eMTBで「日本一過酷」なレースを走ると、どうなるのか 松野四万十バイクレース2025レポート<前編>
目次
松野四万十バイクレースという、カルト的なMTBレースが存在することは知っていた。実際に走った自転車メディア人たちから、ロングディスタンスMTBイベントの嚆矢(こうし)である「王滝」よりも過酷だ、と聞いたことがあったからだ。しかし愛媛というロケーション、それにMTBということで自分には無縁のイベントだとも思った。
松野四万十バイクレース2025
開催日:2025年11月16日(日)
開催地:道の駅 虹の森公園まつの(愛媛県北宇和郡松野町)

2025年11月16日(日)AM5:25、真っ暗な公道に私は突っ立っていた。そこは松野四万十バイクレースのスタートラインで、私は号砲を待つ参加者のひとりだった。どうしてこんなことになってしまったのだろう?
事の発端は門田基志という、MTBプロライダーである。ただレース速く走るだけでなく、愛媛県内の自転車普及に心を砕く、それは立派な活動をしているベテランライダーなのだが、少々強引なところがある。自転車に多少乗れるフリーランスの物書きがたまたま別件で愛媛に滞在していると知ると、「それなら松野四万十を走って記事を書いてや」と、ちょっと近所でパンでも買ってこいというぐらいの調子で言うのだった。

松野四万十バイクレースの発起人、愛媛を中心に活躍するプロライダーの門田基志氏
噂に聞きし松野四万十バイクレースと、接点ができてしまった。そもそもこのレースは、門田さんが発案し、松野町に働きかけて2016年に開始したもの。約130kmのおよそ6割がオフロード、獲得標高は3000m超えというえげつないプロフィールだが、だからこそ好事家には刺さったらしく、全国からライダーを集めるカルト的なイベントとなった。ほどなくして「日本で一番過酷なMTBレース」と囁かれるようにも。
しかしコロナ禍の中断、そして昨年は豪雨による中止もあり、今年の参加者はそう多くないのだという。来年以降にさらに多くの好事家に参加してもらうためにも、今大会をレポートしてほしい、ということのようだ。とはいえ、これまでにメディアに出ている参加レポート記事はどれも「過酷がすぎる」といったトーンのものばかりで、結局は同じことを書くことになるような気がする……。
「完走しろよー、走り切らねば記事にならんけん」やや強引なところのある門田基志は、昭和のパワハラ上司のようである……と途方に暮れかけていると、「eMTBを用意しとくから」と。時代はちゃんと令和だった。よかった。

今回お借りしたのはジャイアントのeMTBであるTRANCE E+ PRO
今年の松野四万十バイクレースは130kmフルコースを走る「アルティメット」と100kmを走る「アドバンスド」の2クラスが設定され、それぞれにeバイク部門がある。アルティメットをノーマルバイクで完走するのは大変だろうと、eバイクを手配してくださったのだ。逆を言うと、Eバイクを用意したんだからアルティメットの全コースをちゃんと走ってレポートしろということでもある。
いよいよスタート
2025年11月16日(日)AM5:25。お借りしたジャイアントの「TRANCE E+PRO」に跨ってスタートを待つ。まだ真っ暗な中、今回の道中を共にするチームメイトとご挨拶。松野四万十バイクレースでは深い山中に分け入ることもあり、2名以上のチーム単位での参加義務付けられている。チェックポイントはそろって通過することが定められていて、チームライドとしての側面も色濃い。

eMTBチーム。左から筆者、浅田知寿さん(顔が映らずすみません)、高橋雅志さん。おふたりはマスターズカテゴリーでレースも走るベテラン。初回からこの松野四万十バイクレースに出場している!
チームコイデルの浅田知寿さんと高橋雅志さんのお二人が今回のチームメイト。初回からこのレースに参加し、ノーマルバイクでもeバイクでも完走を続けている心強いことこの上ないメンバー。AM5:30、坂本浩松野町長の激励を受けてレースがスタート。暗闇の中をMTBの集団が走り出していく。

優勝候補の一角、というかもはやオープン参加扱いの門田基志・西山靖晃ペアはものすごい勢いでかっ飛んでいった。eバイクではないはずだけど、モーターが付いているかのようなスピードだ。人間って速いのね……。一方我らがeバイクチームの立ち上がりは穏やか。浅田さんは「とにかくバッテリー切れには注意しながら行きましょう」とアドバイスをくれる。
バッテリーの管理がキー
eバイクだから楽勝だと思うなかれ、松野四万十バイクレースはとにかく距離が長い。そして替えのバッテリーの携行が許可されていない。可能なのは、CP(チェックポイント)での充電のみ。充電ができるCPは行程中3箇所あるが、それまでにバッテリーが切れてしまうと、「TRANCE E+PRO」はただのしち重たいMTBに変貌してしまうというわけだ。
ふだんMTBに触れていないロードサイクリストの拙い想像力でも、このおよそ24kgあるeMTBでアシスト無しで上ろうというのは無理があることが分かる。ましてコースの中盤には乗車困難なほどの急勾配セクションがあるという。押しともなれば、さらにこの重量は辛いものになるだろう。
困ったことに、最初の充電可能なCP「玖木(くき)」までは78kmと、全体の半分以上の距離があり、そして滑床(なめとこ)林道、西谷林道、玖木林道の3つのオフロード区間がある。バッテリーを何とかもたせないといけない。

