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Over The Peak 信州の峠

 
 雲の上を自転車で走っていけたらどんなに気持ちがいいだろう……。そんなことを思ったことはないだろうか?
日本にはそんな夢を実現させてくれるようなルートがいくつも存在する場所がある。日本アルプスを懐に抱き、名だたる山々を県内に持つ信州・長野県だ。サイクリストたちは昔から一種のあこがれを胸に山々を越えるルートを巡ってきた。
 今回はそれら信州の“ピーク”を20セレクトした。“ピーク”と書いたのは単純に“峠”とは呼べない場所も含めたため。ただ、町を離れ非日常の高みを目指して走ることは峠道であろうと、山岳ルートであろうと同じだと思う。本特集から自分なりの楽しみ方を見つけるヒントを得てもらえたらと願っている。

 諏訪からクルマで40分弱、松本からも1時間ほどの位置にあるのが峰々をつなぐ観光ルートのビーナスライン。白樺湖、車山高原、霧ヶ峰、美ヶ原を結ぶこの観光ルートは、多くのサイクリストに愛され続けてきた。峠はというと、ルート上にある和田峠、扉峠のほか、松本側に抜ける美ヶ原林道に武石峠がある。そしてルート上の最高標高地点は約2000mの美ヶ原。台形の特徴的な山容を持ち、日本100名山の1つに数えられる。
 厳密には峠越えというよりは山の稜線上を走るルートだが、四方から道が入り込んでいて、ここほどバリエーションが豊かなルートも少ない。
取材班がまずとったのは、諏訪の町からクルマで上がった車山高原を
ルート設定のバリエーションは豊富
扉峠
中山道→

和田峠
ビーナスライン上ではピークとは言えない和田峠だが、和田宿と諏訪をつなぐ中山道では厳しい表情を見せる。ビーナスラインが表ルートであれば、こちらは完全な裏ルート。道も荒れていて、なかなか困難な上りだ。また、昔からの街道筋ということもあり交通量も多い。江戸時代に豪商が旅の難儀を少しでもやわらげようと作らせた茅葺きの立派な接待所が、上りの途中にある。和田峠に到達するまでは見通しのあまりない林の中をひたすら上る我慢のルートだ
←アザレアライン
松本から扉峠までじかに通じているのが、アザレアラインと名付けられたルート。上り始めはこちらもキツい勾配だが、人里の間を抜けていくので比較的気持ちはラク。県道67号線をそのまま進んでも扉峠に到達できる(扉温泉はこちらのルート上にある)が、入山辺の温泉の先で県道283号線に入ったほうが、道が広く走りやすい。美ヶ原三城牧場を越えてからは、すっかり山岳ルートとなり休むような場所はない。扉峠の直前で分かれた県道67号線に合流する。
ビーナスライン
ビーナスラインは茅野市を起点として蓼科高原、白樺湖を経由して美ヶ原まで至るルート。その名のとおり、優雅なワインディングロードがボクらを迎えてくれる。車山高原からは八ヶ岳の眺望がすばらしい。視界を遮るものはなく、あたかも空と道しかないかのようだ。その先は
霧ヶ峰から八島湿原へ向かう比較的まっすぐな尾根沿いの道。そして、和田峠と扉峠までは細かいアップダウンを繰り返す。最後の美ヶ原まで女神の表情は変化し続ける。今回のルートでは紹介しなかったが、蓼科高原から白樺湖に抜けるスズラン峠も含めれば、総距離75㎞にも及ぶ健脚者向けの最長ルートもとれる。
車山高原
車:中央自動車道・諏訪インターから約40分
電:JR中央本線・上諏訪駅
距離33㎞ 標高差400m(美ヶ原まで)
所要時間:5~6時間(美ヶ原まで)
浅間温泉
車:長野自動車道・松本インターから約20分
電:JR中央本線・松本駅
距離23㎞ 標高差1300m(美ヶ原まで)
所要時間:4~5時間(美ヶ原まで)
雄大な自然を満喫できる
八島ヶ原湿原
山の上に突如現われる湿原がここ。尾瀬と並ぶ貴重な湿原地帯は国の天然記念物であり、夏場は多くの草花が生い茂る。周辺探索路の木道も整備されているため、ツーリングのちょっとした息抜きにとてもいい。9月上旬~10月上旬の紅葉もまた違う趣がある。
車山高原の起点に
ペンションあれ!あれ!

