安井行生のロードバイク徹底評論第9回 TREK MADONE vol.2

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安井トレック・マドン2

第9回で俎上に載せるのは、デビューから2年が経つトレックのマドンである。安井がOCLV700のマドンRSLとOCLV600のマドン9.2という2台と数日間を共にし、見て考えたこと・乗って感じたことを子細にお届けする。全8回、計1万6000文字。渾身のマドン評論。vol.1。

 

狂気その1にあきれる

安井トレック・マドン2

ヘッドチューブ下部に装備さえれたベクターウイングと、その下に専用ブレーキが装備される

マドンに投入された設計要素を順に追っていく。マドンの狂気その1は専用ブレーキキャリパー&ベクターウィングである。
ヘッドチューブ&フロントフォークはフレームが最初に空気にぶち当たる場所であり、ここの空力特性がバイク全体の空力性能に大きく影響するという。そこで彼らはフォーク前面に凹みを設け、そこにピッタリはまるような専用ブレーキを作った。フォークとブレーキキャリパーの段差を極力なくして空気抵抗を減らすという意図である(シートステーに付けられるリヤブレーキキャリパーも同様の設計思想)。ブレーキキャリパーはサイドプルタイプではなく、ロードバイク用としては珍しいセンタープルタイプ。形状やワイヤリングとの兼ね合いでセンタープルが最善の策だったのだろう。
 
しかしエアロロードの専用ブレーキはいまや珍しいものではない。トレック開発陣の思考が跳躍するのはここからである。フロントのブレーキワイヤはヘッドチューブの中を通るのだが、当然ながらハンドルを切ればワイヤもブレーキ本体と一緒に動く。その可動域をヘッドチューブ内で飲み込もうとすれば、どうしてもヘッドチューブが太くなる。しかし空力を考えればヘッドチューブ先端は尖った形状にしたい。
彼らはどうしたかというと、ヘッドチューブ下部に大きな穴を穿ち、そこにワイヤを通し、さらに穴をピタリと塞ぐように左右2枚のトビラを設けた。直進時はトビラが閉まっているため空気の流れは乱れない。ハンドルを大きく切ったときのみ、トビラがブレーキワイヤに押されて開くようにしたのである。ハンドルを右に切れば右のトビラがパカッと開く。左に切れば左のトビラがパカッと開く。扉はバネ仕掛けになっており、ハンドルを戻せばパタッと閉じる。フロントブレーキワイヤの“逃げ”を作ったわけだ。
 
最初にこれを見たときは、あきれるを通り越して吹き出してしまった。なにかの冗談か。本当にこんなことを真面目にやったのか。前述のように、空力のために専用ブレーキを作ったメーカーならいくつもある。しかし、それを最適作動させるためにヘッドチューブにドアを設けたメーカーなど聞いたことがない。
本気かよ、とハンドルを左右に大きく切ってベクターウィングがパカパカしているのを眺めていたら、いつの間にか印象が変わり、失笑は拍手になった。ここまでやるならあっぱれかもしれない。これが走ってダメだったら大いにバカにしてやるところなのだが、ハンドリングなどの性能に不満は一切なかった(詳しくは後述)。

 

狂気その2に首をかしげる

その2は複雑怪奇なワイヤリングとステム一体型のエアロハンドルだ。新型マドンは、世界で最も徹底したワイヤ内蔵システムを持つフレームである。なにせワイヤが露出するのはリヤブレーキキャリパー直前と前後ディレーラー直前の数cmのみなのだ。もちろん全て空力性能向上のためである。それを実現するには、フレームやフォークだけでなく、ハンドル~ステムやヘッドスペーサーも専用設計とせねばならない。その作りがまた目を見張るものなのだ。
 
電動・機械式にかかわらず、全てのケーブルはハンドル~ステムの中を通り、フォークコラムに沿ったあとフレームの中に入っていく。
リヤブレーキのワイヤは、アウターのままトップチューブの中を通り、トップチューブ後端にあるアルミ製のアウターストッパーを経てリヤブレーキキャリパーに届く。
フロントブレーキワイヤはフォークコラム前面、前後シフトワイヤは、フォークコラムの側面に沿いながら(このため、コラムは専用の異形断面となっている)ヘッドチューブの中に入り、フロントブレーキワイヤはそのままヘッドチューブの中を通ってフロントブレーキキャリパーへ、前後シフトワイヤはダウンチューブ内へ。   

ダウンチューブ上面にはコントロールセンターという大穴が開いており、機械式で組む場合はここがアウターストッパー兼フロントディレーラーのテンション調整ダイヤルになる(リヤディレーラーのテンション調整はディレーラー部で行うしかない)。電動の場合はもちろんここがジャンクションボックスになる。
 
この設計には当然大きなデメリットがある。メンテナンス性が劣悪なのはまぁ当然として、ステム&ハンドルのサイズとフィッティングの問題が無視できないのだ。マドン専用のエアロハンドルは、幅が400~440mmの3種類、ステム長が90~130mmの4種類。リーチ(93mm)やドロップ(123mm)やベンド形状は1種類しかない。このハンドルが体に合わない人はどうすればいいのか。

昔だったらこんなハンドルは納車のその日にとっとと取り外してゴミ箱に放り込み、代わりに自分のカラダにピッタリとフィットするハンドルとステムに取り替えればいいだけの話だったが、ワイヤ類をフル内蔵するマドンではそうもいかない。マドンを買うなら最後までこのステム一体型ハンドルと付き合わねばならないのだ(ヴェンジはステム別体でハンドル角度の調整ができたし、17モデルでは市販のハンドル&ステムもつかえるようにマイチェンした)。ちなみにハンドルの価格は7万2000円である。
 
とはいえ、トレックはハンドル幅400mm・420mm・440mmとステム長90mm・100mm・110mm・120mmの全ての組み合わせ(12種類)と、さらに440mm×130mmという計13種類のハンドルを用意している。良心的なほうだろう。

しかし個人的には、本気でこのハンドルを使わせたいなら最低でもドロップ形状3種類、リーチ2種類、ハンドル幅4種類、ステム長5種類、それらを掛け合わせたバリエーションを用意すべきだと思う。当然ハンドルのラインナップは膨大な数になるが、専用ハンドルしか使えないとするのなら、メーカー側にはそのくらいの覚悟が必要なはずである。

今までさんざんフィッティングこそが大事だといい続けてきたメディアがなぜエアロロードの専用ハンドルについては固く口を閉ざすのか理解に苦しむが、それがどんなに空気抵抗が少なかろうが10万円もするカーボン製だろうが、筆者は「体にフィットしないハンドルはただのゴミだ」と言い続ける。
 
と思ったら、2018モデルでノーマルハンドル&ステムが使えるようになるオプションパーツが用意された。ノーマルハンドルを装備した完成車(マドン9.0)も追加された。筆者のように口うるさいサイクリストが多かったのだろう。最初からそうすべきだったが、何はともあれ喜ばしいことである。マドンが身近になったのだ。
 

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