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究極の快適性を追い求めるイギリスのパーツ&アクセサリーブランド『ファブリック』

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2014年に立ち上がったばかりのパーツ&アクセサリーブランドが、イギリスのファブリック。その創業者であるニック・ラーセン氏を招いてのイベントが、3月26日に催された。冒頭、代表取締役社長の池田新氏の口から、これまでにない触り心地とユーロバイクで耳にした開発秘話、そして虚飾を排したグラフィック表現といった、氏自身が強く印象づけられたブランドの特徴が語られたのち、いよいよニック氏によるプレゼンテーションが始まった。

 

ブランドの特徴を語る池田新代表取締役社長

 

まずは彼と同社の経歴から。28年前に初めてアメリカを訪れたときにMTBとBMXに興味を持った氏は、15歳のときデザインした防水仕様のサドルバッグが、イギリスのデザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞。大学で工業デザインを学んだのち、イギリスのパーシュレーに就職した。ところが、そこで生産される自転車の多くは伝統的なもの。そのため若者向けに新しい自転車の開発を手がけたものの十分な成果は得られず、そこで起業を思い立って2005年にチャージバイクを創業した。

チャージバイクの独特の世界観は多くのファンを魅了。次なるステップとしたのがファブリックというわけだ。製品の開発そのものは3年前に始まり、伝統的な製造手法にとらわれないで、よりよい製品を作ることを心がけているというが、そのため自転車に関わる製品を作った経験のない企業にもアプローチ。他社のサドルの多くが2つのメジャーなOEM工場で製造されるのに対し、同社のサドルはシューズ工場で製造されている。ということで当初はどのように製品を作ればいいかを説明するのが大変だったそうだが、おかげでシューズと同様の耐久性や一体性を有した製品になった。

 

 

続いて同社を代表する製品を紹介しよう。一般的なサドルはレールをベースに差し込むが、ファブリックのハイエンドモデルとなる『ALM』は、エアバス社の協力を得てまったく新しい手法を採用。それはカーボン製のベースからレールが生えているかのような、きわめて独創的な造形となった。ただし当初のプランでは、空洞のチタンレールを用いることが提案されていた。それは「カーボンで作るのは困難」との判断によるものだが、ニック氏が「できるはず...」との思いでこれを海外の工場で話すと、ありがたいことに「大丈夫」との返答が得られた。

これまでにも100gを切る超軽量サドルはあったとはいえ、その多くはパッドまで省いた代物。それは快適性を犠牲にしたうえに成り立っていた。対するALMはしなりを生かしたベースやレール、そしてウレタンフォームのパッドとの相乗効果により、長時間のライディングにおいても快適性が維持される。つまり優先すべきは重量ではなく快適性であり、いっさいのムダを省いた結果が軽さ(140g)にも表われたというわけだ。

 

 

 

中核モデルとなる『スクープ』は、3つの部品を組み合わせた単純な構造で見た目もスッキリ。しかも泥はねで汚れたときも洗いやすいといった特徴を備えている。レールの前部分がなだらかなカーブを描き、そこがしなって快適性をもたらすようにできている。その分、パッドに入れたフォームは必要最小限で済むため、非常に滑らかで軽くなった。乗車姿勢に応じて、前傾姿勢がきつい人向けのフラット、中間の人向けのシャロー、ゆるい人向けのラディウスという3つのカーブがあり、それぞれベース素材やレール素材によって異なるグレードが用意されている。

 

 

 

このスクープをベースに上体から加わる圧力を逃すため、中央部に溝を設けているのが『ライン』だ。このしくみによって通気性も向上しているが、貫通はしていないため重量増も抑えられ、製法が複雑になることも避けられている。

 
 

 

そして、ナイキのシューズを作る工場で生まれたのが『セル』。同社のシューズと同様に空気バネの技術を採用。必要十分なクッション性を確保しつつ、フォームを省いたことで軽い製品となっている。

ちなみにファブリックのサドル幅は、134mm、142mm、155mmと3つのバリエーションがある。では、その中から自分に合ったサドル幅を知るにはどうするか? それは手首の太さで確認するという簡単かつユニークなものだ。