長野県茅野市車山高原
TEL:0266・68・2059
オーナーが自転車好きなこともあり、ロード、MTBを問わず各種サイクリングツアーを開催するペンション。レンタサイクルも行なっているので、初心者の仲間とともに泊まるのもオススメだ。自転車関連の書籍やDVDもそろっているので夜も話は尽きない。
周辺おすすめ情報
美ヶ原林道
美ヶ原への上りと聞いて真っ先に思浮かべるのが、このルート。松本からも近い整備された道で、JCA主催のツール・ド・美ヶ原のコースでもある。ただし、侮れないのが上り口の勾配。いきなりこれでもか!と上らされるので要注意だ。美鈴湖を抜けて、うねるようにひたすら続く上りを越えると、武石峠の分岐点がある。ここは王ヶ頭方向へ。この先は比較的緩やかで見晴らしもいい快適ルート。上り口の浅間温泉からの標高差は約1300m。走り終えるころには、上りの醍醐味を十分味わえること請け合いだ。
起点にし、美ヶ原へと向かうオーソドックスなルート。距離は美ヶ原まで40㎞弱だが標高の高いルートのため、天候が変わりやすい。観光ルートとはいえ、悪天候になった際は強い風が吹き付ける難ルートとなる(霧ヶ峰はその名のとおり霧の名所)。できる限り短い距離設定で1日の行程を組むために車山高原、または霧ヶ峰、美ヶ原などの山の上に宿をとることをオススメする。   車山高原から霧ヶ峰までは若干のアップダウンがあるが、比較的快適なルート。晴れていれば左手には八ヶ岳が見渡せるはずだ。辺りは国定公園となっていて四季折々の自然が楽しめる。さらに霧ヶ峰から和田峠方 向に向かう途中には、尾瀬と並ぶ国内有数の湿原“八島ヶ原湿原”がある。
  霧ヶ峰、八島ヶ原湿原の先は峰と峰の間を行く緩やかな道。和田峠はビーナスライン上だと標高は低く、分岐路がなければ峠だとは気づかない。
  和田峠を越えると展望がいい三峰展望台まで若干起伏のあるワインディングルートを行く。目標となる三峰展望台は休憩するにはうってつけの場所だ。天気がよければ、中央アルプス、そしてこれから向かう美ヶ原が見えるはずだ。
  三峰展望台から扉峠はすぐの位置。こちらも和田峠と同じくビーナスラインに直角に交わる中山道の間道が通っている。そして、ここからがルート上でいちばんの難所となる。約400mの標高差を一気に上るため、ここまでの細かいアップダウンで脚を使っていたら、確実にメゲる上りだ。スタート時の車山高原、霧ヶ峰周辺とは趣きが異なり、完全に山の頂へ向かう道。美ヶ原には山本小屋などの宿泊施設もあるが、遅い時刻の走行は避けたい。
  美ヶ原まで来れば、今まで走ってきたルートをすべて眼下に収めることができる。美ヶ原高原美術館などの観光ポイントもあるので、秘境的な楽しみは望めないが、自転車を降りてゆっくりするにはいい。
  地図上ではわかりにくいが、美ヶ原東側と王おうヶが 頭とうは歩行者用の道でつながっている。そのため、帰路は歩いて王ヶ頭まで出てしまうのが早い。もし、北側に続く県道464号線を下るととんでもない難ルートになるのであまりオススメできない。武石峠までの上り返しは地獄といってもいい山奥の道だ。
  王ヶ頭からは舗装路の美ヶ原林道が武石峠、そしてふもとの浅間温泉まで続いているので安心だ。
  どちら側からどのルートを選択するか、美ヶ原を越えるか、それともピストンで帰ってくるか、ありとあらゆる楽しみ方ができるのがビーナスラインの魅力。一つひとつのピークだけでも十分上り応えがあるルートなので、最適プランを見つけてほしい。峠ツーリングを語るならぜひ一度走ってほしい極上ルートだ。はたして女神はあなたにほほえんでくれるだろうか……。
※)所用時間に関して:起点からピークまでかかる時間を取材者の主観により記した。休憩時間等は含まない。

