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再発見!ニッポンの峠 奥久慈の男体山と馬飼家


text●本誌 photo●もがきかつみ
栃木県側から八溝山にアタック。那須の山々が望める

手打ちソバ「いちょう」(傳次郎の名でゲストハウス兼業)。
TEL:0295・72・3914 
営業時間:11時~ 14時、17時~ 20時(通年営業)
手前の「あいそ」(うぐい)の唐揚げ(500円)は旬の味。6月いっぱいは味わえる。産卵時期で腹が赤く染まり、香りがよくうまい

八溝林道ですれ違ったカップル。茨
城県笠間市から自走の田口順之、真澄夫妻は2日前に時空の路ヒルクライムに参加したばかり


八溝山の上にある日輪寺の駐車場にある茶店ではお茶や、居合わせた人から冷えたトマトをごちそうになる。最高だね!

茨城県の奥座敷、大子町を駆け下るとき、立派な農家の屋根がどれも陽光を反射して輝いていた。この辺りは古くて立派な建物が多い

廃校跡の施設「大子おやき学校」。茨城県久慈郡大子町槙野地2469 TEL:0295・78・0500 営業時間:9時~ 17時 定休日:水曜日

「おやき」は130円で、野沢菜、アズキ、キンピラなど9種類。右端は味噌味だけのシンプルな「ほど焼き」で80円

パターソンの画集に描かれるツーリスト のバッグはサドルバッグが定番。ボクも今 回はサドルバッグを屋根裏から出してきた
  「最近はスケッチブックを持って、厩と農家がいっしょになった馬飼家とか、藁葺や白壁の倉とかの風景を求めて、ひなびた道を走るんだ」と、東京センチュリーランの会場で久しぶりに会った自転車仲間に聞いた。
  それは、東京から日帰りでも行ける茨城県の久慈男体山や袋田の滝があるエリアで、クルマの交通量も少なくて走りやすいそう。ひなびた温泉もあるという。
  先月の特集で取り上げた信州の峠は標高が高いところが多かったが、関東の低山でも味わいあるサイクリングができそうじゃないか。行ってみたくった。サイクリングとスケッチといえば、マニアならイギリスの画家フランク・パターソンの絵を思い浮かべるだろう。無彩色の線画だが、空気感や自転車乗りの風俗を見事に描いている。最近の自転車乗りになら、ツール・ド・フランスを自転車で追いかけながらイラストを描く小河原政男さんが知られている。
  フランスの細い道まで知り尽くした小河原さんと出かければ、また違った視点で日本の田舎道や峠を味わうことができそうだ。

小さいころ遊んだ町の道は
無個性なイナカの道に

  東北本線の那須塩原駅から、まずは国道461号線に出て、栃木県大田原市を抜ける。「ばあちゃんが住んでいたので、ここらで小さいころはよく川遊びしたものです。家もまだあるはず。でもまあ道路沿いはずいぶん変わっちゃって……。道がピカピカに光ってる」とペダルを回しながら小河原さん。片側2車線の道は滑らかな舗装で、初夏の陽光を照り返していた。
  道の駅「那須与一の郷」に立ち寄って休憩し、1パック200円のイチゴでビタミン補給。
  旧奥羽街道を過ぎて、なんの変哲もない唐松峠を越え、県道321号線で標高1022mの八や溝みぞ山さんを目指す。この八溝山は茨城県の最高峰で、山頂付近は福島と栃木の県境。 道は那珂川支流の武茂川沢沿いに緩やかに上っていく片側1車線。杉の香りや、冷たい風が気持ちいい。
  途中にある禅宗の雲厳寺は1283年に建こん立りゅう開山された、日本の四大道場の一つと数えられる古こ刹さつ。やがて県道28号線になり、クルマ1台分の幅しかない林道のような道で高度をかせぐ。
  先月は信州の秋葉街道を走り、かなりの勾配を上がった。その感覚から、「道路標識の勾配が8%を超えるとキツイですね」なんて話になった。
 小河原さんは、21歳から毎年欠かさずにツール・ド・フランスを、スケッチブックを持って自転車で追いかけてきた。今年で16回目になり、名だたる超級峠にアタックしている。「4%くらいの勾配だとペースを保って走れますけど、やっぱり坂は大変なのでMTBのギヤが必要ですね。平均勾配でいえばラルプ・デュエズが7・9%、ガリビエ峠が5・5%、ピレネーのツールマレーが7・4%ですから、日本の坂はキツイですよ」と小河原さん。〈通行止め〉の案内看板がいきなり現われてペダリング中断。読むと、福島・棚倉方面は道崩れで通行止め。だが八溝山には通じていた。
  県道28号線になってから山頂までは9・2㎞だが、中盤から蛇行する上り坂は一部で回転のリズムを得るために立ちコギが必要になる。とはいえ、さすがに茨城の最高峰だけあって見晴らしはよく、那須連山、そして関東平野が一望できた。だが、山頂の眺望より、ヒルクライムの最中に見たパノラマのほうが感動した。
  湧水群があるらしいので、山頂から直線距離で1㎞ほどの日輪寺まで、土のハイキング道を下ってみた。初めだけは階段だが、数十mで乗れるようになる。ところが1つめの銀性水は枯れていてボウフラの巣。
  気をとりなおして一気に下る。ブナやナラの樹木に覆われた山道は、700×28Cのタイヤでも問題なく走れた。太めのタイヤで来て正解。

