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【過去記事】引退。そしてあらたなるアプローチ 宮澤崇史大いに語る 後編

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常に情熱的で、かつ厳しい姿勢で自転車競技と向き合ってきた男が選手としての第一線から退いた。彼は今何を思うのか。長年、宮澤を取材し続けてきたジャーナリスト大前がその想いに迫る

text●大前 仁 photo●大前 仁、小見哲彦、本誌・中島丈博


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※この記事はサイクルスポーツ2015年3月号に掲載された内容を転載したものです。記事内容は当時の取材内容に基づきます。


 

本当にそこで走れるのか?

今度、監督を引き受けたレモネード・ベルマーレはクラブチームで、その上にエキップ・アサダやNIPPOがあり、ヨーロッパで活躍し、また上のステージを目指すイメージだ。

ベルマーレって、自転車の世界の中では組織としてちゃんと成り立っている。クラブチームがあって、会費をとってスクールをやっていて、トップチームの活動を支えている。彼らが頑張って上を目指すという、Jリーグ100年構想のすごくいい形ができていると思った。

浅田さん(浅田顕)とか大門さん(大門宏)が、日本の中でけっこうマシな方の選手を連れて行っても、海外という環境で伸び悩む選手が多く見受けられる。

たとえばアンダーに上がったばかりで、海外に行ってもアマチュアチームでスタートならわかるけど、コンチネンタルチームで走るとか、プロコンチネンタルチームで走る。この間まで大学生だった選手は、「本当にそこで走れるの?」と思うところは正直、 ある。

言葉や文化もわからなくて、自転車レースのこともわからなくて、 脚はそこそこあるけれどその力ってちゃんと発揮できるのかと。

太鼓判を押せる選手

そこはレースのことをわかっている選手、言葉は通じなくてもあとからついてくるものだから、話せなくても、「使えるヤツだな」と思わせることが大事。そういうのが必要なんじゃないかと思った。

ヨーロッパという文化の中で自分が生きていくことって、最初はマイナスから始まるし、夢をつかむ覚悟のできている人間が行ったほうがいい。俺が太鼓判を押す人間を、浅田さんや大門さんに渡したい。

浅田さんとか大門さんが、「1年間連れて行ったけど、思ったほど走らないな......」と言うんじゃなくて、「こいつだったらガンガンやらせてやってください、たたけばたたくほど延びますから」というヤツを送り込みたい。そして「あ、崇史、ありがとう」って言ってもらえればうれしい。

 
 

レモネード・ベルマーレでは、新たに選手を評価する成功報酬制度を考案し、昨年(2014年)12月の湘南バイシクルフェスでこれを発表した。たとえば「各自体調を把握し、すべき役割を監督に伝えた」、これが難易度Aで500円の報酬。難易度Dは「ゴール前3kmでトレインを形成した」。このように、選手の活動のそれぞれに報酬額(およびマイナス査定額)が決まっていて、究極の難易度Fは「ヨーロッパのコンチネンタルチームで活躍できる選手に成長した」、これが100万円の報酬となっている。ちなみにJプロツアーの1勝は30万円だそうだ。

宮澤は「選手たちが1シーズン通してJPTのレースを全部優勝し、完璧に仕事をこなしたら、資金的には大赤字」と言うが、選手たちは確実に手が届く(かもしれない)ニンジンをぶらさげてもらっていることになる。今年(2015年)のレモネード ・ベルマーレはどんな活動を見せてくれるのだろうか?

