく許可もいただいたので存分に撮影したかったのに集中できず残念。

旧街道サイクリングの旅8

二川宿本陣の大広間。色々とアングルを探っているときに例の声が……

旧街道サイクリングの旅8

平和だった江戸時代だが、大名が逗留する場所は「本陣」という名前で、あくまで臨戦態勢という意味合いがあったらしい

旧街道サイクリングの旅8

二川宿本陣内部

「いや、参りましたな……あのオジイサン……ずっと喋ってましたな」苦笑いをするシシャチョーさこやん。
「時間があるときはいいんでしょうけどね……東海道に53箇所の宿場って……笑」
「毎回あんな人に会いますなあ」
「迫田さんはそういう人に好かれるんですよ!!」
「まあそれも井上さんが言っていた人との出会いっちゅうやつですか?はっはっはっ!!!」

テレビの水戸黄門のような笑い声のシシャチョーさこやんだった。
さて時計を見ると8時に出立したのにもう11時半を指していた。まだ一つの宿場町しか過ぎていない。急がなくては。
次は白須賀宿を越えて新居の関所、そしていよいよ浜名湖を越える。

旧街道サイクリングの旅8

もはや立派な街道サイクリストのシシャチョーさこやん。次はどんな旅になるか?

 

参考文献:
今井金吾「今昔東海道独案内」(JTB出版事業局)
歌川広重「東海道五十三次五種競演」(阿部出版)
八隅蘆菴著/桜井正信監訳 「現代訳 旅行用心集」(八坂書房)

 

【text & photo:井上 寿】
滋賀県でスポーツバイシクルショップ「ストラーダバイシクルズ」を2店舗経営するかたわら、ツアーイベント会社「株式会社ライダス」を運営、各地のサイクルツーリズム造成事業を主軸としつつ、「日本の原風景を旅する」ことをテーマにした独自のサイクルツアーを主宰する。高校生の頃から旧街道に興味を持ち、以来五街道をはじめ各地の旧街道をルートハンティングする「旧街道サイクリング」をライフワークにしている。趣味は写真撮影、トライアスロン、猫の飼育。日本サイクリングガイド協会(JCGA)公認サイクリングガイド。

取材協力:RIDAS(ライダス)

 

vol.9に続く