鯖街道サイクリングツアー

目次

日本を代表する「食の街道」である鯖街道。旧街道と日本の原風景、歴史と食を楽しめるサイクリングを体験してきた。

開催日時:2022年11月19日(土)
主催:まちづくり小浜「おばま観光局」/ライダス

 

鯖街道の針畑越え

昔話の世界のような風景のなかを走ることができる鯖街道(針畑越え)

 

京は遠うても十八里……

福井県の若狭地方は、古来より日本海で採れる豊かな海産物や塩を京の朝廷へと献上してきた。この辺りの火成岩の荒々しい海岸線は船の停泊に適していて、自然と日本海の船での交易が栄えるようになり、次第に若狭は交易や文化の一大拠点となっていった。自然、若狭から京につながる道が数多く発生し発展していく。若狭街道や丹後街道などは有名だ。昭和になって、これら海と京をつなぐ道を「鯖街道」と称するようになった。

若狭のなかでも、小浜(おばま)は大変需要な街だった。ほとんどの道が小浜を通り、京に向かっていく。そのためだろうか小浜の地は古代から為政者とのつながりがとても深いという。
「京は遠うても十八里」。これは若狭小浜からみると、京の街は遠いとはいえ、わずか十八里(約72km)で行けるという意味だ。若狭と京の間には深い山が横たわり、回りながら行くか、もしくは琵琶湖の水運を使う必要があった。地図をみれば一目瞭然だがかなりの距離がある。しかしそれとは別に、細くて山深いが最短距離で京にたどり着くことができる道があった。足の達者な人夫で継いでいけば一昼夜で朝廷に新鮮な海産物を届けることができたという。この道を「針畑越え」といい、数多くある鯖街道のなかで最も古い街道だという。
今回はこの針畑越えを走るサイクリングツアーを催行した。
コースは実際の鯖街道針畑越えを京都から小浜に向かって走る90kmの行程。距離もさることながら、途中に厳しい峠が2か所あり山深いところも多いため、5、6名がグループになり全体最適の速度を保ちながら走る形式にした。さらには単に走り抜けることにはせず、観光スポットや風景を味わうポイントで規定の時間をしっかりと取って楽しむことに、また先頭、最後尾、それぞれのグループには、JCGA日本サイクリングガイド協会の認証ガイドが3名、JCGAの資格試験に挑んでいるガイド候補生が2名帯同し、ツアーのコントロールと安全確保をすることにした。
さらには、到着地の小浜市より現地の観光事業関係者の皆さんにご支援いただき、鯖街道や針畑越えの歴史やストーリーを要所で解説していただきながら旅する、歴史体験型サイクリングツアーに仕立てた。

 

晩秋の京都出町を出発

ツアー当日、15名の参加者が京都の北にある出町に集合した。ピリッとした秋らしい空気に包まれた下鴨神社。その袂にある鯖街道の石碑が出発地だ。
全員が集まったところで今回ツアーのご協力をいただいた小浜市役所の下仲隆浩さんより、鯖街道と京都との関係について歴史解説をしていただく。下仲さんは福井県の歴史や鯖街道の研究者であり、学芸員を努めておられる。そして熱心なサイクリスト。旧街道じてんしゃ旅にとって最高のタレントだ。
「出町とは、まさにこの地この場所から先は京ではないということ、つまりは町を出る場所として名付けられたのです……」。まるでNHKのアノ番組を見ているようだ。皆が一様に解説に引き込まれていく。コレは楽しみ! 鯖街道は若狭からは海産物を、そして京からは文化を届けた。今回の旅はそんな解説を聞きながら追体験する旅になりそうだ。

 

鯖街道の碑

出町柳にある大きな柳の下にある鯖街道の碑に参加者が集まった。ここが出発点だ

手を挙げるシシャチョー

旧街道じてんしゃ旅の相棒、シシャチョーさこやんも参加

解説する下仲さん

このツアーでは小浜市役所の下仲さんによる鯖街道の学術的な解説を受けられるのが魅力だ

 

