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全日本選手権ロード、男子エリートはチーム右京の畑中が悲願の初タイトル

レース
6月25日(日)、3日間で行われた全日本自転車競技選手権大会ロード・レースもいよいよ最終日。前日までとは違い、天気は曇り。前日はきれいに稜線が見えていた階上岳全体に靄がかかり、スタート前は少しばかりの肌寒さも覚える。この日に行われるのは男子エリートのロードレースのみだ。前日にU23や女子エリートで走った1周約14kmのコースを15周する総距離210kmで競われる。
text&photo●滝沢 佳奈子

 

波乱の幕開け、チームそして個人の力が試される

青森県出身の石橋が青森県階上町の浜谷豊美町長とスタート前に握手を交わす
青森県出身の石橋が青森県階上町の浜谷豊美町長とスタート前に握手を交わす
ディフェンディングチャンピオンの初山がスタートラインに並ぶ。1周回目の落車により、これ以降の走る姿を見ることはできなかった
ディフェンディングチャンピオンの初山がスタートラインに並ぶ。1周回目の落車により、これ以降の走る姿を見ることはできなかった
後方での落車を免れた選手たちが先行する。NIPPOの窪木一茂が単独で出るがすぐにつかまってしまう
後方での落車を免れた選手たちが先行する。NIPPOの窪木一茂が単独で出るがすぐにつかまってしまう
今年は3年ぶり6度目の出場となるトレック・セガフレードの別府史之や海外で活躍するNIPPO・ヴィーニファンティーニの面々、ディフェンディングチャンピオンの初山翔の連覇に期待がかかるブリヂストンアンカーサイクリングチームなどに注目が集まった。
会場となった青森県階上町の浜谷豊美町長が青森ジャージを着てスタート地点に選手たちと一緒に並び、パレードランにも参加した。朝8時、定刻になると各々の思いを胸に秘めた全119人がスタートを切った。

しかし、レースは1周目から波乱の幕開けとなってしまう。周回コースは、大きく見ると上りが2つある。その内の2つ目の下りで大落車が発生。集団の20番手前後に位置していたブリヂストンアンカーの堀孝明の落車をきっかけとして後ろのほとんどの選手が巻き込まれてしまった。
チームメイトである堀の真後ろに位置していた前年度チャンピオンの初山は、堀の自転車が飛んできたことによって退路を塞がれ、その自転車に乗り上げる形で落車をしてしまい、鎖骨を骨折。宇都宮ブリッツェンのエースの一人でもある岡篤志もこの落車に巻き込まれて鎖骨を骨折し、リタイヤ。
さらにその後方のほとんどの選手が巻き込まれたことによって早々にレースを切り上げざるをえない状況に陥ってしまった。

切れるカードを大きく失ってしまった集団は、細かい単独でのアタックが繰り返される。NIPPO・ヴィーニファンティーニの窪木一茂やブリヂストンアンカーの石橋学なども単独で抜け出そうとするが集団は容認しない。
そんな中、2周目に東京ヴェントスの高木三千成が単独で抜け出し、集団はそれを容認。その差は30秒から1分程度まで広がる。しかしその逃げも4周目の約10km地点、登切T字路で集団につかまった。続いて飛び出したのはシマノレーシングの西村大輝。すかさずシマノのメンバーが集団のコントロールに入る。しかしこれも6周目のところで集団がキャッチ。
 
2周目でヴェントスの高木が単独で抜け出す。集団との差はおよそ1分前後
2周目でヴェントスの高木が単独で抜け出す。集団との差はおよそ1分前後
5周目で飛び出したシマノの西村が飛び出す。こちらも30秒ほどのタイム差しかつかず
5周目で飛び出したシマノの西村が飛び出す。こちらも30秒ほどのタイム差しかつかず
シマノが集団のコントロールに入り、少しの間ゆったりムードに
シマノが集団のコントロールに入り、少しの間ゆったりムードに
レースがさらに動きを見せたのは8周回目。2回目の上り始めのところで集団先頭にいた椿大志(キナンサイクリングチーム)がスルスルッと前に出る。それが小集団を作り出すきっかけとなった。