サルでもわかる成功報酬制度

今の若い子たちには何が響くのかな、と考えた。僕らの時代は指導者は黙っていて、自分で考えて盗め、という時代だった。今の子たちに「盗めよ」って言っても、何を盗んでいいかわからないんじゃないか。もちろん、自分で考えろといわれてもわからない。「もっとハングリーに」とか言っても、響かない人には響かない。だったらわかりやすくすればいい、と思った。

昔、「紳助のサルでもわかるニュース」というのを夜の11時からやっていて、俺にはすごくわかりやすかった(笑)。サルニュースに関しては、「こんなこと知ってないですよね」というところから始まる。「これってすごくわかりやすいな」と思っていた。

だから「サルでもわかる報酬制度」(笑)。選手として当たり前にできていなきゃいけないこと、ヨーロッパに行って「なんだコイツ」みたいに思われないこと。たとえば、ビブを出しっぱなしで地べたに座るとか、あぐらをかいてゼッケンをつけ始めるとか、そういうところからチームメイトの信頼を失う。「こいつバカだ」って。

その子たちは「大学では当たり前でした」と言うかもしれない。でも、「ハァ? あなたどこで闘っているんですか?」ってことでしょ。それがプロコンチネンタルになると、もうそもそも相手にされない。サッカーだったらパスもこない。それってスタートの段階でつまづいているよね、だったらそのつまづきはやめましょう、と。じゃあ何をしたらいいんですか、という内容は、書いてあればわかりやすいと思った。すごく強い選手で、仕事ができる選手でも、ごく当たり前の約束事ができていな
い選手がいる。そういう人は500円とか1000円とか、どんどんマイナス査定される。毎回、ランチ代が引かれていると思ったら、しっかりしようと思うんじゃない? そう思ってこの評価制度を作った。

アタックには意味がある

「レース前に自分の体調を把握し、できることを監督に伝えた」。これは(難易度の最も低い)Aランクの500円。でもこれってじつは、500円以上の価値がある。なぜかというと自分の体調を把握して、「できることを伝えること」って若い選手にとってはすごく難しいから。自信がないと言えない。

でも、こんなことはプロとしては当たり前。「シューズやヘルメットや自転車をキレイに整備して会場に来たら500円」。これもAランク。逆に、できていなかったら500円マイナスなわけです。

さらに、レース中に監督に体調を伝えることって、チームメイトがどこに走っているか、監督がどこにいるかを把握していないとできない。だからこれは少し難易度が上がる。BランクやCランクに難易度が上がってくると、レースで活躍するというほうにフォーカスする内容になる。 

集団を形成して少しでも逃げたとか、前半のアタック合戦に積極的に挑戦したとか、そういうことも評価の対象になる。「アタックに乗りなさい」というオーダーを受けて10回アタックしたが、決まらなかった。そして11回目のアタックが決まってしまった。そうしたらその10回のアタックは意味がないんですか? というと、それには意味があるんです。だから5000円。

アタックで脚を使ったにもかかわらず、完走したら1万5000円。この成功体験って「すごいね」ってことになる。前半に積極的にアタックして、後半の展開も作ったら2万5000円、もっとすごい。リアルに自分ができること! 頑張れること! がここにあると、もっと頑張らなきゃという感じになる。だってお金を稼ぎたいじゃないですか。

レース中に俺が、「お前、今、何ができるの?」って聞いたときに「僕はこういうことができます」と(成功報酬を頭に浮かべて)ソロバンを弾きながら言えることは、とても大事。2万円のことより3万円のことができるなら、そこに挑戦するべき。そういう風に自分で判断して、何かをチョイスするという、自分で考える能力を養うことが、この成功報酬制度が一番、狙っているところなんです。

この成功報酬制度には着順による賞金もある。でも、4位(8000円)とか5位(5000円)とか6位(3000円)になるのはあんまり意味がなくて、(3位までの)表彰台に上ることは、チームにとって意味がある。選手にとっても意味がある。4位、5位、6位にコソコソッと入ることは、選手にとってもチームにとっても価値がないということを、きちんと現金化しているわけです。

 

成功体験に意味がある

レモネード・ベルマーレはクラブチームだもん、給料はないです。選手はエントリーフィーも交通費もホテル代も自腹で、レースに来ることになっている。だけど、上限3万円までが自腹という決まりで、1レース行くのに3万円のリスクを持ってレースに来てくださいということ。それを挽回するのが選手の成功報酬金なんです。