鞍馬寺の天狗に想いをはせる

ほどなく出発。まずは京都の北にある鞍馬(くらま)寺が最初の休憩ポイントなのでそこを目指す。往来が激しく細くて入り組んだ京都の道をJCGAガイドの指示に従って走っていく。次第に道の両脇に赤いものが目立ってきた。市街地では分からなかった秋のしるしが目に飛び込んでくる。そういえば息も白い。1時間弱ほどで鞍馬寺に到着した。
鞍馬寺は創建から1200年が建っており国宝など歴史的遺産も残されている。さらに鞍馬寺は天狗で有名だ。寺が経営する鉄道の駅舎の前にも大きな天狗が飾られている。下仲さんによると、鞍馬寺や滋賀県の朽木(くつき)などが天狗にゆかりがあるのは、鯖街道を通ってきた外国人に由来するという仮説があるという。赤い顔や高い鼻……。確かに異型の面相で外国人と言われればそう思える。若狭地方には神事で天狗の面を被って踊るものが数多くある。そして滋賀県の朽木地方には思子淵(しこぶち)伝説という異形の神の伝説が随所に残されている。ひょっとしてそれらも関係があるのかもしれない。
そんな神秘的なストーリーを聞いて旅の感覚に浸っていた。しかしそれもつかの間だった。

 

鞍馬寺

まず立ち寄ったのは鞍馬寺。この天狗の意味も下仲さんからディープな解説が

 

幻想的な日本の原風景

鞍馬寺を出発し、全グループが峠に差し掛かる。花脊峠。京都のサイクリストには人気の厳しい峠だ。みんな一丸となって峠に立ち向かっていく。次第にだれも言葉を発しなくなった。晩秋とはいえ上りでは熱く、ジャージのファスナーを開けるひとも目立つ。今回のツアーではロードバイクやグラベルロードに加えて、eバイクの参加者も募った。日本ではeバイクはあまり多くは見られないが、ヨーロッパでは交通手段として、スポーツとして、そして観光用としてさまざまなeバイクが開発され販売されている。ロードバイクよりもむしろeバイクを多く見かけるぐらいだ。レースやトレーニングのイメージが強い日本のサイクルスポーツシーンだが、実はeバイクは坂道の多い日本には最適の乗り物だ。花脊峠でも、日頃鍛錬しているローディーたちが、ゼエゼエハアハアとペダルを踏むその横で、eバイク参加者がスイスイと走り、いち早く峠にたどり着き下仲さんの説明を受けていたのが印象的だった。障壁の無いサイクリングの手段として、今後さらにeバイクが注目されることだろう。

 

花背峠

鯖街道は次第に細くなり斜度を高めていく。難所の花背峠が待ち構える

 

その後は川沿いに下り、京都府と滋賀の県境にある久多(くた)の集落に入った。茅葺屋根の住居が見えた。しばし自転車を降りてたたずむ。まるで日本昔ばなしのアニメに出てきそうな集落の風景だ。電柱とアスファルト、そして自動車が無ければ時代を錯覚してしまうだろう風景。タイムスリップしたような風景に皆しばし見とれていた。
滋賀県の朽木に入ると今度は広大なススキの自生地が目の前に広がる。太陽を背にして走っていたので、止まって振り返ってみた。そこには黄金色に輝く幻想的な情景が広がっていた。感動の瞬間だった。

 

茅葺の家

京を抜け滋賀県に入ると、トタンで覆われた茅葺きの家が目立ってくる

針畑川

思子淵(しこぶち)という筏流しによる木材輸送の守護神伝説が残る針畑川をたどっていく

一面のすすき

辺り一面に黄金色のすすきが広がる。幻想的な風景にしばしペダルを止める

朽木の山の葉

京の山はまだ紅葉まっさかりだが、朽木の山はすでに終わりかけていた

 