集団からは逃げに乗ろうと窪木やシマノの秋田拓磨、愛三工業レーシングの早川などがブリッジをかけようとする。さらにメイングループからは、抜け出したい西薗良太(ブリヂストンアンカー)や鈴木譲(宇都宮ブリッツェン)なども様子を伺う。誰の目にも明らかな別府の強さは集団に牽制を生む。どこのチームも思惑として、別府に脚を使わせておきたいのだ。NIPPOは別府に前を引かせようとする。

別府は、「大きな逃げを作らないように自分でほぼ全て潰してたんで、レースの平均スピードを上げることを意識して走ってたのは確かですね」と振り返る。その中で集団から抜け出し、前にいる椿と合流できたのは、宇都宮ブリッツェンの雨澤毅明、リオモベルマーレレーシングチームの才田直人、ブリヂストンアンカーの鈴木龍であった。

ブリッツェンとしては、「雨澤が4人で逃げに行ったっていう部分で、本人は前待ちになったから良かったとは言ってたんですけど、個人的には一気に駒が減った感はちょっと。本当は逆が良かったです。自分が前に行って、雨澤がメイン集団の力勝負でっていう形が取れれば良かったんですけど、ちょっとタイミングで雨澤が動いたのが決まっちゃったなぁって感じですね。」と鈴木譲が話す。
抜け出した8周回目完了時の集団とのタイム差は35秒。9、10周回目ではおよそ2分のタイム差をキープした。
 
キナンの椿が8周目の上り始めのところで集団から抜け出る
キナンの椿が8周目の上り始めのところで集団から抜け出る
集団から抜け出した雨澤、椿、才田、鈴木龍の4人
集団から抜け出した雨澤、椿、才田、鈴木龍の4人
上りで試しにペースアップをはかったNIPPOが集団先頭に
上りで試しにペースアップをはかったNIPPOが集団先頭に
しかし11周回目の上りでNIPPOの小石祐馬と中根英登が組織的にペースアップを開始すると、先頭にいた4人が吸収される。さらにこれによって集団がばらけ、なんと別府も遅れることに。
別府は、「上りはテンポでイーブンペースで上った」と話す。想定以上の集団のばらけ具合に、ペースアップをする前に小石と話をしていた小林海は、「ミスったな、こんだけ脚あるんだったら最後に使えば良かった。上りでの脚はどう考えても僕が一番あったと思うし」と振り返った。

12周目、別府を置いていくことに成功した集団はさらに前へ前へと展開する。森本誠(イナーメ信濃山形)、湊諒(シマノレーシング)、鈴木龍が集団から飛び出し、さらにその後ろから土井雪広(マトリックスパワータグ)、畑中勇介(チーム右京)、才田がジャンプ。6人の集団となる。
この時飛び出した森本は、「ちょっと途中夢を見られましたけどね。残り3周が長かったですね。最後もうちょっとやれれば面白かったんですけどね。まぁでも力ですよね」とうなだれた。上りで積極的に仕掛けていたNIPPOはこの逃げに乗ることができず、前を追うことに。

13周目に入ると、先頭の逃げているメンバーの中でも引ける選手引けない選手、戦略的に引かない選手が出てきてスピードが上がらない。業を煮やした畑中は2つ目の上りきりで「飛び出してたのにこれはもったいないから行こう」と、単独で飛び出した。

 
上りで遅れた別府はTTペースで前を追う
上りで遅れた別府はTTペースで前を追う
12周回目で飛び出した森本、鈴木龍、湊の3人
12周回目で飛び出した森本、鈴木龍、湊の3人
その後ろからジャンプした土井、畑中、才田(写真畑中の後ろ)
その後ろからジャンプした土井、畑中、才田(写真畑中の後ろ)
14周目に入ったところで畑中と追走集団との差はおよそ30秒ほど。1分ほどの差があれば別府が後ろから追いついてきても勝てると考えていた畑中。追走集団からは才田が落ち、チーム右京の平塚吉光、シマノの入部正太郎が追いついてきた。