最初に現れた舗装路の峠道。ペースが速いので早くもeMTBのアシストをON。モードはバッテリー温存のためECO+
ジャイアントのeバイクは上からPOWER、SPORT、ECO+、ECOといった具合に4段階のアシストパワーを選べるようになっているが、SPORTでは到底玖木までバッテリーはもたないという。一番弱いECOモードだと、正直アシストが効いているのか分からない(むしろ精神的に重く感じる)ので、基本はECO+にする。とはいえ、下りや平坦区間ではこまめに電源をOFFにして、少しでもバッテリーの減りを抑えるようにする必要がある。
暗い内に舗装路の峠道を越え、本日最初のオフロード区間、滑床林道へ。ここは普段車両の侵入が禁止されていて、このイベントの時に特別に解放されるのだという。電源をONにしてECO+にすると、するするとペダルが回り始める。これは……かなりイイ。

3人でテンポよく滑床林道をクリアしていく。モーターの力は偉大だ
気持ちの良いケイデンスで回していると、思いの外ペース良く上れてしまう。体にかかる負荷と、流れていく景色の速さがリンクせず、ちょっと気持ち悪い。が、慣れれば登坂のライン取りが面白くなってきて、またペースが上がってしまう。浅田さん・高橋さんも息を弾ませることなく合わせてくれて、この3人、結構速い!
すると、山頂を前にして前を行く門田・西山ペアを捉えた。このレースから新車を導入した門田さんはサドル高を微調整するために止まっていたのだったが、その間に我々はなんと全体の先頭に躍り出てしまった。ああ、電気の力は偉大なことよ……。

最初のCPでは先頭を行く門田・西山ペアにも追いついた。モーターの力は偉大……
感慨にふけっていると、「……ドンドン ……ドンドン ……ドンドン!」と地響きのような音が聞こえてくる。人為的な音に、山頂が近いのだと安堵する。10kmに及ぶ林道の上りを終えると、この日最初のCPである「鹿のコル」に到着。音の正体は地元の生徒たちによる和太鼓の応援。心尽くしが身に沁みる。だいぶ楽しんでしまったが、ここはまだ24km地点。まだ100km以上ある。……本当に?

山中の太鼓に励まされながら再スタート
ここからはしばらく舗装路の長いダウンヒル。「ここは滑りやすくてよく落車が起こるので、気を付けて行きましょう」と浅田さん。こういうアドバイスが本当に助かる……。そして15km、標高差800mをひたすらに下ったが、すっかり冷えてしまった。山頂でもっと厚着をしておくべきだったと後悔するも、この15kmをバッテリーを使わずに走れたことに満足もするのだった。

山中からは宇和海が一望できる。朝の宇和島、絶景!
続いてのオフロード区間は西谷林道。ジープロードを少し上った中腹に、フィードゾーンがあった。大会名物の鹿肉ソーセージと焼きそばが待っていた! こんな山の中で絶品グルメに出会えるなんて、感激。

焼きそばと鹿ソーセージを食べて元気を取り戻した一行

野外でいただく焼きそばはなぜこんなにもおいしいの……
引き続きECO+モードで進んでいく。砂利道でのトルクのかけ方のコツを掴むと、こころなしか燃費も良くなる気がして、努めて丁寧なペダリングを心がける。心拍数が上がりきらないので、ライン取りに集中できて登坂が楽しい。ある種の瞑想状態のようでもある。
7kmほどの西谷林道の登坂を終えると、この日最初のオフロードの下りに入った。フルサスバイク「TRANCE E+PRO」の性能を存分に楽しむ。荒れたジープロードも滑らかに進んでいく。何てご褒美なんだ。
eバイクライダー、体力の使いどころ
西谷林道を終え、再び舗装路に出る。ここから10kmほどは緩斜面の下りが続く。まだバッテリーは5段階中で3つ残っている。上出来だけど、無駄遣いが怖いので電源をOFFにして進む。電源を切ったeバイクは途端に重くなって、ずんと体にのしかかってくるようだったけれど、ここまで温存してきた体力をいま使うべきだろうと踏んでいく。
ノーマルバイクなら登坂で頑張って平坦路で流せるが、eバイクは登坂で楽な分、平坦路で頑張る必要がある、ということか。
充電できるCP前最後の難所、玖木林道へ。ここは名物のリバークロッシングからスタート。川渡り、できることなら足を水に浸けたくないが、わたしのテクニックではそんなことは望むべくもないのだった。しかし後で聞いたところここを乗車で行けたライダーはほとんどいなかったらしい。