一期一会で聞く昔話に
耳傾けて旅は続く

  日輪寺の駐車場には茶店があった。竜毛水から引いている清水がビニール管からふんだんに流れ出ていた。「お茶でも飲んでいきなさい」、と見事なあごヒゲの好々こう爺から声。この人が話し好きだった。
  八溝山のある地域は明治時代以前には福島県であったから始まり、八溝山は日本初の金山でもあり奈良の大仏さまをここの金で飾ったとか、 昔の坑道は這って進むムジナ穴であったとか、炭焼きのために自然林が伐採されて湧水の出方が変わったとか、郷土の歴史がエンドレス。自家 製の梅干しとお茶をごちそうになり、お愛想に菓子を購入して早々に退散。
  八溝線林道を豪快に下る。林道を降りて県道28号線に戻ると、湧き水があった。
  大子町の集落はすぐだった。廃校を利用した「大子おやきの学校」に立ち寄ってから、次に築160年の茅葺き古民家でゲストハウス兼ソバ屋を営む「いちょう」で、黒くて太い九割ソバにありつく。シャモ肉と卵による温かい鳥ソバが一押し!
  食べ終えるともう日差しが斜めになっていたので、宿泊予約しておいた横川鉱泉へと国道461号を急ぐ。植林された杉でうっそうとして暗い小さな峠を惰性で越えた。
  横川鉱泉は11世紀の半ば、奥州へ向かう源義家が兵とともに体を休め、傷を癒したとされる言い伝えがある鉱泉宿。われわれが投宿した「湯本巴屋旅館」は見るからに古い。出迎えてくれた昭和5年生まれの佐川冨貴子さんによれば「何代も続いているけれど創業はわからないですね。茅葺きの屋根は28年前の大祭礼のときにふき替えたけれど、もう職人がいないので新しくできないわ」と、ちょっぴり語尾を上げた茨城のイントネーションで話してくれた。
  50年前に建てられた新館ではなく、昨年はタレントのダニエル・カールも泊まったという旧館の3部屋を独占して、地酒の東魁山で大盛り上がり、という段取りだったが気がついたら深夜。こたつで寝ていた。初日の移動距離は100㎞に満たないが、かなり走り応えがあった。ふとんを敷き直してまた眠りについた。
小河原政男
「17歳のときに司馬遼太郎の"龍馬が行く"を読んで、主人公が四国と江戸を歩いて移動しているのに感動。人間の力はすごい。東海道を走りたい。それからボクの自転車の旅が始まりました。94年から続けているツール・ド・フランスおっかけ旅は今年も7月3日から27日まで敢行。旅の足跡をホームページで見てください」www.yellow-94.com
右が小河原政男さん。千葉の内房レーシングに所属するロードバイク乗り。今回はツーリングのイメージに合わせて多くをモンベルのウエアで決めてくれた。本誌・松本はマヴィックのサイクリングウエアでコーディネート。タグに付いている「M」マークが松本の頭文字なので喜んでいる(単純!)
問モンベル・カスタマーサービス
TEL:06・6536・5740
問:アメアスポーツジャパン(マヴ ィック)TEL:03・3527・8718
埋もれた山道の犬吠峠で
苔むした地蔵に出合う