追いついた入部は追走集団から抜け、単独で畑中を追う。しかしなかなか畑中の背中を捉えることができない。後ろでは追走集団に小石がブリッジをかけ、追いつくと、ここは先頭ではないと聞かされるが、一人で行ってるだけと分かると、「じゃあまぁどうでもいいやって。ブリヂストンも2人、3人いましたし。(さらに後ろから小林が)追いついてくる可能性あるからあえて引く必要もないし。一人だったからそれが逃げ切るなんて思わなかった」と考えた。

しかし、畑中との差は縮まるどころが広がっていく。追走集団にいたメンバーがのきなみ14周目のラップタイムを落とす中で、畑中は前の周回よりもペースを上げる。最終周回に入る前でスピードが落ちた追走集団に別府や小林も合流することに。畑中を追う集団に別府が入ったことで、そのまま一緒についてこられたら勝ち目がないとさらに牽制が入る。そして最終周回に入った時のタイム差はおよそ2分にまで広がった。


畑中の後ろの追走集団ではアタック合戦が始まっていた。そんな中で1つ目の下り、ラスト8km地点で別府が落車とメカトラに見舞われてしまう。これで表彰台も無理か、と会場のほとんどが考えたであろう。しかし、驚異的な速さで集団に復帰し、集団先頭で自分の順位も関係なく追ったという別府。

2位狙いに切り替えたシマノの木村圭佑はこう話す。「あれはもう(追いつくのは)無理でしたね。畑中さんが強くて、もうみんな2位狙いになったんですけど、2位でも価値あるもんだと思って。もう回らなくなったので、シマノとしては畑中さんの後ろに最終周回で別府さん、入部さん、西村がいて。なので僕はもう後は集団で冷静にチェックするだけでした」。
 
単独で逃げる畑中。集団との差はどんどん開いていく
単独で逃げる畑中。集団との差はどんどん開いていく
14周目で畑中を追うために集団先頭を引く小石
14周目で畑中を追うために集団先頭を引く小石
最終周回で落車をしたにも関わらず圧倒的なスプリント力で2位をもぎ取った別府
最終周回で落車をしたにも関わらず圧倒的なスプリント力で2位をもぎ取った別府
畑中は最終周回でのタイム差を聞いて、相当驚いたそうだ。しかしラスト2kmでまだ2分差があると聞いても、落車するかもしれないし、パンクするかもしれないし、足が攣って踏めなくなるかもしれないし、と不安だったという。
「最初飛び出した時は追いつかれてもいいかなと思ったんです。ただうまく追いつかれても僕はスプリントできるんでって思ってたんですけど、2分に開いたときに独走で完全に決め切ろうと思いました。」と話す。最終周回に入って、人数がまとまったにも関わらず畑中を追おうにもほとんどが脚を残していない状態で前を引くことができない。
小林は、「僕は畑中さんにすぐ追いつくものだと思ってたんですよ。だから最後まで最後までうまく脚溜めて、上りで踏めばいいだろうと思ってただけなんで。まぁ判断ミスですね」と語る。

トラブルもなく、独走のままラストの直線で見えた畑中は嬉しさと安堵が入り混じったような表情をしていた。ライン手前で大きなガッツポーズをすると、噛み締めるようにゴールラインを切った。

2位争いは、シマノがトレインを組んで先行し、発射された木村の後ろにいた別府が間をすり抜けてそのままスプリント。最後の最後まで格の違いを見せつけた。
昨年と同じ3位に入った木村は、「優勝は逃したんですけど、そのあとのシマノのチームが強くて、僕は最後きっちり2位を取ろうと思ったんですけど、最後別府さんにまくられて……。でもチームメイトさまさまで、僕は最後もがいただけでした。」とチームの強さを強調した。
 
