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ブエルタ・ア・エスパーニャ総集編

今年最後のグランツールは、アシストとしてスタートした2人の選手が、深紅のラ・ロハをめぐる熱い闘いを演じた。そしてその勝敗は、ボーナスタイムで決した
Photo: Unipublic / Graham Watson 2011

優勝候補たちの影から現われた2人の最強アシスト

灼熱のスペインを舞台とした今年最後のグランツール、ブエルタ・ア・エスパーニャが南部バレンシア州のベニドルムで開幕したとき、一体誰がこの2人の闘いを予想しただろうか。ブエルタ勝者の証である深紅のジャージ、ラ・ロハを獲得したスペインのフアンホセ・コボが所属していたジェオックス・TMCは、今大会で3度目の総合優勝を目指すデニス・メンショフがエースで、2番手には2008年のツール・ド・フランスを制したスペインのカルロス・サストレが控えていた。そしてそのコボと秒差を刻む闘いを演じたケニア生まれの英国人、クリストファー・フルームのチームスカイは、ブラッドリー・ウィギンスが絶対的なエースだった。しかしすでに初日のチームタイムトライアルで、運命の歯車はゆっくりと回り始めていた。 初日に参加22チーム中、21位という成績でブエルタをスタートしたジェオックス・TMCは、その後もエースのメンショフが期待されていたような走りができなかった。彼は得意の個人タイムトライアル(第10ステージ)でも、区間優勝したトニー・マルティン(HTC・ハイロード)より2分19秒も遅れ、今年最難関と言われたアストゥリアス地方のアングリル峠ゴールの前日には、総合成績で3分近く遅れていた。しかしその日、アシスト選手のコボは、ラ・ファラポナ峠ゴールで区間優勝したレイン・ターラマエ(コフィディス)につぐ区間2位になり、総合首位のブラッドリー・ウィギンス(スカイ)にたった55秒差の総合4位にまで浮上していたのだ。チームはここで戦略を変え、コボをエースとしてアングリル区間に挑み、彼はその期待に応えて単独で区間優勝し、第15ステージで総合首位の座を獲得したのだ。「ボクはブエルタにサストレとメンショフをアシストするために来た。それで3週間後には、ここ(マドリード)でブエルタでの優勝について話している。信じられないことだね!」と、コボは大会終了後におとぎ話のようなサクセスストーリーをふり返っていた。

ボーナスタイムが勝敗を分けた僅差の死闘

しかし、コボの総合優勝はけっして簡単なものではなかった。アングリルの頂上でラ・ロハを着た瞬間に、彼の本当の闘いは始まったのだ。その日、アングリル峠のゴール間近で、コボと同じようにアシストの仕事から解放されたフルームは、今年のブエルタでもっともその才能を開花させた選手だった。彼は個人タイムトライアルで区間2位の走りを見せ、総合首位になってラ・ロハに一度ソデを通した。しかし26歳のフルームは、その時はまだウィギンスのアシストであり、たとえリーダージャージを着たとしても、その関係に変わりはなかった。次の山岳ステージでフルームはラ・ロハを着て集団を引き続け、結局その座をチームのエースに明け渡していた。しかし、ウィギンスにはラ・ロハをマドリードまで守り切る力は結局なかった。 アングリルで脱落したエースに変わり、コボとのタイム差を少しでも縮めようと疾走したフルームは48秒遅れでゴールした。この日のスタート時点で、総合2位のフルームと総合4位のコボのタイム差も48秒だった。しかしブエルタには区間3位までの選手に20秒、12秒、8秒のボーナスタイムが与えられるルールがあり、このボーナスタイムで逆にコボが20秒差の総合首位になったのだ。その後の1週間、コボは深紅の栄光を守るため、このわずかな秒差を守るために闘い、そして失うもののない若きフルームも、果敢なアタックでコボに挑みつづけた。第17ステージのペーニャ・カバルガの激坂で、2人は歴史に残るような死闘を演じた。熱狂する群衆をかき分けるように進むフルームは、一度はコボを置き去りにし、大差を付けてゴールするのではないかと思われた。しかし、故郷の声援がコボの背中を押し続け、ゴール目前で奇跡のようにフルームに追いつくことができたのだ。その日、2人のタイム差は13秒になったが、その差はマドリードまで変わらなかった。 歴史に“もしも”がないように、スポーツの闘いにも“もしも”はない。しかし、マドリードのゴールでは「もしも今年のブエルタが、ツールのようにボーナスタイムのルールがなかったら」という話題で持ち切りだった。今年のブエルタでコボが獲得したボーナスタイムは52秒で、フルームは20秒。これを減算した純粋な所要時間を算出すると、3週間のレースでもっもと速かったのはフルームだったというわけだ。その事実がコボの栄光に影を投げかけることはないだろう。スペインもジェオックス・TMCも、サプライズなチャンピオンの誕生を心から喜んでいるのだから。

グランツール初優勝が続出! 新星たちの競演

誰も予想しなかった2人が総合優勝を争い、コボが初優勝を勝ち取った今年のブエルタは、区間優勝でも『グランツール初優勝』ラッシュになった。全21ステージ中、10選手が初区間優勝を果たし、トップ選手への扉を開いたのだ。なかでも注目を集めたのは、プロ2年目でグランツール初出場だったにもかかわらず、あっさり区間3勝を上げてしまったスロバキアのピーテル・サガン(リクィガス・キャノンデール)だった。ピュアなスプリンターが活躍するような平坦ゴールが少なかった今年のブエルタは、彼に向いたゴールが多かったこともアドバンテージになっていたが、何よりもグランツールの空気に臆することなく、その才能を存分に発揮させたのは驚きだった。「3週間でのこの経験が、今後ボクを助けてくれることになるだろう」と、21歳のサガンはマドリードでの勝利の後に語っている。彼の来年の目標はツール・ド・フランスでの活躍だ。ひょっとすると、そのときサガンは白地に5色のラインが入ったジャージを着ている可能性がなきにしもあらず…?!

スキル・シマノの土井が日本人初出場で初完走!

今年のブエルタをいちばん盛り上げてくれたのは、何といってもスキル・シマノに所属する土井雪広が、日本人として初出場を果たしたことだろう。彼の3週間の挑戦は、日本のファンの楽しみを100倍に増やしてくれた。日本人選手の初挑戦は、地元スペインでも注目の的だった。主催者の公式リリースやTVでもしばしば取り上げ、土井もその期待に裏切らないような仕事を連日続けていた。そして第6ステージで、彼はついに逃げグループに加わるという目標も果たした。「グランツールで逃げにのることは簡単じゃないことだった。でもこんなに早く達成できるとは。自分を信じていれば出来るんですね」と、ツイッターで語られた土井の言葉は、大勢の日本人たちに『挑戦する勇気』を与えてくれたにちがいない。 土井が所属するオランダのプロコンチネンタルチーム、スキル・シマノは、主催者招待枠での参加だったにもかかわらず、初日のチームタイムトライアルでUCIプロチームの強豪を相手に区間7位と大健闘。そして第7ステージでは、エーススプリンターのマルセル・キッテルが、チームにグランツール初優勝をもたらした。その勝利に貢献した土井は、まるで自分自身が区間優勝したような喜びをブログにつづっていた。今年の3大ツールでもっとも過酷だったのではないかと言われているブエルタを、初出場で完走した土井の挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。来季はさらに上を目指し、日本のファンをもっともっと喜ばせてほしい。