見るからにダメなライン取りのリバークロッシング。もちろんずぶ濡れ。
気を取り直して走り出すと、バッテリーの残量が2つになってしまった。おそらくはCPまで保つだろうが、気が気でなくなる。バッテリーと同時に、ライダーのメンタルもマネジメントが必要なのかも……。ソワソワ。
この玖木林道ではこれまでの林道と異なり、急勾配区間が断続的に登場する。ECO+モードに助けられながら、時折スプリントのようにもがいて難所をクリアしていった。シダ植物が鬱そうと生い茂る道は、野趣たっぷり。こんな道を走れるのだから、たまらない。

ムービングマスク隊なる、一見恐ろしい外見のサポーターがコースのあちらこちらに。時折補給食をくれる、心優しいケモノたちだった。
やっと充電スポット! そして待つ
そして玖木CPに到着。……するやいなや、我々は即充電ステーションへ。1秒でも長く充電をしておきたいのだ。残りのバッテリー表示は2だった。このために背負ってきた巨大な充電器もようやく使いどころである。

ようやくたどり着いた充電スポット!

この重い充電器が活躍するタイミングがやってきた。ライダーは充電器を持参しないといけない。
フル充電には途方もない時間がかかるため(3時間ほど?)、ある程度残り距離を走れるまで充電したら走り始めることになる。浅田さんいわく、「目盛り4つは欲しい」とのことだが、それでも時間はかかりそうなのでここでゆっくり休憩と決め込む。この充電時間にノーマルバイクチームに追い抜かれ、また走り出してから追い抜いて、というのを繰り返すのが通例らしい。
ここではスポーツアロマ・コンディショニングの出張ケアを受けることができ、だいぶリフレッシュ。eバイクのおかげで疲労は少ないと思っていたが、ここまで78km、獲得標高で1800mを走ってきているのだから、疲れていないわけはないのだ。リバークロッシングで濡れたシューズとソックスもこのタイミングで乾かしておく。

スポーツアロマ・コンディショニングの施術を受けて、回復する高橋さん
用意してもらった発電機の使い方がわからず、充電が長引いてしまったが、1時間15分をこのCPで過ごし、再出発。その間は雑談と日向ぼっこをして待つ。レースイベントではあるけれど、このまったりした時間がロケーションと合っている。
何て名前だ、奴隷坂
目盛り4つまで充電を確認し、再出発。続く日見須林道は、松野四万十バイクレースの象徴的な区間である。勾配20%はあろうかというトレイルの激坂が延々と続くセクションで、ここを押し歩きするシーンは、このイベントを報告する記事では必ず登場するものだ。
その光景が奴隷の強制労働を思わせるから、「奴隷坂」と通称されているらしい。過去に参加したことのある人のほとんどは、バイクを押す覚悟でセクションに入っていく。

林道ごとにサーフェスが変わるのが走っていて楽しい。ここは赤土のダート。いよいよ難所「奴隷坂」は近い
一方の我々eバイクチームは、充電も済まし準備は万端である。赤土のダートをしばし走り、森の中へ入ると勾配が増してくるが、モーターが心地よい音を立ててライドをアシストしてくれる。

急勾配に押し歩きのライダー多数。ノーマルバイクで全乗車できたのはほんの一握りのライダーだけと思われる

eMTBの恩恵を受ける我々。しかしさすがに勾配がきついので、アシストモードを一段階上げた。
眼の前にはバイクを押して歩くライダーたちが見える。なるほど、アシスト無しでは途方もない激坂だ。eバイクでもちょっとバランスを取るのが難しい。そこでこの日初めてECO+からSPORTモードに切り替える。するとグングンとバイクの勢いは増し、奴隷坂はあっという間に終わってしまった。1時間充電した甲斐があるというもの。


落ち武者に高橋さんも浅田さんも斬られてしまった
この日見須林道を下り切り(例によってオフロードの下りは最高である)、沈下橋に置かれたCPで落ち武者に遭遇しつつ、先を急ぐ。いやしかし、ここまで順調すぎるほどに順調である。こんなのでいいのだろうか。
もちろん、松野四万十バイクレースはそう甘くはない。たとえeMTBであっても。
<後編に続く>











