“琵琶湖サイクルージングツアー”体験レポート
目次
サイクリング+ボートクルージング=サイクルージング
琵琶湖一周サイクリング、通称「ビワイチ」でおなじみの滋賀県で、サイクリングとボートクルージングをミックスさせたツアーが開催されると聞いて取材に行ってきた。ビワイチは編集部でも何度も取り上げているし、筆者も良く知っているが、今回は琵琶湖を一周するのではなく、観光船に乗ってサイクリングに適した場所まで移動するというものらしい。
そういえばその肝心の琵琶湖については、船で巡ったこともなければ、水に入ったこともない。ましてやボートクルージングとサイクリングを掛け合わせたツアーなんて聞いたこともない。一体どんなツアーなのだろうか。
そんな興味深いツアーを企画したのは、滋賀県大津市に本社のある琵琶湖汽船株式会社。大型観光船の「ミシガン」や「ビアンカ」などを運行する観光船の会社である。そしてサイクリングを担当するのは、弊社のムック「旧街道じてんしゃ旅」の撮影、執筆を務める井上寿氏が代表を務める株式会社ライダス。いつも従来の慣習や型にとらわれず、新たなサイクリングの可能性を見せてくれる企業だ。さて今回のツアーもどんな驚きがあるのだろう。楽しみだ。
まだ冬の最中。霧が漂う琵琶湖大津港を訪れた筆者。港についてまずその風景に釘付けになった。正直なところビワイチで通る大津とはまったく違う印象に驚いた。あたりに立ち込める霧、ぼんやりと明るく照らす太陽。その陰影の中に佇む大型クルーズ船を見ていると、まるでここが琵琶湖とは思えない。どこかヨーロッパのリゾート地であるかのようだ。
待合室でツアーの主催者と挨拶。このツアーの仕掛け人である琵琶湖汽船株式会社の川崎取締役に早速主旨と見どころを聞いてみた。「最近のサイクリングブームでビワイチで訪れる方も増えて参りまして、そんななかで私どもの船を使わせて欲しいというお声も多数頂戴するようになりました。ただ、単に自転車を乗せて湖をショートカットするというのでは、私どもとしても片手落ち。何とかボートクルージングで琵琶湖の良さをゆっくりとご覧いただき、かつサイクリングも合わせて楽しんでいただける方法はないかとずっと考えており、今回、地元滋賀県でサイクリング事業者として展開しているライダス社とコラボレーションすることにいたしました」。
なるほど、昨今、自転車をそのまま乗せることができる公共交通が増えてきている。でもそれはあくまで移動手段としてである場合が多い。サイクリスト視線であればそれでいいのかもしれないが、よく考えてみると大部分の人は、その移動時間をスマートフォンを見ながら移動するのでは? そう思うとせっかくの交通機関がもったいない気がする。どうやら今回は単に船の移動ではなくボートクルージングとしての仕掛けがあるらしい。
次にサイクリングの仕掛け人であるライダスの井上さんに聞いてみた。「最初に琵琶湖汽船さんからお話をいただいたときは、長年暖めていたアイデアを実現できると喜びました。滋賀県には歴史的な道や史跡が数多く残っており、かつてそれらは琵琶湖の水運によってつながっていました。それを自転車という現代の馬に乗り、観光船という水運で繋ぎ追体験するというエクスペリエンス型のアドベンチャーツアーを催行することができると考えたのです。滋賀県の良さを知っていただくには単に琵琶湖を周回するだけではまったく分からない。このツアーでは、近江(滋賀県)の歴史の道をサイクリングで巡り、琵琶湖汽船さんの観光船で、その時代の水路を追体験するコースを7つ作成しました。そのうちの4つを4日間で体験していただこうと思います」。
なるほど昨今のサイクルツーリズムのブームのなかで、ビワイチなどに代表されるように周回系のサイクリングコースが増えているが、確かに単に訪れては走り去ってしまうサイクリストが多いのも事実だろう。
参加者が全員そろった頃に、大津港に一隻の船が到着した。今回乗船する「megumi」という船だ。乗り物にちょっと弱い筆者。少し心配しながら乗船することになった。
ボーッ!という汽笛が鳴り、いよいよ出航。船旅なんて満足にしたことがないので高揚感がたまらない。
出港してまずは屋上のデッキに。飛び込んできたのは湖上に浮かぶ雄大な雪山の景色! 思わず写真を撮りまくる。井上氏に聞くと、それは比良山(ひらさん)という山で、断層と隆起で湖からそそり立つように鎮座する、滋賀県を代表する山だという。対岸や麓から見るそれとは違い、湖の中ほどから眺める比良山は、関西在住の筆者がよく知っている見慣れた滋賀県とはまったく違うものだった。これほどにダイナミックだとは。