これまでに述べたサドルのほか、伸縮性が高くて非常に薄いシリコンベースのバーテープも、今秋発売されることになっている。そして、タイヤレバーとCO2ボンベが一体となったアイデアグッズ。ケージを廃したまったく新しい装着方法となったボトルは、従来のケージに該当する部分の重量がたった1.3gしかない。すっきりとした非常に美しいデザインで、しかも既存のボトルと同等の価格というオマケ付きだ。今後は新しい形状のボトルも開発できるとあって、まさに革命的な製品といっていいだろう。当日はこのほか、開発途上の携帯ツールも披露された。
製品開発の情報を聞きつけた多くの選手らに支持される同社の製品は、同じくグループ企業となるキャノンデールの完成車にも採用される。とはいうもののそれは必要に応じてということで、他のブランドに見られるような緊密すぎる関係を持つことはない。そのためキャノンデール以外の自転車に装着しても違和感を与えない...これもファブリックならではの特徴となる。(澤田 裕)
 
[独占インタビュー]
イベントの終了後、ニック氏がサイクルスポーツのために貴重な時間を割いてくれた。そのインタビューの模様をお届けしよう。
サイクルスポーツ(以下、CS):ニックさんは15歳でイギリスのデザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞されたとのことですが、それが自転車にまつわるもの(サドルバッグ)であった理由はなんでしょうか?
ニック・ラーセン(以下、ニック):とにかくサイクリングが大好きなんです。とくにMTBというのはまだ新しいジャンルでしたから、さまざまな改善が求められていました。そこで自転車に着目したわけです。
CS:これまでどのようなデザインを手がけてきたのでしょうか。
ニック:サドルバッグに続いて、MTBへの脱着が可能なサイドカーを作りました。その製作を通じて溶接の仕方や素材の特性、さらに原価計算といった基本的なことを学びました。もちろん、自転車のジオメトリーについても。15歳までにすべてを経験したわけです。その後デザインしたものも、すべてサイクリングにまつわるものばかりです。
それが大学に入ったら、まわりの人たちから「自転車のデザインはやめたほうがいい」と言われたんです。なぜなら英国航空とかダイソンといった稼ぎのいい仕事があって、そちらを選ぶことだってできたからです。それでも卒業制作では自転車のデザインを取り入れたベビーカーを作るなど、自転車への思いを断ち切ることはありませんでした。そして大学ではBMWに勤める研究者から、人間工学の重要性ついて学ぶこともできました。
CS:お話をうかがっていると最初にデザインしたのがサドルバッグということで、ニックさんが自転車に求めるものが、速さや人と競うことといったレーシーなものではないような気がするのですが、その点はいかがでしょうか。
ニック:確かにレースとかそういうものではなく、自転車に乗ることを純粋に楽しむ人たちに向けたものづくりを考えています。
CS:そういうニックさんが考える、自転車の一番の楽しみ方はなんですか。
ニック:とにかくMTBが大好きです。
CS:どういうフィールドで楽しんでいらっしゃるんでしょうか。
ニック:自宅のすぐ前にすごいトレールがあって、そこをいつもハードテールのMTBで楽しんでいます。
CS:つまり、上るのも下るのも好きということですね。
ニック:そうです。健康のためにも自分がリラックスするためにも、それは欠かせないものです。
CS:サドルを試させていただいたんですけど、いい意味で何も感じませんでした。それくらい快適だったんです。
ニック:おっしゃるとおり、そういう何も感じなかったという評価を望んでいます。ところで、まだ自分自身に関することで、みなさんにお話ししていないことがあります。私は2007年に、自転車業界から身を引こうと考えていました。そのときはイギリスの自転車会社に勤めていたんですが、そこでは自分のやりたいことを伝えられなかったのです。そのときちょうど日本に来る機会があって、「やっぱり自転車をやっていこう」と思い直したんです。そのきっかけを与えてくれたのは、島野容三さん(シマノ代表取締役社長)との出会いでした。彼と出会ってから、「そうだ。自分の好きなものを、好きなように作ればいいんだ」ということに目覚めました。私はシマノに行って、まだ製品としては具現化されていない、すばらしいテクノロジーの数々を目にしました。そして自分だったら、このすばらしいテクノロジーをこんなふうに表現できるというアイデアも思いつきました。これがきっかけで自転車業界にとどまろうと思い、今に至るわけです。
CS:そのときシマノに入ろうとは思わなかったんですか?
ニック:それはありませんでした。容三さん自身はすばらしい人ですし、実際に彼の会社の人たちも、ものすごくサイクリングを愛していました。でも、それがあまり製品には表われていないように感じたのです。これは私の口から、直接彼に申し上げました。もちろん謙虚にですけどね。
CS:おもしろいエピソードですね。本日は貴重な話を聞かせてくださいまして、ありがとうございます。
(澤田 裕)