藍野美穂の「オトコとは違う」スポーツサイクル乗り方ガイドvol.3 アジア大会メダリスト女医に聞く痛み対策

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「オトコとは違う」スポーツサイクル乗り方ガイドvol.3

通勤ライダーからガールズケイリンの選手になり、引退後は女性サイクリストの悩みを解決している藍野美穂さんがより多くの女性がスポーツサイクルを楽しめるよう情報を発信すべくスタートした本連載。最後となる第3弾は、筑波大学付属病院リハビリテーション科の遠藤 歩先生との対談を通して、女性サイクリストの悩みと、その解決策について語る。

 

“お尻”の悩みは言いづらい(藍野)

「オトコとは違う」スポーツサイクル乗り方ガイドvol.3

藍野美穂。2012年にガールズケイリン第一期生としてデビューした元選手。2016年に引退したが、フリーランスで競輪場のアナウンサーをするなど自転車界で活動中

股擦れ防止で選手はワセリンを塗ることがあります。足の付け根やレーサーパンツにも塗りこみます。だけどどんなに気をつけていても股擦れになったときは本当に痛い。また、できものができたりします。顔にできたのはニキビですが、陰部にできるのは粉瘤(ふんりゅう)で、対処方法が異なります。

実際、本格的に乗り込むようになると、ホントにデリケートゾーンでこんなにも悩むと思いませんでした。炎症を起こしてウミが溜まったり、未だにしこり状のものや傷跡になって残っているものもあります。

痔にもなったし、全体的に腫れたりもした。なぜこのようなことになるのでしょうか。痔は少し違う気もしますが、実際に内痔核と外痔核を経験しました。内痔核のときは浣腸をして安静です。ひたすら……。

外痔核は放置でも大丈夫と診断をいただきましたが、手術で摘出しました。20代前半の女子がベッドにうつ伏せになりテーピングでお尻を開かれ、医療関係者とはいえ目線を集中されるのは、どれだけ羞恥だったか……。でも、これも職業病だと思い、私はまわりの男子選手にも報告をしたり相談しました。

そうすると一度はびっくりされますが、経験者もたくさんいて痔トークに弾みました。それからは恥ずかしがらず私は生理痛や股擦れの話もしています。女性サイクリストの悩みの多くは男性にわからず、また女性側でも発言することはまずない。私でも恥ずかしい。でも今後、女性サイクリストが増えて行くなかで一人で悩んで悩んで、答えが見つからないより、どこかに共感してくれて、悩みから脱出するきっかけや、それが無理でも理解ができるの情報があれば大分安心できるのではないでしょうか?

そこで、元アジア大会自転車競技メダリストの女性スポーツドクター、遠藤歩先生を筑波大学附属病院に訪ねました。遠藤歩先生はとても明るい方で、ご自身も競技経験者のため親身に相談に乗ってくれました。こんなに女性アスリート、サイクリストのことを肌で理解された女医さんにもっと早く出会えていたら!!


 

アジア大会メダリスト遠藤歩医師に聞く

「オトコとは違う」スポーツサイクル乗り方ガイドvol.3

筑波大学付属病院リハビリテーション科医師 遠藤 歩先生

「オトコとは違う」スポーツサイクル乗り方ガイドvol.3

藍野:月経と体調の関係を教えてください。

遠藤:成人女性の体調は月経周期によって影響を受けます。月経に伴う下腹部や腰部の痛みは一般的によく知られており、月経困難症といいます。これは、子宮筋の過剰収縮や経血の排出困難などが原因といわれています。一方、月経の数日~10日程前から月経開始までの「黄体後期」には、食欲不振や頭痛、疲労感、むくみ、乳房の緊満感、イライラ、集中力の低下などの身体・精神症状を呈するケースがあります。これらを月経前症候群(PMS:Premenstrual Syndrome)といいます。

PMSの原因は明らかになっていませんが、競技者にフォーカスするとパフォーマンスが落ちることが報告されています。対症法には栄養改善や適度な運動が推奨されていますが、アスリートの場合は月経周期を調節する目的に、低用量ピル(OC:Oral Contraceptive)の服用も推奨されるようになってきました。月経周期に伴うホルモン変化によって、排卵直前から黄体前期に関節弛緩性が増大するとの報告もあります。関節の柔軟性は重要ですが、過度に緩むと関節の不安定性が増し怪我や疼痛の原因にもなり兼ねません。

藍野:シリアスに走る私の仲間の多くが、サドルと擦れるところのトラブルで悩んでいます。

遠藤:ご友人の多くが外性器に悩みを抱えているとは驚きでした。ホビーライダーの女性と比べて、より長時間、より前傾姿勢でサドルに乗車するため、陰部への圧力と摩擦が原因となるのではないでしょうか。長時間の物理的ストレスで小陰唇が肥大したり、色素沈着が起こったりすることは考えられます。また、大陰唇などに硬いしこりのようなものができることがあります。これは、毛嚢炎(*1)や粉瘤(*2)の可能性があります。切開せずに治る場合は、進行した毛嚢炎だった可能性もあり、経過を見ないと分からないケースもあります。

いずれにせよ、運動後はシャワーなどで陰部を清潔に保つことが、皮膚トラブルの予防になります。持続する痛みなどの症状がある場合や精神的ストレスとなる場合は、婦人科や皮膚科、形成外科等で相談されることをお勧めします。

