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ファウスト・コッピ没後50年

レース

イタリアでは1月2日は、伝説のカンピオニッシモ、ファウスト・コッピの命日にあたる。今年は没後50年ということで、彼の生まれ故郷であるピエモンテ州のカステラニア、ノヴィ・リグレ(コッピ博物館がある)、トルトーナ(コッピはここの病院で亡くなった)では、盛大なセレモニーが行われた。セレモニーにはフランチェスコ・モゼール、ジャンニ・モッタというチャンピオンや、コッピのアシストだった選手たち、そしてイタリア国内だけでなく、フランスやスイスからも大勢のファンが集まった。コッピは1960年のこの日、レースで訪れたアフリカのブルキナファソで患ったマラリアが原因で、40歳という若さでこの世を去った。没後50年経った今でも、イタリアスポーツ史上最高のチャンピオンとして慕われているコッピは、ジロ・デ・イタリア5勝、ツール・ド・フランス2勝。世界チャンピオンにも1度なり、そのキャリアには第二次世界大戦で自転車競技が行われなかった時期があるにもかかわらず、通算122勝という偉業を成し遂げている。

イタリアのガゼッタ・デッロ・スポルト紙では、昨年末にコッピの偉業を10話掲載。その中でもっとも偉大だと思う偉業を、読者に投票してもらうキャンペーンを行った。1月2日までに5279人の読者が投票した結果、46.7%という圧倒的な支持を得て最高の偉業に選ばれたのは、1949年のジロ・デ・イタリア、クネオ~ピネローロ間の物語だった。それは6月とは思えない寒い1日で、254kmのステージには、まだ雪の残るマッダレーナ、バール、イゾアール、モンジネブロ、セストリエールの5つの登坂が含まれていた。コッピはこの過酷な山岳ステージで、192kmという信じられないような大逃げを決め、ライバルのジーノ・バルタリに11分52秒という大差を付けてマリア・ローザを手中に収めた。そしてそのまま3度目のジロ制覇を成し遂げ、伝説を作ったのだった。

ガゼッタ紙が行ったコッピ偉業物語の投票結果は以下の通り。

■1949年 ジロ・デ・イタリア「クネオ~ピネローロ、単独登坂の192km、伝説に向かって」…46.7%

■1952年 ツール・ド・フランス「ラルプ・デュエズを制したイタリアの鷲の飛翔」…15.1%

■1946年 ミラノ~サンレモ「逃避行の150km、14分の大差」…11.4%

■1953年 ジロ・デ・イタリア「ボルツァーノ~ボルミオ、コブレを凌駕して5度目のマリア・ローザ」…9.7%

■1950年 パリ~ルーベ「石畳の地獄で敵はなく」…4.5%

■1949年 ツール・ド・フランス「コルマール~ナンシーのTT、敵陣での偉業」…3.8%

■1953年 世界選手権「ビンダが導いた世界選での勝利」…3.7%

■1948年 ジロ・ディ・ロンバルディア「ギザッロでの魔法のようなアタック」…2.9%

■1940年 ジロ・デ・イタリア「フィレンツェ~モデナ、カンピオニッシモ最初のマリア・ローザ」…1.3%

■1950年 フレッシュ・ワロンヌ「唯一人命令する男の30度目の勝利」…1.0%