安井行生のロードバイク徹底評論第9回 TREK MADONE vol.8

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安井トレック・マドン8

第9回で俎上に載せるのは、デビューから2年が経つトレックのマドンである。安井がOCLV700のマドンRSLとOCLV600のマドン9.2という2台と数日間を共にし、見て考えたこと・乗って感じたことを子細にお届けする。全8回、計1万6000文字。渾身のマドン評論。vol.8。

 

どうせならOCLV700

安井トレック・マドン8

OCLV600でも、マドンの空力性能は健在だ(ヘッドがやや長いとはいえフレームの基本形状は同じなのだから当然だ)。ヘッドチューブの長いエアロロードという存在に矛盾を感じないでもないが、スピードを上げていくにつれて抵抗が少なくなっていくような走りは相変わらずすばらしい。しかし、動力性能には少なからず差があるように思われた。OCLV700のあの全てが完璧な浮世離れした走りは、OCLV600にはない。マッドサイエンティストのごとくこれでもかと技術を重畳し、パワープレイで到達した尋常ならざるマドンの世界。それはやはり、OCLV700で本来の最高地点に達するのである。
 
前述したデメリットを全て飲み込んでまで新型マドンを手に入れるなら、毒を食らわば皿までではないが、個人的には「どうせならOCLV700」という気がする。OCLV600の価格は、専用シートポストと専用ブレーキキャリパー込みでフレーム49万円、機械式アルテ完成車で約55万円。それでこの性能は決して悪くはないが、OCLV700でも硬すぎて乗りにくいなどということは一切ないし、10万円強の価格差であれば、僕ならOCLV700を選ぶ。

 

ここでひと区切り

安井トレック・マドン8

では新型マドンのまとめに入ろう。もちろん瑕疵はある。というか普通のフレームより多いだろう。ゴチャゴチャとしすぎたフレーム各部。劣悪なメンテナンス性。スモールサイズで崩壊するスタイル(ヘッドの長いH2フィットならなおさら)。専用ブレーキや複雑怪奇なワイヤリングやバネ仕掛けのドアや二重のシートチューブなどは維持・運用面に難をきたす可能性を否定できないし、細かい専用パーツが多いため補修パーツの供給という面でも個人的には不安を感じる。
 
しかし、それら全てを納得させてしまう性能がある。それら全てを吹き飛ばす迫力がこれにはあるのだ。これだけギミックを重畳すれば、普通なら走りは簡単に破綻する。もしくは人工的な走りに堕してコミュニケーションのとれない物体になる。そもそもコンセプトと作りが無茶なのだ。しかしトレック技術陣は設計技術を隅々まで磨きに磨いて無理を通して物理をねじ伏せ、TTバイクのような空力性能を持ち、そこいらのピュアロードレーサーを蹴散らす走りを備え、さらに味わい深いペダリングフィールまで身に付けるという、特異な機械を作り上げたのだ。無茶を見事に達成してしまったのである。 

自転車に乗って評価を下す仕事を初めて十数年が経つが、純粋な技術レベルにここまで感嘆したことはなかったかもしれない。
 
こういう自転車を見ていると、アイディアと経験と勘で完成度の高いフレームができる余地は今やほとんどないのではないかと思う。見識とセンスで絶妙なバランスの上に成り立つフレームを作る工房は一部ヨーロッパ方面に今でも存在するものの、マドンのようなレベルとなるとマンパワーと資金がほぼ到達点を決める。人と金があるところに技術は集まるのだ。マドンとガチンコ勝負ができるような人材と技術と財力を持ったブランドは、ごく一部に限られるというのが実情だ。

新型マドンを見た他メーカーのエンジニアには、一種諦めの感情が芽生えたことだろう。純粋な技術では太刀打ちできない。パワープレイではどうあがいても勝てない。だからトレックと同じ土俵に立ってはいけない。別の道を探してそこを行くしかない。そう判断するメーカーは多いだろう。悲しいことかもしれないが、最先端ロードバイクはそういうレベルに達しているのであり、今はもうそういう時代なのである。
 
もちろん、ロードバイクの進化は止まらないだろう。このマドンだって、ローターまわりの気流を考慮しつつフォーク&チェーンステーと一体化したキャリパーを持つディスクブレーキ版が来年あたりに追加されるかもしれない(トレックならやりかねない)。UCIの”3:1ルール”撤廃を受けて、フレーム形状がアップデートされる可能性もある。しかし2016モデルのマドンがこの世に生まれたあの日あのとき、ハイエンドロードバイクの世界に一線が引かれたことは確かである。自転車の進歩はここでひと区切りだと、物理の神様がそう言っているのだ。

 

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