デリケートな部分の怖い話ばかりをしてしまいましたが、個人差も非常に大きい部分ではあるので、ホビーライダーの女性が全員なるとは限りません。私自身も現役時代はハードな練習をしてきましたが実際に治療を受けるほどの悩みはありませんでした。

藍野:ホビーの女性には背中が反るようなポジションの人もいますが……。

遠藤:ホビーライダーの女性はトップアスリートに比べて下肢筋力のみならず、上肢や体幹の筋力も弱いので、前傾姿勢を維持するのが困難なせいかもしれません。そのため上体が起きて、坐骨でどっしりサドルに座ってしまいがち。女性のからだは男性と比較して柔軟性が高くて筋量が少ないので、自転車に乗ったときに背中が反り気味になる人もいます。

お尻の痛みも、乗車姿勢と密接な関係があります。どっしりサドルに座れば痛くなるのは当然。実は30分も同じ姿勢で座って圧迫を続ければ軽い褥瘡(じょくそう)が生じている可能性があります。外観上は分からなくても、皮下の深層に浮腫が生じていることがあるのです。褥瘡予防の観点から、一点に圧が集中するのを避けるために、たまにお尻をサドルから浮かせて除圧したり、ポジションを変化させたりすることが重要です。

トップアスリートは身体機能レベルが高く、上肢、体幹、下肢の筋力バランスが整っているので、カラダと自転車の接点であるハンドル、サドル、ペダルに加重が分散されます。そういう意味で、ライディングポジションなどを体力レベルに応じて考えることも必要でしょう。バランスが悪いと腰痛、ヒザの痛み、肩のコリなどの二次的な障害にもつながりかねません。

藍野:生理中、レース後に立っていられないほどの痛みに座り込んだことが度々ありました。

遠藤:原因は諸説考えられますが、前傾姿勢を維持していたために溜まっていた経血が姿勢の解除に伴って一気に排出され、その際の子宮収縮の痛みかもしれません。月経中はそういったことが起こり得るという知識を持ち、降車の際に安全に座れるような環境を整えておくことが大事かもしれません。

藍野:不調だった原因が理解できてスッキリです、どうもありがとうございました!

 *1=毛嚢炎:毛穴が細菌感染し、炎症が生じてニキビのようなものができた状態。進行して炎症が深くまで進むと、硬結(しこりのような塊)を生じることもある。

*2=粉瘤:新陳代謝によって表皮から剥がれ落ちた垢などの老廃物が、皮膚内部(真皮)に溜まることによってできる良性の嚢胞性病変。治療は外科的に皮膜ごと除去する必要がある。

参考文献:ウィメンズヘルスと理学療法、三輪書店、2016年

 

痛みの連鎖を断ち切りたい(藍野)

遠藤先生とお話しして疑問の一つひとつが線でつながりました。遠藤先生はリハビリテーション科で専門分野を勉強されており、痛みからの動作回復についての考え方にとても説得力があり共感しました。それは私自身がPNF(固有受容性神経筋促通法)をベースにしたPNFCというトレーニングを取り入れていたから。

これは、筋肉にさまざまは収縮様態で適切な負荷量を与えることで、効果的に固有受容器を刺激して神経筋の反応を良くするものです。もっと砕いて言えば、カラダの部分部分を分断して考えるのではなく、すべてが連鎖しているので総合的に考えるというものです。

今回の対談に用意した<反り返る背中、股擦れ>というトピックについても同じで、一つひとつ解決するというよりは、総合的に解決していきたいと考えていました。

「見た目が理想のセッティング」でも今の自分(あなた)が無理をしていたら、カラダのどこかに負担やストレスが起きて、上記のような形で問題が現れます。
たとえ見てくれが悪くても、股擦れで股が痛ければ「無理」をせずにサドルを低くしたりハンドルをあげて、楽なポジションにセットしていいと思います。それで症状がなくなれば楽しく長く乗れてハッピー。

私自身が選手のときは、体幹を使いたくて上半身でペダルを回したいというイメージがありました。風を受けないためには、レーサーなら前傾姿勢が理想です。それなのに腕力も上半身の筋力は少なく、理想のフォームになると……、腕に加重が乗って、上半身が固まり、回転力が落ちました。(笑)

ギヤを重くしてパワーで補えるかというと……、スピードや出力値は変わらなかったんです。なのに、どこかに痛みがあると関連してヒザは腫れたり、慢性腰痛が復活しちゃうので、練習量も少なくなり結果悪循環。

競輪選手としてはギヤを重くできないのは致命的でしたが、割り切ってペダルを回しやすい起き上がったセッティングでカラダにかかるストレスを除外したことで、ケガのリスクが低減するだけでなく、腰痛などは自転車に乗る運動療法で治すことができるようになりました。

自転車に乗ることでカラダに不調が出るのではなく、調子が良くなるってステキなことだと思う。これから自転車を乗ろうと考えているあなた、または乗り始めたのはいいけど何か疑問や悩みがあるあなたに、この記事が一つの参考になればと思います。そして自転車が楽しいもので、ご自分のカラダの一部になったらうれしいです。
また「彼女をスポーツバイクに乗せたい」、「女子選手を指導する」ような人にとってもヒントになればと思います!

 

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「オトコとは違う」スポーツサイクル乗り方ガイドvol.3

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