朝風呂を浴びてから、炉端で食事。自家精米のコメがまたうまい! 二度もおかわりして、庭でイヌと遊んでから出発。昨晩飲んだ酒の蔵が近いので立ち寄ると、これまた見事な門構えの旧家ですばらしかった。
  50代らしき若女将が「うちも昔は馬飼家がありましたよ。私の小さいころは馬、次に牛、最後は亡くなった父のモーターサイクル置き場でした」と。時代は変わるんだな。
  昨日たどった名もない小さな峠を越え、奥久慈男体山のエリアに県道33号線で向かう。と、道の左に「元祖どぶろく饅まん頭じゅう」の看板発見!
  白いまんじゅうは皮を割ると、麹こうじの香りが立つ。甘さをひかえたこしあんで、これが1つ70円。店内には熱いお茶と冷えた水が用意されて、自由に休める。汗だくサイクリスト の糖分&水分補給に最適な穴場だ。
  穴場といえば、本日のコースも知る人ぞ知る道。標高654mと低いながらも険しい岩稜である男体山の西側斜面を、南北に蛇行とアップダウンを繰り返しながら刻まれた奥久慈パノラマライン。それを経由して後、袋田の滝を見てフィニッシュ。総距離でも60㎞に満たないが、クルマの少ない道で、ニッポンのひなびた里山を堪能できるルートだ。
  県道29号線を経由して、「三太の湯」の案内ノボリを目印に進むと奥久慈パノラマラインに至るのだが、県道の上りから下りに変わる位置に「犬吠峠これより450m」の看板。峠となれば訪ねてみたいが、どこが峠かわからない。農作業をしている人に尋ねる。「畑のわきを入ると右に山道があるんで、竹やぶを抜けて行けば分岐に出る。それを左に少し入ったところにお地蔵さんが祀られてるよ。そこが犬吠峠。お地蔵さんを拝んで石を積むと、腹を空かせた赤ん坊が泣きやむという言い伝えもあって戦争直後はおかみさんたちがよく参拝したもんだ……」と、昭和15年生まれの大高徳夫さんが遠い目をして教えてくれた。

ジェットコースターのような
アップダウンの連続だ!

  奥久慈パノラマラインに取りつくまでもけっこうなアップダウンがあった。ボトルに水を詰めて、軽いギヤでのんびり行こう。
  パノラマラインは南から北に向かうほうが、眺めがいい。平成13年に完成したジェットコースターのような14・5㎞の道は、小河原さんやボクの脚でノンストップなら1時間。昼食ポイントは1カ所だけで、古武屋敷の集落を抜けてトンネルをくぐった右側、男体山の直下にあるソバ屋の「大円地山荘」のみだ。
  ご主人が打つ二八ソバは、細く刻まれて洗練されている。お茶の葉、アカシヤ、ウド、舞茸、ミョウガなど、採れたての山菜天ぷら盛り合わせや、さしみコンニャクもいい。
  ジェットコースターのような道だが、コーナリングをうまくやれば下りの惰性で上りの半分は進めてしまうから、それほど大変ではなかった。右手に険しい岩山、左手の山はたおやかで、日本昔ばなしに登場するようなおっぱいを伏せたような小さな山々も、新緑にまぶしい。
  観光地だからどんなものかね、と半分期待していなかった袋田の滝には見事に裏切られた。300円を支払って全長275mのトンネルを抜けると観瀑テラスに出る。ここから見上げる滝は圧巻。暑い季節はさぞ清涼感に満ちあふれているだろう。
 
JR水郡線の袋田駅で輪行袋を広げて帰路につくが、その前に駅の北400mほどにある沈下橋(地獄橋)に回り道してみた。この橋は厳冬期に氷の塊"シガ"が流れるポイント。
「出会った人たちが、みんな話し好きで親切だったね。奥久慈の風景はほんとになつかしい田舎。古民家の店や宿では、いつまでもぼーっとしていたかった」と小河原さん。そう、紅葉で色づく秋の奥久慈にも、また来てみたいものだ。
巴屋旅館での食事は自室が基本だが、頼めば炉端でも食べられる

「湯本巴屋旅館」TEL:0294・82・3330
  奥久慈の山里にありました、馬飼家。人間の居住区が手前にあり、奥が馬を飼う場所で、人と馬が1つ屋根の下で暮らす家だ 奥久慈パノラマラインには「展望台」の看板が1つだけある。廃屋があり、3匹のぬいぐるみがいつまでも風景を眺めていた
犬吠峠には徒歩で片道5分ほど。頭のないコケむした地蔵尊が祀られていた
深紅の「九輪草」がそよ風にゆれていた 湧き水で顔を洗えば、風がヒフの表面をサラっと乾かしてくれる。ニッポンのナツ☆タビではこれが最高!

