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スペインのプジョルが連覇! ツアー・オブ・ジャパン2017

今年20回の節目の年を迎えた国内最大のステージレース『ツアー・オブ・ジャパン』は、日本のチーム右京に所属するオスカル・プジョルの連覇で幕を閉じた。そして東京の表彰台には、初山が山岳賞ジャージを着て上がった。

プジョルが日本のチーム右京に連覇をもたらした

 
国内最高峰のステージレースである『NTN presents 第20回ツアー・オブ・ジャパン(アジアツアー2.1)』が、5月21日から28日までの8日間で開催され、スペインのオスカル・プジョルが総合優勝し、日本のコンチネンタルチーム『チーム右京』に大会連覇の栄光をもたらした。

今年は大会前日の記者会見に初めて呼ばれ「3回目のツアー・オブ・ジャパンでここにいることはプレッシャーだ。プレッシャーは好きじゃないが、去年の優勝を守れるように努力するよ」と語っていた33歳のプジョル。このレースのために減量し、記者会見後に行われた茶道体験では、出された小さな和菓子ですら「ダイエット中だから…」と言って半分しか口にしなかったほどだった。
 
東京・日比谷のスタートラインに並んだ今年の各賞ジャージ                                 
東京・日比谷のスタートラインに並んだ今年の各賞ジャージ                                 
その意気込み通りプジョルは初日に行われた、たった2.65kmの個人タイムトライアルですら手を抜くことはなく全力で疾走し、チャンスがあれば常にアタックを仕掛ける積極的な走りを続けた。

そして迎えた6日目の富士山ステージで、プジョルは前半からアタックして独走を決め、後続に1分以上の大差を付け、降雨後の濃霧という悪条件にもかかわらず、昨年よりもわずかに2秒遅い、38分50秒の歴代3位の好タイム(コースレコードはラヒーム・エマミの38分27秒)で区間連覇を果たした。

クイーンステージの富士山で総合首位のグリーンジャージを獲得したプジョルは、総合2位のハミッド・ポルハーシェミー(タブリーズ・シャハルダリチーム)に1分42秒差を付け、総合3位にはチームメートのネイサン・アール(チーム右京)が1分52秒差で続くという、有利な立場で伊豆ステージを迎えた。

快晴に恵まれた修善寺CSCで行われた伊豆ステージで大逆転を狙うチームはなく、プジョルは今年もグリーンジャージを着て東京ステージを凱旋することができた。伊豆ステージのゴール目前で落車したベンジャミ・プラデスが東京ステージをスタートできなかったが、チーム右京はアールが総合2位でレースを終え、チーム成績でも優勝し、チーム全員で東京の表彰台に上がることができた。

「最後にボクたちはグリーンジャージでゴールラインにたどり着いた。それはボクにとってもチームやスポンサーにとっても、最も重要な事で、ツアー・オブ・ジャパンで日本のチームが勝つのは素晴らしいことだ」と、総合連覇を果たしたプジョルは語っていた。
 
 
   
   
伊豆ステージには国際競輪で来日中のテオ・ボスが激励に駆けつけた。この2人、実は元チームメートでルームメート 
伊豆ステージには国際競輪で来日中のテオ・ボスが激励に駆けつけた。この2人、実は元チームメートでルームメート 
チームメートたちに支えられて連覇を達成したプジョル。その中には唯一の日本選手、平塚吉光もいた               
チームメートたちに支えられて連覇を達成したプジョル。その中には唯一の日本選手、平塚吉光もいた               

日本チャンピオンの初山が日本人として20年ぶりに山岳賞を獲得

 
記念すべき20回大会で、日本人選手は区間優勝こそできなかったが、第2ステージで逃げて山岳賞のレッドジャージを獲得した日本チャンピオンの初山翔(チームブリヂストン・アンカー)が、そのまま最終日まで山岳賞総合首位の座を守り、東京の表彰台に上がった。

これまでポイント賞のブルージャージは2006年に鈴木真理、2008年と2012年に西谷泰治が獲得していたが、日本人選手が山岳賞を獲得したのは1997年に行われた第2回大会の住田修以来、実に20年ぶりの快挙だった。

山岳賞は初山にとって、最初から今年のツアー・オブ・ジャパンでの最大の目標ではなかった。しかし、京都での第2ステージで逃げに乗ってポイントを稼ぎ、レッドジャージを獲得した時に「最後までこのジャージを守ることができるかも」と考え、目標をスイッチしたのだ。

そこから初山は富士山ステージ以外のすべてのステージで逃げ続け、南信州ステージが終了した時点で誰にも山岳賞総合首位の座を脅かされないだけのポイントを獲得していたにもかかわらず、伊豆ステージでも逃げに乗った。ツアー・オブ・ジャパンにフーガ(逃げ)賞があれば、間違いなく初山が受賞していたに違いない。