ルート設定のバリエーションは豊富
1.鬼無里から白馬に向かう国道406号線のピーク、白沢峠。天気が良ければ正面に白馬岳や槍ヶ岳など北アルプスのパノラマが広がる。2.白沢峠の短いトンネルを抜ける。この先を下った先はもう白馬村。3.黒姫を出るとしばらくはブナとミズナラの生い茂る県道36号線を上っていく。4.そば屋や宿坊が軒を連ねる戸隠の町を急勾配の道が抜けていく。このまま直進すると長野市方面に向かうので、鬼無里へ行きたい場合は標識に注意。5.大望峠を越え鬼無里地域に出ると途端に道の勾配が緩やかになり、ほっと一安心。のんびりとした里山の集落を快走。
6.戸隠の町を一気に下った先には小さな集落がある。しかしほのぼのとしているヒマはなく、またすぐに急激な上り返しに遭遇。7.上った先には大望峠。どんなにすばらしい展望が広がっているのかと思いきや、思ったほどインパクトはなかった。名前を「小望峠」など、控えめにしておけば印象は変わったのかも。8.国道406号線との交差点を分岐せず、県道36号線を直進すると大洞峠に達する。下る途中、右手にアルプスの眺望が見渡せる気持ちのいいルートだ。
黒姫駅
車:上信越自動車道・信濃町ICから4分
電:JR信越本線・黒姫駅
距離23㎞ 標高差400m(大望峠まで)
所要時間1時間30分(大望峠まで
白馬駅
車:長野自動車道・豊科ICから1時間40分
電:JR大糸線・白馬駅
距離32㎞ 標高差380m(大望峠まで)
所要時間2時間(大望峠まで)
心静まる神話の世界
戸隠神社

長野県長野市戸隠中社3506
TEL:026・254・2001
その昔天照大御神(あまてらすおおみかみ)が籠もった天の岩屋の戸が飛来したとされる戸隠山を中心に発達。奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の5社で構成される。江戸時代以降東叡山寛永寺の末寺となり、農業・水の神として広く信仰されてきた。
きれいな水が作り出す伝統の味 戸隠そば
戸隠そばは古くから遠来の客や戸隠講の人々をもてなす料理としてこの地に伝わってきた。良質のそば粉と清らかな水から、職人の手によって丹念に作り出されるそばは、独特の風味と歯ごたえが絶品。県道36号線沿いにも多くの店が並ぶのでぜひ足を止めて味わいたい。
周辺おすすめ情報
“大望峠”と大風呂敷を広げてはいるが、そこまで景色がいいわけではない。絶景を期待していくと肩すかしをくらうことになる。“戸とがくし隠”や“ 鬼き なさ無里”といった幽玄な響きの地名と、そこを舞台とした数々の伝説も、知らなければ知らないで別段問題はない。景色や歴史といった峠に付随するほかの楽しみを度外視した、単純な道としての魅力だけでも、このルートを選ぶ価値は十分にある。
  黒姫の駅をスタートすると、しばらくは平和な高原の風景の中を進み、ほどなくブナやミズナラの生い茂る静かな山道に入る。険しすぎず、緩すぎることもない坂を適度な脚応えを感じながら上っていくと、キャンプ場や植物園、戸隠神社奥社などがある高台に到達する。ここが第1のピークとなる越水ヶ原峠だ。ちょっとした観光スポットになっており、歴史や自然に触れ、ついでに名物のそばまで堪たん能のうしてしまえばもう満足してしまいそうだが、このルートの神髄はこれから。今はただ、ジェットコースターの最初の上りをコトコトと上ってきたにすぎない。
  ピークをなだらかに越え、これからゆっくりと下りに入るのかと思ったが最後、道は突如として顔色を変え、戸隠の町へ向けて急降下。町に入ってもその傾きは衰えることなく、奥ゆかしい神社に宿坊やそば屋が立ち並ぶ風情ある町並みが視界の隅をあっという間に流れ飛んでゆく。その勢いで長野方面に直進してしまいたいところを、鬼無里方面に向かう標識を見逃さずに右折すると道はさらに細くなり、それがなおのこと勾配を急に見せる。そこからは風景が一変してほのぼのとした里山のそれとなり、下りきった谷間の集落でほっと一息……と思いきや、ダイエット後のリバウンドのごとく唐突に襲う急激な上り返し。アレグロからアンダンテ、そしてまたアレグロへとめまぐるしくテンポを変える楽曲のような変化に富んだ道。鬼無里に残る伝説に、この地に都を作ろうとする計画を知った鬼たちがそれを拒むために一夜で山を築き、それを疎うとんじた朝廷が鬼を一匹残らず退治したというものがあるが、きっと鬼はまだ潜んでいて、その後もいそいそと山を作り続けていたんじゃないかと思わせる、そんな場所だ。
  そして上りきった先が大望峠。冒頭でも述べたが、その名から連想されるほどの絶景ではない。それを越えるとふたたび急な下りを楽しみ、里山の集落を抜け鬼無里の町へ出る。国道406号線に入り、白馬方面へ向かうとテンポはふたたびアレグロからアンダンテへ。先ほどまでの急勾配の連続がウソのような緩斜面を上っていく。ピークとなる白沢峠の短いトンネルを抜けると、突然展望が開け、雪を被った北アルプスの峰々が目に飛び込んでくる。こちらのほうがよっぽど大望峠の名にふさわしい。きっと多くの人が、そんな感想を抱きながら白馬の町へ下ることになる。