しばらく眺めているとさすがに体が冷えてきたのでキャビンに降りる。中ではライダス社が設けたホスピタリティーゾーンで、滋賀県の名産品や地元素材を使った軽食やお菓子、地元のお茶やフェアトレードのコーヒーでもてなしてくれた。
今回の参加者はモニターツアーということで、自転車業界、旅行業界、景観・観光の専門家、そして一般サイクリストとバラエティーに富んだメンバー。ホスピタリティーでみんなでコーヒーを淹れたり自己紹介をしたりで、着岸するまでにすっかり仲良くなった。
湖の中程に来て井上氏が琵琶湖について話しはじめた。琵琶湖は約600万年もの長い間存在する世界的にも珍しい湖であること、南湖は平均水深4mだが、琵琶湖大橋を越えて北湖に至ると平均水深70mほど、最深部で100m強もあるということ。島が4つあり、最大の沖島では、世界的にも珍しい淡水湖の有人島であること、僅かだが干満があること。琵琶湖は今も北に移動を続けていることなど、「右手をご覧ください〜」などと単に観光ガイドがとうとうと話すようなスタイルではなく、少し専門的な知識でありながらも過度になりすぎず、聞き手が興味を持ち続けるような内容だ。確かにそんな話を聞いていると少しずつ琵琶湖に興味が出てきた。これらを聞いていなければ、途中から湖から視線を外しスマートフォンをいじり出していたことだろう。ましてやサイクリングでビワイチをしている途中に、ここまで琵琶湖に興味を抱くだろか……。
井上氏に聞くと、このように単なる情報伝達をするガイドと違い、観光としてだけではなく土地や文化の存在の意味や意義を理解しやすく伝えることを「インタープリテーション」と言い、ライダスでは全社を挙げて研修中であるのだという。確かに彼と一緒に旅する、旧街道じてんしゃ旅のロケでも各地の情報がひんぱんに出てくるわけだ。
戦国時代へタイムスリップ
1日目は琵琶湖の北にある長浜港に着岸し、そこから移動して戦国時代ゆかりのコースを行くという。まずは豊臣秀吉が築城した長浜城を見つつ北上し、琵琶湖の北部にある余呉湖(よごこ)という湖へ。ここは以前も取材で来たことがあるが、天女の羽衣伝説がある静かな場所だ。昼食を食べつつ井上氏がまた話し始める。「この余呉湖の周囲の山を見てください。実はここは戦国時代の一大合戦の地だったのです……」。ここは豊臣秀吉と柴田勝家が戦った「賤ヶ岳(しずがたけ)の合戦」の地なのだという。湖から旧北国街道へ向かう道で「実はこの山の麓から彼方まで馬防柵がずっと張り巡らされ、北に柴田、南に秀吉が陣取り、対峙していたのです……」と説明を聞きながらサイクリング。そのまま旧北国街道を南下し、以前も訪れたことのある「菊水飴本舗」に立ち寄る。ここからはいつも旧街道じてんしゃ旅そのもののツアーだ。
私はいつも井上氏と一緒だからよく分かるが、初めての方もおられ、「サイクリングっていうので、相当走らないといけないのかと思ってた。一日終わったらクタクタなのかと。」という方や「何度も訪れた観光地であってもサイクリングで訪れると、まったく違った印象だ」という旅行関係者もおられた。また自転車メーカーのスタッフ、ザック・レイノルズさんは「船旅の良さと旧街道サイクリングの良さをうまくミックスしている」と評価していた。
さて帰路の時間となった。琵琶湖北部の最も美しいと言われる場所を走り、この日はゴール。通常は冬季は閉鎖となる海津(かいづ)大崎港から乗船し、大津港を目指した。古より北陸からの交易の荷物を大津まで運んだ水路。それを追体験しながら戻った。
湖の利権を掌握していた湖族の町
3日目。琵琶湖大橋の西岸たもと付近に堅田(かたた)という町がある。今日は大津港を出てまず堅田港までのショートボートクルージング。それだけでは短いので船のキャプテンが気を利かせて琵琶湖の中ほどまで航行。今日も美しい比良山や伊吹山の姿を拝むことができた。
堅田港へ到着。ここはビワイチでもお馴染みの「道の駅 米プラザ」。ここに港があるだなんてまったく知らなかった……。上陸後は道の駅で滋賀県の物産を土産に購入。仕事とはいえこれは家族へのノルマでもある……。湖岸ではライダスのスタッフがバイクの締め付けや空気圧などの最終チェックをしてくれていた。これは安心だ。
サイクリングが始まってすぐに古民家が連続する細い路地に出た。生活感のある集落だ。近くにドックがあることに気づいた。なんと琵琶湖に造船所があるのだ。さらには木製の古い灯台や、周囲を掘で囲まれた神社など、特徴的な集落であることが分かる。
井上氏が船上で話してくれたことによると、ここは堅田という集落で、古くより琵琶湖の水運の利権を一手に掌握した「堅田湖族」と言われた人たちが住んだ町だという。古来より一大勢力だったといい、その名残をいまだに感じることができる。