東京、大井ふ頭の表彰台に上がり、大勢の観客から祝福された初山は、表彰式後に表彰台裏のテントで行われた囲み記者会見で、区間優勝者や他の各賞ジャージ受賞者の横に並んでも、決して浮かれてはいなかった。「はっきり言って、普通の登坂能力でここに並んでいる選手たちと勝負するのは正直難しい。ボクだけではなく、日本人はみんなそうだと思う。それが現状の日本のレースレベルだ」と、彼は言い切った。だから彼は山岳ポイントを稼ぐために、毎日逃げ続けたのだ。

「総合優勝を狙うとか、口にするのはすごく簡単だが、それは逆に無責任なんじゃないかとボクは思う。実際にできることを考えて、それに向かってトライすべきだと思う。チームとしても、僕が獲りに行けない山岳ポイントでは、チームメイトが山岳ポイントをとって、ライバル選手のポイント加算を防ぐというアシストもあった。」と、語った初山は「20回大会で20年ぶりで、全日本チャンピオンとしての山岳賞ジャージと言うのは奇跡的なめぐり合わせだ。ボクのキャリアの中でも、全日本選手権優勝に次ぐくらいの実績になるんじゃないかと思っている」と、素直に喜びも語っていた。
 

NIPPO・ヴィーニファンティーニのカノラが区間3勝してポイント賞獲得

伊豆ステージで果敢なアタックをしてレースに活気を与えたカノラ   
伊豆ステージで果敢なアタックをしてレースに活気を与えたカノラ   
 
日本とイタリアがタッグを組んだUCIプロコンチネンタルチームのNIPPO・ヴィーニファンティーニは、今年のツアー・オブ・ジャパンで初来日したイタリアのマルコ・カノラが京都、いなべ、南信州ステージで優勝し、富士山ステージまで総合リーダーのグリーンジャージを着続け、最終的にポイント賞のブルージャージを獲得。総合成績でも8位に入る活躍を見せた。

現在28歳のカノラは、バルディアーニ・CSFに所属していた2014年にジロ・デ・イタリアで区間優勝した経験のある選手で、昨年まで米国のユナイテッドヘルスケアに所属し、今季NIPPO・ヴィーニファンティーニに移籍して来た。チームを率いる大門宏監督が「典型的なイタリアのメジャースポーツの中から生まれてきた選手」と絶賛するサラブレッドだ。

カノラは伊豆ステージでも後半に激しいアタックをかけ続け、集団から抜け出して1人で逃げを追ったのだが、それは「ポイント賞のポイントを稼ぐためではなく、区間優勝するためだった」と、語っていた。彼は東京ステージ終了後の共同記者会見でも「もう3ステージ勝ちたかった」と、はっきり言っていた。彼は今大会で富士山以外のステージすべてで勝つつもりだったのだ。

「カノラみたいな選手は、日本の若い選手にとっていいお手本になる。勇気っていうのはこういう事なんだとか、細かいことは考えず、挑戦しなければいけないんだとか。本当に彼のような選手がワールドチームに行って活躍するようになるんだなと思う。日本人選手が今回彼を見ていて、ああいう走りをしていないと、ワールドツアーでは通用しないんだなと思える選手になれるような気がする」と、大門監督は評価していた。

「ボクは日本が好きだ。10月にはきっとジャパンカップでまた来るだろう」と語っていたカノラ。古賀志林道でUCIワールドチームの精鋭を相手に、どんな熱い走りを魅せてくれるのか、今から楽しみだ。
 
東京ステージでポイント賞のブルージャージを獲得したカノラ    
東京ステージでポイント賞のブルージャージを獲得したカノラ    
ベテランのサンタロミータ(右)とカノラ
ベテランのサンタロミータ(右)とカノラ

NIPPO・ヴィーニファンティーニの大門監督がジャパンプロサイクリングの理事に就任

2020年の東京オリンピックを視野に置き、日本人選手を強化するプロジェクトとして昨年発足した一般社団法人『ジャパンプロサイクリング』の理事に、今春NIPPO・ヴィーニファンティーニの大門宏監督が就任した。

イタリアと日本がタッグを組んだUCIプロコンチネンタルチームのNIPPO・ヴィーニファンティーニは、昨秋すでにこのプロジェクトとの提携を発表していたが、大門監督が理事の一人に加わったことで、両者はこれまで以上に密接なつながりを持ち、日本人選手の強化、スタッフの育成に力を入れていく予定だ。

地元のオリンピックというのはやはりすごい。僕は1964年の東京オリンピックのとき2歳で、入場行進を見たのを覚えている。NIPPOで30年ずっとやって来て、皆さんのおかげでUCIプロコンチネンタルチームも作ることができて、今の場所がある。