地元の食材を使ったお弁当をいただき、いよいよ後半の行程にさしかかる。道の名前にもなっている「針畑越え」だ。実際の針畑越えは山道で、現在でも通行することができるが、完全に登山道での峠になるので自転車では通れない。かわりにすぐ下にある「おにゅう峠」というところを通る。この峠は雲海で有名で秋には早朝から撮影目的の自動車が列をなすほどだ。古代の海の堆積岩(たいせきがん)でできた山体を、斧で切り開いて作ったような道は、法面(のりめん)が崩れやすく小さな落石が至るところに散らばっている。ちょっと日本離れした道なのだ。ロードバイクでは注意しながら走らないとすぐにパンクしてしまう。このツアーではサポートカーを2台用意し、参加者のトラブルに備えた。
おにゅう峠に上ると目の前に絶景が広がる。遠くに目指す若狭湾が青く横たわっている。この景色を見るだけに峠を上っても価値アリだ。下仲さんによると、本来の針畑越えはこのおにゅう峠のすぐ上にあるそうだ。そういえば路傍の各所に旧道の案内看板が立てられていて、矢印と共に「鯖街道」の文字が書かれている。コレを見ると本能的に旧道を行きたくなってしまう。「いかん! 今日はサイクリングツアーの日だ」。ムクムクと持ち上がってくる旧街道ハンターの本能を抑えながらおにゅう峠をあとにした。

 

地物を使った弁当

この日のツアーの昼食は、滋賀と若狭の地物を使った地域のお弁当。もちろん鯖と葛餅も入っている

おにゅう峠へ

昼食のあとはいよいよ最高地点のおにゅう峠へ。岩肌がむき出しの荒々しい道をひたすら上る

eバイクで参加した御子柴さん

eバイクで参加の御子柴さん。このツアーではeバイクもロードバイクも不満なく併走できるようにコントロールした

おにゅう峠からの風景

絶景ポイントのおにゅう峠。峠の頂上から日本海が見渡せる。昔の旅人もこの風景に感動したことだろう

 

昔の宿場町「上根来」

おにゅう峠から下ること6kmほどで、昔の宿場町だった上根来(かみねごり)に到着する。ここは当時は馬継ぎ(人夫や馬に荷物を受け渡すこと)の問屋場(といやば)があったという。現在でいう宅急便の集積所のような場所だった。その問屋場跡の古民家が休憩所として開放されている。ここで最後の小休憩を取った。ここでは地元の銘菓である「雲城水菓子」という和菓子を補給食としていただいた。この上根来集落の辺りから染み込んだ水が伏流水となり、長い年月を経て海辺に湧き出しているという。それを使った水菓子だ。疲れた体に染み込む優しい甘さが特徴だ。日も陰りつつある時間帯だったが参加者の皆さんはしばし休憩し、和菓子を堪能した。上根来の集落は残念ながら現在は廃村となっている。しかし元住民の方が手入れをしているのか、宿場町風情が保たれ味わい深い場所だった。

 

夕暮れの中をサイクリング

秋の日は釣瓶落とし。下りに入るととたんに夕暮れの雰囲気がただよう

上根来

宿場町だった上根来(かみねごり)に到着。昔の問屋場で休憩だ

雲上水

上根来から地下に染み込んだ伏流水が何と海辺に湧くという。その水をつかった和菓子、「雲上水」が補給食

小浜への案内板

夕暮れにしたがって旅の雰囲気が漂ってきた

鯖街道の案内看板

福井県側は鯖街道の案内看板が随所に建っている。この看板の向こう側が、歩いていく本来の鯖街道だ

 

小浜に到着!