県道498号線の旧道を西側から上ると四十八曲峠に達する。ここから北に分岐する林道に入ると尾根伝いに姨捨山山頂付近まで行くことができる。ちなみに「四十八」とは古くから「数が多い」ということを表わすために用いられた縁起のいい数字で、実際にカーブの数が48というわけではない
1.国道403号線を右に分岐し、姨捨駅に向かって下っていく細い道から有名な姨捨の棚田が見渡せる。2.県道55号線を上る。山が近づくにつれ道はうねり始め、勾配は緩やかになる。3.うっそうとした県道498号線を下っていくと突然展望が開ける。ここは尾根を横切る林道のピークとなっており、「古峠」の案内板が立つ。4.上山田から県道498号線で姨捨山に挑むと18%の激坂に出鼻をくじかれる。しかも路面はすべり止めのでこぼこ舗装!
戸倉駅
車:上信越自動車道・坂木ICから15分
電:しなの鉄道・戸倉駅
距離19㎞ 標高差700m(冠着山まで)
所要時間:1時間30分(冠着山まで)
田毎の月が見渡せる
長楽寺

長野県千曲市大字八幡4984
1 2 TEL:026・273・3578
姨捨山北ろくの高台に位置する長楽寺。境内にある姨岩に上ると眼下に「田毎の月」と呼ばれ月の名所として名高い姨捨の棚田が見渡せる。また多くの文人墨客が訪れたことでも有名で、姨岩付近には松尾芭蕉の句が刻まれた碑をはじめ多くの歌碑が存在する。
周辺おすすめ情報
 戸と ぐら倉駅を出て西に進み、千曲川に架かる橋を渡ると前方に先のとがった山が見える。姨うば捨すて山伝説で名高い姨おば捨すて山(正式名は冠かむりき着山)だ。標高1252mとそれほど高くはないが、こんなところに老婆を捨てにいく余力があったらぜひもっと有意義に使ってほしいと思わせる急きゅう峻しゅんさを誇る。実際、上山田から県道498号線を山に向かって上ろうとすると、いきなり18%の坂が現われる。1㎞近く続く激坂を上りきり、ひと息つくのもつかの間、すぐに14%というおぞましい上りが現われ心を打ち砕く。こんな殺人的な坂でなく、もっと気軽に峠を楽しむなら、一本南を並行する県道55号線を上るルートがいい。
  序盤は10%近い上りが続くが、高度が上がるにつれ緩やかなつづら折りに。四十八曲峠に向かう旧道は、峠手前のトンネル崩落のため閉鎖されているが、新道の長いトンネルを抜け、反対側の旧道入り口から上れば峠に到達できる。そこから分岐する林道を北上すると、そこはもう姨捨山山頂付近。県道498号線に合流し、狭い道を注意しながら西側へ下ると、突然展望が開け切り立った尾根上の道に。右手には千曲市、左手には遠く北アルプスの山容が望めるこのポイントには、「古峠」の案内板が立つ。下りきった先が峠とは不可解だが、どうやらこの道を横切る別の林道のピークとなっているらしい。やがて少し上ったところが一本松峠となる。
  峠を越えて下っていくと聖ひじりこ湖が現われ、突き当たった国道403号線を右折するとまたすぐに4つめの峠、猿ヶ馬場峠を越える。路面もよくなり道幅も広いわりに交通量はさほど多くないので、快適な下りが楽しめる。さまざまな峠越えのルート設定が可能な穴場的スポットだ。