そんな中、オリンピックが3年後にある。これはもう、何かにやれと言われているようなもの、背中を押されているようなものだ。地元のオリンピックに監督として立ち会える人間は、世界中でもそんなにいないと思う」と、大門監督は東京オリンピックへの熱い思いを語ってくれた。

『ジャパンプロサイクリング』という一大プロジェクトの成功は、2つの東京オリンピックを体験することになる大門監督に運命づけられたミッションだ。2018年以降の活動のために、今後はこのプロジェクトを周知に努め、賛同企業を募っていく予定だ。
 

地に足が付いたナショナルステージレース

今年も東京ステージには大勢の観客が集まり、選手たちに熱い声援を送っていた    
今年も東京ステージには大勢の観客が集まり、選手たちに熱い声援を送っていた    
 
今年のツアー・オブ・ジャパンは20回の節目の年で、ベアリングメーカーのNTN株式会社を冠スポンサーに迎え、レース名称を『NTN presents 第20回ツアー・オブ・ジャパン(アジアツアー2.1)』とし、大会ロゴの刷新。メモリアル大会であることを強調するために、20thを大きく配置した特別な大会ロゴを使用していた。

各賞ジャージもツール・ド・フランスのオフィシャルパートナーであるle coq sportif(デサントジャパン株式会社)をスポンサーに迎え、左右非対称のユニークなデザインに生まれ変わった。

しかし、参加チームは昨年と同じ16チームで、海外チームが8チーム、国内チームが8チーム。UCIワールドチームもバーレーン・メリダの1チームだけで、20回のメモリアル大会を盛り上げるようなスター選手が参加しなかったのは拍子抜けだった。

今大会について、ディレクターの栗村修氏は「TOJはジャパンカップやさいたまクリテリウムのように、チームや選手のバリューで人を集めるのではなく、国際レースであることや、地域貢献、地域の盛り上がりで純粋に人が集まってくるレースだ。今年はスター選手が不在だったが、そんな中でも人が集まった。これがTOJ本来の姿で、地に足が付いたレースだった」と、東京ステージ終了後に話してくれた。

確かに新城幸也の復帰レースということで、連日大勢の観客が集まった昨年に比べれば、今年はいくぶん落ち着いていたものの、平日の地方ステージでも観客は集まり、東京ステージの朝は選手が到着するよりも早い時間から、たくさんのレースファンが詰めかけていた。

1982年に国内最高峰のアマチュアロードレース『国際サイクルロードレース』として創始し、1996年から名称を改めてUCIレースとしての道を歩みだしたツアー・オブ・ジャパン。地に足が付いたナショナルステージレースとして、次のステップへと前進して欲しい。
 

第20回ツアー・オブ・ジャパン結果

[個人総合時間賞(グリーンジャージ)]
1 オスカル・プジョル(チーム右京/スペイン)19時間00分52秒
2 ネイサン・アール(チーム右京/オーストラリア)+1分40秒
3 ハミッド・ポルハーシェミー(タブリーズ・シャハルダリチーム/イラン)+1分42秒
4 ホセヴィセンテ・トリビオ(マトリックスパワータグ/スペイン)+2分22秒
5 ラクラン・ノリス(ユナイテッドヘルスケアプロサイクリングチーム/オーストラリア)+2分46秒
6 ティモシー・ロー(アイソウェイスポーツ・スイスウェルネス/オーストラリア)+2分56秒
7 ドメン・ノヴァーク(バーレーン・メリダ/スロベニア)+3分07秒
8 マルコ・カノラ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)++分12秒
9 ミルサマ・ポルセイェディゴラーホル(タブリーズ・シャハルダリチーム/イラン)+3分17秒
10 イヴァン・サンタロミータ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)+3分21秒

■ポイント賞(ブルージャージ):マルコ・カノラ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)
■山岳賞(レッドジャージ)初山翔(チームブリヂストン・アンカー)
■新人賞(ホワイトジャージ):ドメン・ノヴァーク(バーレーン・メリダ/スロベニア)
■チーム成績:チーム右京(日本)

[各ステージの優勝者]
■第1ステージ(堺):ダニエル・サマーヒル(ユナイテッドヘルスケア/米国)
■第2ステージ(京都):マルコ・カノラ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)
■第3ステージ(いなべ):マルコ・カノラ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)
■第4ステージ(美濃):ジョン・アベラストゥリ(チーム右京/スペイン)
■第5ステージ(南信州):マルコ・カノラ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)
■第6ステージ(富士山):オスカル・プジョル(チーム右京/スペイン)
■第7ステージ(伊豆):マルコス・ガルシア(キナンサイクリングチーム/スペイン)
■第8ステージ(東京):ヨンアンデル・インサウスティ(バーレーン・メリダ/スペイン)

(http://www.toj.co.jp/2017/home)