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リオデジャネイロパラリンピック 大会を振り返って各選手のコメント

レース
日本チームの選手とスタッフ。
全競技終了後、各選手に大会を振り返ってもらった。コメントは個別インタビューおよび18日に行われたメダリスト記者会見から。なお石井雅史(写真前列中央)は、このリオ大会をもってパラサイクリングの競技の第一線から退く意思を表明している。

石井は2006年、IPC(国際パラリンピック委員会)からUCIへパラサイクリングの統括権移管が正式決定した年に、パラサイクリングの世界大会にデビュー。脳外傷で競輪選手からの引退を余儀なくされ模索に苦しんでいた。そんな「自転車選手」石井の歩みと、障害者のスポーツから「エリートの自転車競技」へとパラサイクリングを変貌させるべく大改革を急ぐUCIの10年の軌跡は、見事にそのベクトルを重ねていくことになる。
1kmTT世界新、北京パラリンピックでの金銀銅トリプル獲得、2009年の落車重傷後現在までの復活への努力。石井のフィジカル面のみならず、競技への深い愛情や姿勢、海外のコミュニティでも通用する普遍的な競技観や社会性、誠実でオープンな人間性も「本番での強さ」につながった。「障害者が自転車に乗る」といううわべの形だけでない「ほんとうのパラサイクリング」を目指し、日本のみならず世界のパラサイクリングの歴史の一時代を牽引してきた選手の一人、それが石井であった。
 

藤田征樹「チーム、家族、職場などたくさんの皆さんの犠牲と支えがあってのメダル。胸を張っていい結果だと思っている」

ロードタイムトライアル[男子C3]表彰
個人追抜は率直に悔しい。トレーニングでは出せても本番で2、3位のタイムを出せなかったのは、力はついてもまだ未熟ということ。序盤がオーバーペースだったのが響いた。トラックがどういう結果であってもロードに気持ちを持ち越さない、ということは前から言っていて、チームスプリントのあとは、クールダウンもせずすぐにロードタイムトライアルに向けたトレーニングを始めた。

ロードレースでは、平坦の1周目で前の選手が落車、後続選手に追突されてチェーンが外れ、自転車をおりて直さなければならず先頭集団からは遅れてしまった。第2集団を作ってその中で先頭を追ったが、最終的にその差を縮めることができなかった。

 勝つという目標を持って臨み、結果としてロードタイムトライアルでメダルを獲得することができた。チーム、家族、職場などたくさんの皆さんの犠牲と支えがあってのメダル。胸を張っていい結果だと思っている。

レースで得たデータを活用しながらトレーニングをやってきたことが今回男女のメダルにつながっているとは思う。ただ、科学的トレーニングとよく言うが、やっていること自体は持久力やパワーといった自転車競技のトレーニングとしては基本的な要素の積み重ねだ。北京もロンドンもそうだったが、この期間の気持ちの浮き沈みがあって、泣く日もあれば喜ぶ日もある、これがパラリンピックだな、と。今までの大会より自分の成長を濃く感じることができ、人間としても選手としても強くなれる手応えを感じた。
 
ロードタイムトライアル[男子C3]順位
男子ロードレース[男子C1-3]先頭集団、山岳の1周目
山岳1周目の藤田

鹿沼由理恵「悔し涙も嬉し涙も流し、次に続くいい経験ができた」

14日、ロードタイムトライアル[女子B]表彰。鹿沼(左)、田中(右)ペア
狙っていた個人追抜では、(メダルを穫れなかったという)結果以上に、自分たちの走りができなかった悔しさがあった。それをばねにロードタイムトライアルを迎えられたのは、(パイロットの)田中選手がいたから。結果を田中選手とともに残せたことを、うれしく思う。

練習に科学的トレーニングを導入したことで、数値での成果を確認しつつ、苦しいときは1カ月前、数週間前と比べて数値で上がっている、と確認することができた。今回のロードタイムトライアルのコースは片道約8kmの往復で、8kmを何分ぐらいという値を決めて踏み続けられ、大きな強みになった。

ロードタイムトライアルでは、ギアが変わらないというメカのトラブルがあったが、そのまま走り続けたことが逆にいいパフォーマンスのきっかけになった。

悔し涙も嬉し涙も流し、次に続くいい経験ができた。

これからのこととしては、タンデムが走れる県が増えて、出られるレースも増え、参加選手が増えればいいと思う。
 

田中まい「自分を支えてくれた人たちに、早くメダルを触ってもらいたい」

大きい舞台に立っていい経験をさせてもらっている。自分のハンドル操作や技術面が関わってくることにプレッシャーを感じながら、練習でも息をあわせて頑張ってきた。個人追抜では悔しい思いをしたが、ロードで鹿沼さんの夢であるメダル獲得ができてほっとしている。自分がこの3年やってきたことを、また本業の競輪につなげていきたい。日本に戻ったら、自分を支えてくれた人たちに、早くメダルを触ってもらいたい。
 
13日、ロード公式練習
17日、ロードレース[女子B]

石井雅史「最後にライバルたちと同じ空気を吸って、選手としてはこれ以上ないという思いでレースを終えることができた」

ロードレース[男子C4-5]集団から一定距離を保ち単独で走る石井
1000mタイムトライアルは、力を出し切ったので悔しいという思いはない。個人追抜は目標タイムには少し届かなかったが、1000mをメインに練習をしてきたので、5分台でなくよかったという気持ち。降格になったチームスプリントは、全く練習できずぶっつけ本番だった。自分が差し込んでちょっと車輪が重なってしまい、力がどうこうでなく合わせられなかったのは心残りだ。

ロードタイムトライアルは、風に負けてしまい2周目は30km台までメーターが落ちていてつらかった。力の通りの結果。イェリ・ボウシュカ(チェコ)に2分差をつけられたのは悔しいと思った。(石井のパラサイクリングの国際大会デビュー以来)10年、一緒に走ってきたライバルなので。

ロードレースは、複視の症状が出て厳しかったけれど、集団に入らずできるだけ前へ前へと心がけたが、(平坦の)2周で脚が振り切れてしまった。山を上りきったところで、権丈さん(監督)の指示でやめた。気持ちはすっきりした。リオの方々の声援を受けて、最後にライバルたちと同じ空気を吸って、選手としてはこれ以上ないという思いでレースを終えることができた。選手冥利につきる。

これからは強化に軸足を移し、自転車の危険なところも勉強してもらいながら、新しい人を育てていきたい。
 

川本翔大「自己ベストを出すことができず、めちゃめちゃ悔しかった」

ロードタイムトライアル[男子C2]スタートする川本
パラリンピックに初めて出て、いい経験をさせてもらった。ロードでは全然追い付かなかったが、完走するという目標を達成できてよかった。トラックでは、同じクラスの選手が表彰台に上がっているのを見て、その場に立ちたいと思った。自己ベストを出すことができず、めちゃめちゃ悔しかった。この悔しさを忘れずに今後の人生に生かしたい。今後の生活やスポーツの世界でも役に立ついい大会だった。今はまだ2020年の東京のことは考えていないが… 頑張ります。

【Photo & text: Yuko SATO】