小諸市街から峠まで、平坦な箇所は一切ない。標高1500m付近から眼下にちらちらと小諸の町が見え始め、1700mを超えたあたりから雄大な景色が広がるようになる。奥に見える山は甲武信ヶ岳や金峰山。そのさらに向こうにはかすかに富士山も頭をのぞかせている
1.山の斜面はカラ松と白樺とクマザサでびっしりと覆われている。時折「熊出没注意」の看板も! それだけは勘弁してくれ~。2.序盤はカラ松の生い茂る樹間を縫うように進む。路面はいいがかえって変化がなくおもしろみに欠けるというぜいたくな悩みも。3.中盤は豪快なワインディングが続く。来た道を下るのは味気ないがこの道は下りも味わいたいと思わせる。4.県道94号線には地蔵峠をはさみ鹿沢温泉まで100体もの地蔵が祭られている。
小諸駅
車:上信越自動車道・小諸ICから5分
電:JR小海線&しなの鉄道・小諸駅
距離16㎞ 標高差1300m(車坂峠まで)
所要時間:1時間30分(車坂峠まで)
大前駅
車:上信越自動車道・
  碓氷軽井沢ICから1時間30分
電:JR吾妻線・大前駅
距離20㎞ 標高差1200m(コマクサ峠まで)
所要時間:1時間40分(コマクサ峠まで)
明治2年創業の温泉宿
鹿沢温泉湯本 紅葉館

群馬県吾妻郡嬬恋村田代681
TEL:0279・98・0421
1000年以上の歴史を持つ鹿沢温泉だが、大正7年の火事で温泉街は壊滅。唯一残った旅館がこの紅葉館だ。県道94号線沿いには100体の地蔵があるが、そのちょうど100番目の地蔵が紅葉館の前にある。これらは湯治場までの安全を祈って祭られたものだという。日帰り入浴/500円(10時~16時) 宿泊/1万650円~
周辺おすすめ情報
 群馬県と長野県の県境に位置する標高1973mの峠、車坂峠。この峠を長野側から越えようと起点を小こもろ諸駅に定め、早くも失敗したと思った。スタート直後、まだ市街の中心だというのに、いきなり10%はあろうかという急坂。最初だけならまだいいが、それはいっこうに緩まる気配を見せず、そのままの勾配で峠まで続いていく。ウォーミングアップもへったくれもあったものじゃない。チェーンリングのアウターはスタート後1分とたたないうちにお役ご免となった。市街地を抜けチェリーパークラインに入ると、路面状況のよさは申し分ないが、勾配の変化が少ないこともあり、上り坂自体のおもしろみにはかえって欠ける。ただ道沿いにはところどころ、コーナー付近に歌碑があり、小諸にちなんだ歌が刻まれている。それらの味をかみしめながらゆっくりと進んでいくのも一興だ。標高1500mを超えたあたりからは次第に視界が開け、前方には高峰山や浅間山、後方には小諸の町並みやさらにその背後にそびえる山々を望みながらの豪快なワインディングとなる。天気のいい日は金峰山の肩口から富士山もこっそり顔をのぞかせる。
  峠を越えてそのまま群馬県側に下りると、ほどなく7km超の長いダート区間となる。MTBでなければ来た道を戻るか、尾根伝いに湯の丸高原方面に向かう湯ノ丸高峰林道へ進むのがいい。こちらもダート区間はあるが、アップダウンが少なく路面状況もいいので心配はない。突き当たった先が県道94 号線のピーク、地蔵峠となる。そこからは南下して東とうみ御市側に下ってもいいし、群馬側に下って鹿か ざわ沢温泉に立ち寄るのもいい。