奥久慈パノラマライン。大子町袋田から大子町富田を延長結ぶ14.5㎞の林道。それにしても、よく上ったり下ったり……
手打ちそば・うどん「大円地山荘」。茨城県久慈郡大子町頃藤2211 TEL:0295・74・0370 営業時間:10時30分~16時(休日は18時まで)。定休日:月曜日(祝日のときは火曜日 「天ざる」は1200円。山菜のてんぷらには、アカシアの花、根付きセリ、お茶の葉、ウドの新芽、ギンナンなどが盛られて野趣豊か

袋田の滝トンネルの中間には観音様が祀られ、時間経過で色が変わるLEDの照明が天井で灯る。不思議な世界

地酒「東魁山」の酒蔵を訪問。利き酒ができるが「水のようにくいくいいけてヤバい」と小河原画伯。飲まないで、利き酒ですから!
元祖どぶろく饅頭「木村屋菓子舗」。茨城県常陸太田市天下野町5543-10。TEL:0294・87・0856。営業時間:8時~15時。定休:火曜日
移動距離:約100㎞
JR東北本線那須塩原駅→国道461号線→道の駅「那須与一の郷」→唐松峠→県道321号線→八溝山→日輪寺駐車場茶店→八溝林道→県道28号線→大子おやきの学校→手打ちソバ「いちょう」→国道461号線→横川鉱泉湯本巴旅館
移動距離:約60㎞
横川鉱泉湯本巴旅館→どぶろく饅頭「木村屋菓子舗」→県道33号線→県道29号線→犬吠峠→奥久慈パノラマライン→手打ちソバ「大円地山荘」→袋田の滝→国道461号線→県道28号線→JR水郡線袋田駅
アプローチ
鉄道でならJR東北本線「那須塩原」駅が起点となる。新幹線を使えば東京から所要時間は1時間14分。帰路はJR水郡線「袋田」駅から「水戸」経由の特急利用で「東京」までの所用時間は2時間28分。クルマなら常磐自動車道「高萩」から国道461号線で約1時間で奥久慈エリアにアクセス可能。
宿泊情報
大子周辺に多数ある。「湯本巴屋旅館」。茨城県常陸太田市折橋町1408。TEL:0294・82・3330。1泊2食付き6825円。日帰り入浴可能。
「ゲストハウス傳次郎」TEL:029
5・72・3914。www.denjirou.com
1泊2食付き9500円。
走行アドバイス
国道461号線をメインに走る。山に入るとけっこう坂がきついからワイドレシオやコンパクトギヤが欲しい。全般的に路面状況はいい。
小河原画伯こだわりのスケッチ道具
「レーシングジャージの背ポケットに入る大きさで探した」という小河原さん愛用のパレットは、イギリスの老舗メーカーでデーラー・ラウニー社
の「ミニュチュアポケット18色」。パレット中央にサック付き筆、自分好みのウィンザー&ニュートンの水彩絵の具48色を詰めてカスタムメイド。絵の具は水になじみやすく、
発色後の耐久性に優れる。パレットには折りたたみ式の指輪があるので持ちやすい。パレット価格:8400円 問クサカベ TEL:048・465・6661
光度約2万カンデラ!これで夜道も怖くない
アンタレックスNRX35
単3電池4本で3ワットLEDをとびきり明るく点灯させるバッテリーライト。バッテリーケースはアルミ製で生活防水機能を持つ。連続点灯15時間、連続点滅60時間のスペック 問クロップス TEL:03・5724・5951
スケルトンだから全方位にアピール
アンタレックス R2A-R
生活防水機能を備えるテールライト。CR2032バッテリー2つで連続点灯50時間、連続点滅160時間 問クロップス
単線のひなびたJR水郡線「袋田駅」が旅の終点

小河原さんの愛車は、毎年ツールに持っていくインターマックス製スチールフレームのXCバイク。キャンピング道具を積んで海外を走るとき、クロモリ鋼フレームならどこの町でもたいていは溶接職人がいて修理が可能だから、というのがスチールフレーム選択の最大の理由。フォークはリッチーロジックのリジッドを組み込んでいる 問インタ
ーマックス TEL:055・252・7333

ステンレス製マッドガードが輝くスポルティーフは、コンチネンタルカットラグにクロモリ鋼チューブで作られている。フレーム価格: 14万7000円。ちなみに写真のティアグラ仕様による参考価格は26万9672円(ペダルなし)。サイズとカラーはオーダーによる。納期は5カ月前後。 問今野製作所 TEL:042・791・3477

旅の終わりに立ち寄った袋田駅に近い沈下橋。冬になれば、細かな氷の"シ"が流氷として観察できるポイント