ここもビワイチでは通らない場所だ。だからやっぱり知らなかった……。町並みはとても雰囲気があり歴史を感じる。
さて堅田の集落をゆっくりとサイクリングしたあとは、近江八幡の長命寺港まで行って・・・という予定だったが、船のキャプテンより琵琶湖の北部が現在強風で、港に接岸できないとのこと……。どうするのかと気を揉んでいたら、まず大津港まで南湖の風景を楽しみながら帰航。そこから急きょ、「壬申の乱」で有名な「勢多の唐橋(せたのからはし)」まで湖岸を南下し、そこからお得意の旧東海道サイクリング。しかも事細かに昔の道をトレースするというもの。その途中に、今話題の鎌倉時代の武将、木曾義仲が討たれた粟津の浜を通り、義仲が眠る「義仲寺」、そして大津城の城下町を通って、旧街道じてんしゃ旅でも取材した「大津絵の店」を見学して帰るというコースを走ることになった。「いつもこの辺りは歴史ツアーをやってますから」と井上氏。こうした手数の多さもツアー事業者にとっては大切なことだ。
信長の天下布武の道をゆく
最終日は、今回のツアーのメインのコース。織田信長の天下布武の道をゆくコースだ。「近江を制するものは天下を制す」。そう言いたくなるぐらい歴史の舞台となってきた滋賀県。なかでも織田信長はここで縦横無尽に動き回った武将だ。浅井長政との戦い、甲賀勢との争い、金ヶ崎の戦いからの退路、比叡山の焼き討ちなど数々の史実がある。そして安土城の築城と京への道である。
この日はJR安土駅に集合し、安土城を見学。そして湖まで出て琵琶湖汽船のmegumiに乗船。かつて信長がそうしたように、京への最短路としての安土から坂本へ水路を使って進み、比叡山へ至るというコースだった。ところがこの日も残念ながら琵琶湖の北部は荒れ模様。残念ながら安土城はキャンセルして、近くまでmegumiを使って接近。そのまま取って返し、信長の航路を行くことにした。上陸後はeバイクとサポートカーで、比叡山の麓、坂本の町へ。(夏だとこのまま比叡山へ上るというコースも検討中とのこと)。坂本の町はその名の通り坂がたくさんある。なかには斜度15%は超えそうなぐらいの激坂が……。しかしサイクリングガイドの資格を持つライダスのメンバーのレクチャーで皆安全に上り切った。eバイクがあれば誰もが楽しく同じ快感を味わうことができる。坂の上に上り切って安土方面を見ると、確かに京への最短路に思える。地上ではいつなんどき刺客に襲われるかわからなかった信長が、水路を選んだのもよく分かる。
坂本の町で歴史を学んだあと、ツアーはこの日もサブコースへ。琵琶湖汽船の管理する「びわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル)」へ進み、滋賀県一の格式を誇った建物を見学。普段は使用していない柳ヶ先港を使って帰るコースを通った。前半のコースが無くなった分、主催者側が考慮して作ったオプションだった。
今回初めてサイクリングとボートクルージングをクロスしたツアーに参加した。船旅ゆえ天候に左右されることもあったが、楽しく過ごすことができた。船旅は都合5回乗船することになったが、その都度琵琶湖は異なった姿を見せてくれることができた。しかもゆっくりと進むサイクリングのペースとシンクロするような、まさにクルージングという名にふさわしい船旅。これがサイクリスト目線なら単に琵琶湖をショートカットする手段としてしか船を見ることはないかもしれない。ビワイチをタイムアタックするようなスタイルのサイクリングでは決して思いつかないことだろう。サイクリングについては、やはり専門事業者のガイドがある方が断然おもしろい。単にサイクリングパートだけを担当するという意識ではなく、ツアー全体をプロデュースしオペレーションするような事業者であれば、これらのクロスイベントは大いに可能性があると思った。
また今回のツアーでは、集落や農地など非観光地を訪れることが多かった。そんなとき、ライダス社のスタッフが的確に参加者に対し、声を鎮めることや、自転車を降りる、人数を制限するなどの措置を取っていたことは興味深かった。
最後に滋賀県には歴史上の有名な史跡や道が数多く残っている。そしてその道は琵琶湖で水路となり繋がっているということを知った。サイクリング+ボートクルージングの今後が楽しみだ。
琵琶湖汽船株式会社
〒520-0047 滋賀県大津市浜大津5丁目1番1号
琵琶湖汽船予約センター TEL:0570-052-105
株式会社ライダス
〒520-2144 滋賀県大津市大萱1丁目9番7号