トピックス

カンチェッラーラの理想を具現化したTREK DOMANE

グランツールの常勝ブランドとして知られるトレックが、クラシックハンターであるF・カンチェッラーラがパヴェを制覇するためのニューモデル「ドマーネ」を発表した。これまでにないレース性能を備えたエンデュランスロードを、ツール・デ・フランドルのコースで体験した。
text●吉本 司/田中苑子 取材協力●トレック・ジャパン

カンチェッラーラの理想を具現化した トレック・ドマーネ

トレックは昨シーズンからチームレオパード(今年はレイディオシャックと合併)をサポートし、A・シュレクとともに10回目のツール・デ・フランス制覇を目指している。同時にこの契約でツール・ド・フランドルとパリ~ルーベという、北のクラシックと呼ばれる世界一過酷なワンデイレースの制覇も照準とした。なぜならそれは、この2つのレースを一昨年に制したもう1人のエース、ファビアン・カンチェッラーラを擁するからだ。 パヴェが次々に現われ、選手とバイクを容赦なく痛めつける北のクラシックには、グランツールと違った性格のバイクが求められる。万能な走行性能で知られるマドンは、パーツの仕様を一部変えればこのレースに対応できるが、トレックではカンチェッラーラの能力を余すことなく引き出すため、ともに一からこのレースを制するためのバイクを開発することに。 そして3年近い開発を経て、今年のフランドルで発表されたのがこの「ドマーネ」だ。車名はラテン語で「王冠」を意味し、“クラシックの王”であるカンチェラーラにちなんで名づけられている。 ********************************************* 3月3日にイタリアで開催されたストラーダ・ビアンキにはコースにダートルートが設定される。 この悪路のレースでカンチェッラーラはドマーネを駆り優勝。その性能の高さを証明してみせた。 *********************************************
開発陣は手始めに北のクラシックを制するバイクに必要な性能を、カンチェッラーラから徹底的にヒアリングした。そして彼が望んだのが「レス・イン・モア・アウト」というキーワード。つまり少ないエネルギーでより大きなパワーを生むバイクである。これは通常のレースにも必要な要素だが、パヴェでの体力の消耗はより激しく、また駆動効率も低下するため、今まで以上に走りの効率性に優れたバイクが必要とされるためだ。 このキーワードに対してトレックは、センサーを装備したバイクで実際にパリ~ルーベの難所とされるアレンベルフをはじめパヴェにおける走行を繰り返し、有限要素法など用いてバイクに加わる衝撃などの要素を徹底的に分析した。 そこから「コンフォータブル」=「快適性」、「ステーブル」=「安定」、「エフィシエント」=「効率」という3つが、カンチェラーラが求める性能を実現するための要素だと考えた。同時にこれらは彼が北のクラシックを制覇するためだけでなく、一般のサイクリストが快適に走るのに有効な性能であると考え、レースからロングライドまで対応できるエンデュランスバイクとしてドマーネを位置づけた。 ****************** トレックのロードプロダクトマネージャーであるベン・コーティス。レオパードやレイディオシャックといった供給チームとの製品テストのやりとりを行なってきた人物で、プロレースの世界を熟知する。 ****************** カンチェッラーラが望む性能を実現する3つの要素へのアプローチの詳細は別項に譲るが、まず快適性向上の「ISO SPEED」(アイソスピード)と「ISO ZOON」(アイソゾーン)という独自の手法を用いた。アイソスピードはシート側とフォーク側の2カ所からなる衝撃吸収システム。中でもシート側はシートチューブがトップチューブから完全に独立して成型され、ピボット部によって接続されるという独創的な構造。ここが起点となりシートチューブのしなりによってバーティカルコンプライアンス(垂直方向の柔軟性)が発揮され、圧倒的な乗り心地の向上に成功しているという。 次に操作性の安定については、ホイールベースの延長やハンドリングなど、安定性を高めつつ推進力をスポイルしない重心位置を考えた新ジオメトリーが採用される。そして効率については「パワー・トランスファー・コンストラクション」という手法により、フレームのパワーラインにマドン以上の剛性を与えることで、レースの勝利に必要とされる優れた反応性など、高い動力性能が追求される。 こうした特殊な新機構を装備しつつも重量増はマドンに比べて100gに抑えられ、フレーム単体で約1050gに仕上げられる。既存のエンデュランスロードの多くは、チューブ形状やカーボン素材や積層の変更により快適性を追求してきた。しかしドマーネは革新的な手法によって、動力性能を失うことなく快適性を進歩させている。間違いなく今後のエンデュランスロードを語るうえで、ベンチマークとなる一台だろう。