独走での勝利を果たした畑中が雄叫びと共にゴールラインを切る
独走での勝利を果たした畑中が雄叫びと共にゴールラインを切る
チーム全体で強さを見せたシマノの木村と秋丸が健闘をたたえ合う
チーム全体で強さを見せたシマノの木村と秋丸が健闘をたたえ合う
勝つことができなかった悔しさでいっぱいの雨澤
勝つことができなかった悔しさでいっぱいの雨澤
レースの展開について振り返る小石と小林
レースの展開について振り返る小石と小林
結局119人中、完走できたのは20人と、前日に引き続き厳しいサバイバルレースとなった。久しぶりに全日本を走った別府も、「全体的に若い選手たちが頑張ってたんじゃないかな」と評する。
続けて、「前半ふるいにかけて、結構ハードなレース展開にしてたんですけど。例えばシマノの子たちも元気良く走ってたし。若い子たちの成長とか見てても、いいイメージで走ってたなと。このくらいだと楽しみですね。でもまだまだ体力が足りないな。もっとトレーニングして経験積んでほしいなと思いますね。」とコメントした。
また、そもそも全日本に参加しようと思ったきっかけはなんだったのかを聞くと、「最近、若い子たち口ばっかりなんで、それを自分の走りで見せたかったな、と。本当は勝てれば良かったですけど。でもいいメッセージになったかなと思います。」と話した。

レースを走る前の調子については、「ベストコンディションで臨んだレースで、全て準備して臨んだ結果だったんで、やるだけやったって感じですね。」と語った。次のレースの予定に関しては、「ツール・ド・ポーランドっていうポーランドのレースを。シーズン後半レース結構たくさんあるんで、それに向けてチームのトレーニングキャンプなどその他もろもろ走って、まぁでもコンディションいいんで、シーズン後半に向けて。次の日本のレースは多分ジャパンカップになるんで、コンディション整えながら頑張りたいですね。」と意欲を示した。

チーム右京がレースの拠点を海外に移してから初めての全日本出場となった畑中。「めっちゃめちゃ嬉しいです。でも普段の練習はもっともっと追い込んでるんで、いけると思いました。」と余裕をのぞかせる。オスカル・プジョルなど、強い選手と共にレース活動をしていく上で、食べ物やトレーニングに関して学ぶことは多いという。
「僕このレース大嫌いです(笑)! 緊張するんで。1週間前までは、これ着たらもう辞めてもいいくらいの勢いでそれくらい緊張してやってました。僕自転車レース大好きなんですけど、緊張したくないです。でもそれくらいずっと欲しかったです。」と話す。

毎年目標にする全日本へのモチベーションについて昨年の結果で変化が生まれたという。「別府さんとか新城さんが勝ってたときは、先輩で強い人たちだしって感じになっちゃってたのかな。でも去年初山が着たのがでかいですね。去年初山がレース後に言ってたのを思い出しました。『僕がこのレースで一番強かったわけではないけど、でも勝ったのは俺だ』っていうのを。それって確かに自転車レースらしさじゃないですか。」と自転車レースの面白さ、深さを改めて浮き彫りにしてくれた。
 
いろいろな思いが交錯した全日本は畑中の優勝で幕を閉じた
いろいろな思いが交錯した全日本は畑中の優勝で幕を閉じた

第86回全日本自転車競技選手権大会ロード・レース リザルト

男子エリート
1位 畑中 勇介(チーム右京) 5時間32分46秒
2位 別府 史之(トレック・セガフレード) +1分43秒
3位 木村 圭佑(シマノレーシング) +1分44秒
4位 鈴木 龍(ブリヂストンアンカーサイクリングチーム) +1分44秒
5位 西村 大輝(シマノレーシング) +1分45秒
6位 早川 朋宏(愛三工業レーシング) +1分45秒