ルート設定のバリエーションは豊富
1.開通直後の4月下旬はふもとの町ではすでに桜が見ごろを迎えているが、標高2000mに近づくとまだ雪が残る。ただし開通に合わせ徹底的に除雪作業が行なわれているためルートを通じて道路上に雪はない。2.駐車場のわきに国道最高地点を示す石碑が立つ。霧でこの先の眺望が見られないのが残念。3.草津を抜けた直後はまだ背の高い木が生い茂るが、少し走ると背の高い木がまばらに生えた殺伐とした光景に。4.山の斜面を巻くように美しいカーブを描く道。長野原草津口の駅から草津の町までの道に比べれば、このあたりの勾配はそれほどきつくない。
5.殺生河原と呼ばれる一帯を通過。噴出する硫化水素ガスのため生物が生きられないことからその名が付いたとされる。ところどころからガスがわき出る光景はまさに地獄の入り口のよう。どうかこんなところでパンクしませんようにと祈りながら走る。
6.森林限界が近いのか木はほぼ皆無。穏やかに見えるがまっすぐ進むのが困難なほどの強風が吹き荒れる。7.身の丈よりも高い雪の壁が道の脇にそびえ立つ。8.峠を下ってすぐの渋峠ホテル。建物の半分が群馬県でもう半分が長野県とのことで住所が気になるが、建物の入り口がある長野県が住所になるという。9.長野側に下っていくと、群馬側の殺伐とした光景とはうってかわって木々が生い茂り、まるで別の表情を見せる。
長野原草津口駅
車:関越自動車道・渋川伊香保ICから4分
電:JR吾妻線・長野原草津口駅
距離32㎞ 標高差1600m(渋峠まで)
所要時間:3時間(渋峠まで)
湯田中駅
車:上信越自動車道・信州中野ICから20分
電:長野電鉄長野線・湯田中駅
距離25㎞ 標高差1600m(渋峠まで)
所要時間:2時間30分(渋峠まで)
500㎡の開放的な温泉
西の河原露天風呂

群馬県吾妻郡草津町大字草津521-3 
TEL:0279・88・6167
園内を流れる湯川のそこかしこから温泉がわき出す西の河原公園。そのなかにある草津で最も規模の大きい露天風呂が西の河原露天風呂。新緑や紅葉の時期は美しい木々を眺めながら開放的な入浴が楽しめる。入浴料:大人500円。営業時間:7時~20時(4月~11月)
さあ輪行、でもその前に……
湯田中駅前温泉 楓の湯