トレック・ドマーネ

●フレーム/600シリーズOCLVカーボン(E2、BB90、パフォーマンスケーブルルーティング、デュオトラップコンパチブル、ライドチューンドシートマスト、アイソスピード)  ●フォーク/トレック・アイソスピードフルカーボンE2  ●コンポーネント/シマノ・デュラエース  ●ホイール/ボントレガー・アイオロス5 D3カーボン  ●タイヤ/ボントレガー・R3 700×25C  ●サドル/ボントレガー・インフォームアフィニティRXLチタン  ●ハンドルバー/ボントレガー・レースXライト アイソゾーン OCLVカーボン  ●ステム/ボントレガー・レースXライト *******************************************

独創的なアプローチで優れた快適性と 高い動力性能を実現

Domane’s Key tchnology 1 Iso Speed(For Seat) シートチューブがしなり快適な乗り心地を生む トップチューブからシートステーにかけて流れるようなデザインを施し、シートマストに柔軟性をもたらすコンセプトはマドンを受け継ぐものといえる。しかしドマーネはさらなる快適性を求めてシートチューブとトップチューブを完全に切り離したフレーム形状とした。下のCGのように、2つのチューブは側面からボルトによって固定される。この接続部が起点となり、サドルに荷重が掛かった状態で路面からの突き上げが入ると、シートチューブが後方にしなり乗り心地を高めてくれる。接続部にベアリングは装備されるものの、エラストマーなどの振動吸収体はまったく存在せず、あくまでシートチューブのしなりだけでサスペンション的な効果を生み出す。シートとトップチューブはカーボンレイアップや形状を熟考してペダリングロスとジオメトリーに影響のないしなり幅、さらには耐久性を備えている。これによりトレックのデータでは競合他社の製品に比べて、バーティカルコンプライアンスが2倍上回り、これまでにない快適性が実現されているという。 Domane’s Key tchnology 2 Iso Speed Fork 独自形状で高い乗り心地と横剛性をバランス アイソスピードのもう1つの要素がフロントフォーク。大きなベンドを持つブレードは、路面からの突き上げに対して優れた柔軟性を発揮し、高い乗り心地を生む。このブレードに一般的な向きでエンドを装備すると、オフセットが大きすぎてハンドリングが鈍くなる。そこでエンドを後方に向けて装備してオフセット値を補正し、最適なハンドリングを生んでいる。さらにE2ヘッドチューブの恩恵によりクラウン部は十分なボリュームを持ち、フォーク全体の十分な横剛性が確保される。これらの技術によって乗り心地に優れつつも、レースパフォーマンスを損なわない軽快なハンドリングが実現されている。ちなみに競合他社の有力モデルと比べて、柔軟性で5%、横剛性では30%上回っているという。
Domane’s Key tchnology 3 Iso Zone Handlebar グリップ部の外径をそのままに快適性を確保 ライダーと直接触れるハンドルバーは、まずカーボンの振動減衰特性を利用して快適性を追求。さらにショルダーとドロップ部に専用の振動吸収パッドを装着する構造として、手の尺骨神経にかかる負担を軽減して、パヴェ走行で起こる手のしびれを防ぐ。グリップ部は専用パッドの装備を前提に成型されるので、バーテープを巻いてもパッドを挿入しない通常のハンドルバーと同じ外径が実現される。太いグリップが苦手なライダーや、手の小さな女性にはうれしい仕様だ。 Domane’s Key tchnology 4 Endurance Geometry 超低重心設計によって抜群の安定感を演出 高い安定感を求めて大胆なジオメトリーが採用された。その値はマドンと比べても明確だ。54サイズでホイールベースは28mm長い。驚かされるのがハンガー下がり。80mmはロードバイクでは異例ともいえる値だ。ペダルの種類によっては脚を回しながらコーナを抜けると、地面に接触する可能があるかもしれない。こうした長いホイールベースと低いハンガーハイトによって重心を下げ、なおかつ寝かしたヘッドアングルと大きなオフセットでトレール値を増して直進性を強調。これが安定性に富んだ走りを可能にしている。乗車姿勢に関係するヘッドチューブ長は、マドンのH2よりも少し長めの値に設定され、前傾と起き気味のポジションのバランスを取りやすい。
Domane’s Key tchnology 5 OCLV Carbon ドマーネの性能を支える高いカーボン技術 カーボン素材はマドン6シリーズと同様の「OCLVカーボン600」というグレード。ボイド(空隙)を最小限に抑えて軽さと剛性、そして強度を高次元で維持できる「OCLV」、さらには金型成型後の2次加工を必要とせず、そのままフレーム体を構成できる高精度のカーボン成型技術の「Netモールディング」という独自技術に支えられ、ドマーネの独創的な構造は実現している。