だって、リスクなしに頑張ろうなんて、人間あまり思えないはず。ノーリスクでやる頑張りって、「あなた今日何するの?」「はい、僕、今日、がんばります」っていう人のこと。それは意味がない、そういう選手はいらない。

「あなたは今日何しに来たんですか?」という質問に「今回僕はこういうトレーニングをしてきました。集団をコントロールするのには自信があります。アタックにはあまり自信がありません」と言えること。そうしたら「お前はアタックしなくていいよ、チームメイトががんばってアタックするから。そして、逃げにもし乗れなかったらコントロールしてくれ。もし乗ったら状況を判断して、後半、追うような展開になるかもしれないから、そうなったら力を使ってくれ」と仕事が与えられる。

「僕は今回、すごくインターバルを頑張ってきました。逃げには乗れるかもしれないけれど、切れるかもしれない」。「いいよ、逃げに乗ってみなさい。切れたら切れたでいいじゃない」。そういうケースもありうるはず。

(集団から)切れてもいいんですよ、小さな成功体験を成し遂げることに意味がある。どこまでついていけるかわからなくても、挑戦することには意味がある。

 

選手の価値

選手に対する対価って、その選手に対する期待度だよね。ところが今の選手って、100万円もらうと「アルバイトしなくても生活 できそうだな」とか、200万円もらうと「自分の好きなモノがちょっと買えそうだな」とか「腕時計買えるな」、「パソコン買えるな」とか思っちゃう。対価を、自分の生活に比べちゃう。でも、100万円をもらうということは、それを150万円、200万円の価値にしないと、翌年、その選手の価値はなくなってしまう。そう考えている選手はすごく少ない。その時点でプロにはなれない。

Jプロツアーで年収400万円もらっている選手は、JPTを15勝くらいしているかといえばそうじゃない。あなたの年俸はどれだけの価値でその値段なんですかと尋ねても、話ができる選手はほかにはいない。でも、うちのチームは話せる。「僕は10回勝ったので300万円です!」正しいよね、非常にわかりやすい。


 

日本の自転車界

自転車界が、もっとよくなっていくといいなと思っている人は多いけれど、「あなたはそのために何をやっていますか?」って聞かれて「僕はこれをやっています」といえる人は、そんなに多くない。これでは日本の自転車界は発展していかない。

もし自転車界の発展を本当に考えるなら、東京オリンピックのメダルは是が非でも獲りたい。どれだけ日本一を獲り続けても、日本の自転車選手が世界で闘う力は、向上していかないと思う。

僕は昔も今も選手に必要なことはとてもシンプルだと思っている。将来の目標を明確に持ち、その覚悟を持って今日という日を全力でペダルを回し抜く。

そんな一歩に貢献できる活動をしていきたいと思う。


 

Profile

宮澤崇史


1978年2月27日生まれ、長野県出身。1995年シクロクロス世界選U19で22位(2分32秒遅れ)。97年渡欧。 ロード選手としての所属チームはアコム・ラバネロ、日本鋪道レーシング、ブリヂストン・アンカー、チーム・ バン、NIPPO・梅丹、梅丹・GDR、アミーカチップス、ファルネーゼ・ヴィーニ、サクソバンク、ヴィーニファンティーニ・NIPPOなどを経て2014年10月、36歳で引退。尊敬する芸能人は江頭2:50。


勝歴
国体ロード(埼玉=2004)、ツアー・オブ・サイアム、ツール・ド・北海道、ツール・ド・おきなわ(以上2006)、アジア選手権、ツアー・オブ・ジャパン、ツール・ド・おきなわ(以上2007)、2008年北京五輪代表、ツール・ド・北海道(2008、09連覇)、ツール・ド・台湾、全日本選手権、熊本国際ロード(以上2010)など