長野県下高井郡山ノ内町平穏3227-1 
TEL:0269・33・2133
長野電鉄長野線の終着駅、湯田中駅に隣接する温泉「楓の湯」。旧駅舎を改修した本館の休憩室からはホームに発着する電車を見ることができる。向かいには無料の足湯もあり、電車を待つ間でも気軽に足の疲れをいやせる。入浴料:大人300円 営業時間:10時~21時
周辺おすすめ情報
 日本で最も高い峠、かというとそうでもない。峠でいちばん高いのは山梨と長野の県境にある大おおだるみ弛峠だ。でも大弛はダート。じゃあロードバイクで行ける最高地点だ!というとそれも違う。峠ではないが乗鞍エコーラインのほうがはるかに高いところを走る。日本の国道が越える峠のなかで最も標高の高い峠──そんな言い訳がましい方法でしか1番を語れない、渋峠。そんな峠に何を求めればいいのか。しかしつべこべ言わずに走り出せば、すぐにわかる。ここがだれもがあこがれる、自転車乗りの聖地だという理由が。
  草津で温泉まんじゅうをほお張りひと休みしたあと、しばらく進むと異変に気づく。まだそれほど標高が高くないのに、木はすでにまばらで背丈が低い。視界は開け、目指す白根山の頂を遮るのは厚い雲だけである。クマザサの合間からゴツゴツとした岩肌が露出し、別の国に来てしまったかのような光景だ。さほどきつくない坂をゆらゆら上っていくと、いちだんと荒涼とした風景が広がる。
  道のすぐ外に痛そうな岩が乱雑に転がり、それらの透き間から蒸気が立ち上っている。卵のカラを数週間放置したような異臭が立ちこめ、地獄の入り口に足を踏み入れたような雰囲気。それもそのはず、このあたりは殺生河原と呼ばれる一帯で、溶岩の間から有毒な硫化水素ガスが噴出するらしい。道沿いの看板にも「有毒ガス発生のため駐停車禁止」と書かれており、そんな危険な場所、一刻も早く駆け抜けてしまいところだが、いかんせん自転車。急げば急ぐ ほど呼吸が荒くなり、毒を肺いっぱい吸い込んでしまう。かといって息を止めていたらそれはそれで死に一歩近づく。こんなところに遊歩道があり、観光スポットにさえなっているというから驚きだが、これでも以前ほどガスは強くなくなったという。
  これじゃあ聖地どころか地獄行きのルートじゃないか!ととがめられそうだが、そうではない。聖地への巡礼に試練はつきもの。そしてこの異様な一帯を過ぎるとさらに視界は開け、一面クマザサに覆われた海原のような大地が広がる。その昔、峠の向こうから物資を運ぶのに、ウマでは越えられないのでおもにウシを使っていたという話があるのが信じられないくらい、なだらかな稜線がはるか向こうまで延びている。そしてそのなかを今通ってきた道が縫っている。あまりのスケールの大きさに、かえってその大きさがつかめなくなる。かつてパタゴニアの氷河やカッパドキアの岩の大地を訪れたときに味わったのと同じ、遠近感が消失してしまうシュールな感覚だ。
  いつしか雲が手が届きそうなほど近くを流れ、空気も冷たさを増してきた。かなり高くまで上がってきたようだが、さほど疲れは感じない。それよりも、なんともいえない高揚感がカラダを上へ上へと突き上げていく。これだ、この感覚!
 高いところや峠越えが好きな理由は第一に、そこから見る景色が挙げられるが、実際に高い場所に来るとスカッと晴れ渡っていることは案外少なく、濃い霧や雲に覆われ100m先も見えないなんてこともしばしば。それでも峠越えが魅力的なのは、上っているうちにドクドクとわいてくるなにかが、脳内麻薬となって神経をマヒさせ、小さなカラダで大いなる地表のでっぱりを越えている自分が俯ふ かん瞰的に見渡せる、という不思議な感覚に襲われるからだ。それは宗教的な感覚にも似ているのかもしれない。自然との一体感、神との一体感……。
  とそんなふうに完全に峠に酔っぱらっている自分を現実に引き戻すものがある。標高2000mを超え、急に強くなった風。油断すると道路脇のクマザサの海に突き落とされてしまいそうなほどの強風が吹き荒れる。どうも手と足先の感覚がマヒしていると思ったら脳内麻薬のせいでもなんでもなく、単なる寒さ。ふもとの町ではちょうど桜が満開を迎えているこの時期でも、峠付近はまだ冬真っただなか。気温はマイナス4度Cを指している。尾根上の緩やかな道に入ると、3mはあろうかという雪の壁が路肩にそそり立っている。“雪の回廊”という表現もあながち大げさなものではなく、むしろ雪の長城と言ってもいいくらいだ。
  それにしても2000m級の峠に来るたび、毎度のように霧が立ちこめ視界が悪くなるのは峠運がないからなのかもしれない。夏のよく晴れ渡った日であれば、肌を刺す強い日差しと肌を冷ます引き締まった空気のなか、眼下に広がる緑と遠くの山の青、空の濃い水色に雲の白が映えるまばゆい世界を堪たん能のうしながらの極楽サイクリングとなるはずなのだが……。まぁこれも悪くない。こっちのほうが聖地への巡礼っぽいではないか。そんなふうに自分に言い聞かせながら最後の坂を上りきると、小さな駐車場の奥に「日本国道最高地点」と書かれた石碑が立っている。見通しの悪い切り通しであったり、突然眺望が開けるといったような、いかにも峠という感じではなく、観光客がクルマを止め記念撮影をしていなければうっかり通り過ぎてしまいそうな場所であるが、ここがまさにわれらが聖地・渋峠。高さというよりもすごさ、他の峠にはない異様な雰囲気。ここがピーク、と押しつけがましく主張しすぎることのない器の大きさ、存在感。「国道の中で」「ロードバイクで行ける峠で」なんて言い訳めいた修飾語を付けて語られる必要などまったくない。まぎれもないキング・オブ・峠である。
  峠下のヒュッテで、暖かいコーヒーをすする。渋峠だけに渋い!というオチを予想していたが、残念ながら(?)大変な美味であった