Domane’s Key tchnology 6 Power Transfer Construction 動力性能を高める強固なパワーライン マドンと同様にロワーベアリングに1.5インチ径を採用した上下異径のE2ヘッドチューブ、業界最高幅の90mmに設計されたBB90という、マドンに採用される技術をドマーネは踏襲。この構造を基にカーボンレイアップを見直し、さらにダウンチューブとチェーンステーの外径アップと形状変更により、ヘッドチューブからリヤエンドにかけてのパワーラインにマドン以上の剛性を与えた「パワー・トランスファー・コンストラクション」設計を採用。数字的にはヘッド部が9%、フレーム全体で6%、フォークは30%マドンに比べて剛性が向上している。エンデュランスロードといえば快適性を高めるためにフレーム全体の剛性を落とす傾向が強いが、ドマーネはアイソスピードによりフレームアッパー部とフォーク部に高い快適性を備えるため、パワーラインをより高剛性にすることでレースパフォーマンスをいっさい犠牲にしないきわめて高い動力性能の追求が可能になった。 【吉本 司のインプレッション】 今回の試乗はフランドルのコースで行なわれ、その名所とされるコッペンベルフやオーデクワルモントといったパヴェの急勾配が含まれた。ドマーネの性能を知るには、これ以上ないシチュエーションだ。ベルギーの路面は日本のそれと違って舗装が粗く、亀裂や段差も多く状況は悪い。パヴェを走らずとも、ドマーネの乗り心地の良さは容易に体感できる。まるでタイヤの空気圧を0.2~0.5BAR落としたようなすばらしいフラットライドの感覚がある。 サドルに腰を下ろしてペダリングをすると、路面からの入力の大きさによってはシート部がわずかに動くのがわかる。とはいえ、コッペンベルフのような急勾配で腰を引いた後ろ荷重の状態で低い回転のトルクをかけても、下りで高回転となってもシート部には違和感はなく腰まわりは安定する。試乗前に危惧したペダリングを妨げるネガティブなしなりを感じることはなく、フォームは安定し駆動のロスはない。 フロント側のアイソスピードがまた秀逸だ。ベンドしたブレードが大きな衝撃を全体で吸収し、小さな路面の凹凸は先端が従順に動いて振動を和らげる。前後の優れた振動吸収性によって、普段なら軽く抜重して気を遣うような小さな段差でも、サドルに座って越えてもいいとさえ思わせる。ラフな扱いでもバイクの挙動は乱れにくい。加えて長いホイールベースと低いハンガー下がりによって得られる低重心設計、十分な直進安定性を持つハンドリングの効果によって抜群の安定感を発揮する。パヴェの経験が少ないテスターでも、バイク任せで走っていけるほどの安心感が得られる。 これだけ特徴的なジオメトリーだと、ハンドリングのくせや踏み出しに重さが出そうだが、それは感じない。ハンドリングは直進性が高いものの、軽さも演出されている。試乗を終えるまで詳細なジオメトリーは不明だったが、後に80mmのハンガー下がりと聞いて驚いた。通常これほどの値だと安定感は高まるが、踏み出しはかなり重くなる。しかしそのデメリットはまったく見られず、見事に全体をバランスしている。 そしてフレーム剛性はトレックのデータのとおり、ドマーネのほうがマドンよりも高い印象だ。パワーラインはしっかりとした剛性があるので、ペダリングをしっかり受け止めて推進力に変える。でも不快な硬さがないのはマドンに共通する感覚だ。したがって低速から高速まで、上りから平坦路まで、不満のない加速性能が楽しめる。巡航性能も高い。厳密に言えばマドンのほうが車重は軽く、ジオメトリーも違うので俊敏性は上だ。しかしドマーネとの差はきわめて小さく、その動的性能は一線級のレースバイクにまったく引けをとらない。 エンデュランスロードといえば加速よりも巡航性能の楽しさで勝負するモデルが多いが、ドマーネはそれらと一線を画す。加速がじつに楽しく、恐ろしく攻撃的な走りができる。おそらくホビーレベルの脚力なら、多くの場面でドマーネの性能で事足りるし、長距離ライドや厳しい路面状況であればドマーネのほうがより楽に、速く、楽しく走れるだろう。これほどドマーネが高性能だと、今後マドンのユーザーをかなり奪う可能性もありそうだ。したがってマドンが次にどう進化をするのかも見物である。

プロジェクトワンと 限定車の6.2が販売される

ドマーネ6シリーズはカラーやパーツを選べるトレック独自のオーダーシステム、プロジェクトワンで注文が可能。最も手ごろな完成車は46万7000円から。現時点でフレームセットの販売はないが、今後は予定している。そして限定販売されるのが、シマノ・アルテグラのコンポとボントレガー・レースXライトのホイールを装備した「6.2」だ。カラー(シートマスト部分はホワイトカラーになります)は写真のホワイト×ブラック。価格は49万9000円。サイズは52と54のみ。すでにプロジェクトワン、6.2ともに発売が開始されている。 プロジェクトワンウェブサイト *惜しくも完走ならず……カンチェッラーラのドマーネ詳細はサイクルスポーツ5&6月合併号で! *********************************************

問い合わせ先

トレック・ジャパン
0798-74-9060
http://www.trekbikes.co.jp