小浜の市街地に入る。国道の脇に旧街道がクネクネと伸びている。地図を見ると一見して旧街道と分かるその形。詳しくは「旧街道じてんしゃ旅」シリーズをお読みいただきたいと思うが、市街地に残る典型的な旧街道だ。それをたどっていくといよいよこの旅のハイライトに近づいていく。三丁町に出る。ここはまるで京都のどこかの小路のような風情だ。和風の建物やお寺、そして周囲から聞こえる住民の方々の生活の音。観光地でありながら生活感を感じる居心地の良い町並みなのだ。もう少し長居したかったが、まもなく日が暮れてしまう。急ぎ街を出て海辺に向かった。日本海だ。京都を出発して若狭の海までたどり着いた。その実感を味わうことができた。参加者のみなさんも満足そうだ。しかしまだ旅は終わりではない。小浜市の旭座がこの日のゴールだ。山むこうに沈む夕陽ではあったが秋の夕暮れを楽しみつつ旭座に向かった。全員無事に完走した喜びと、地元の皆さんの心づくしのおもてなしが心に染みた。

 

小浜市の旭座に到着

日がまさに沈もうとした頃、ようやく小浜市の旭座に到着

出迎えるおばま観光局の原田さん

背負子に菅笠で当時の姿で出迎えてくださったのは一般社団法人 若狭おばま観光協会の原田さん

写真を撮る原田さんたち

ツアーの立役者で撮影。下仲さんによると、小浜市では近年採れなくなった鯖を養殖することに成功しているという

参加賞の箸

参加賞はイベントネーム入りの携帯用のお箸。小浜は箸の名産地だ

鯖のコースター

鯖=38のかわいいコースターもついてきた

コースターと橋を持つシシャチョー

走りきって満足のシシャチョー。eバイクの楽しさを改めて感じたそうだ

鯖をポケットに入れて帰ろうとする参加者

鯖をポケットに入れて帰ろうとする参加者。このあと夜の鯖街道を自走で帰ったという……

 

鯖街道を世界へ発信

今回の旅は筆者が経営するライダスと、福井県小浜市にあるまちづくり小浜「おばま観光局」とで実施したサイクリングツアーだ。同社は小浜の観光開発を行う会社だ。同社のカウンターパートナーであるジョシュア・べーウィッグさんに話を聞いてみた。べウィッグさんは20年以上日本に住んでおり、日本を知り尽くしている。
「サイクリングは欧米ではポピュラーなスポーツであり、観光手段だ。そして小浜は外国人が異国情緒を感じることができる静かな街。そこにつながる鯖街道は、いまだに日本の古き良きものをたくさん遺している。これをサイクリングで味わうことができるとしたら、訪日外国人サイクリストにとって最高に体験になる」と話す。
旧街道と日本の原風景、歴史と食。そして適度なスポーツ体験。全てがそろう鯖街道サイクリング。読者の皆さんもぜひ一度訪れて欲しい。

 

ジョシュア・べーウィッグさん

鯖街道のツアーを世界に広めていきたいと語るジョシュア・べーウィッグさん

参加者の集合写真

旧街道を体感し学べるツアー。単なる走行会やツアーとは違う体験に参加者は満足そうだった

 

 

参考文献:
●〜御食国若狭と鯖街道〜 小浜市・若狭町日本遺産活用推進協議会著
●近江・若狭と湖の道 藤井謙治著 吉川弘文堂
●近江の峠道 木村至宏著 サンライズ出版
●新装版 今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州 今井金吾著 JTB出版事務局
●新装版 今昔東海道独案内 東海道 今井金吾著 JTB出版事務局
●新装版 今昔中山道独案内 中山道 今井金吾著 JTB出版事務局
●地名用語語源辞典 東京堂出版
●現代訳 旅行用心集 八隅盧菴著 桜井正信訳 八坂書房
●宿場と飯盛女 岡成社 宇佐美ミサ子著
●北国街道を歩く 岸本豊著 信濃毎日新聞社
●歩く江戸の旅人たち 谷釜尋徳著 晃洋書房
●道路の日本史 武部健一著 中公新書