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CYCLE SPORTS.jpが選ぶ 2017年10大ニュース・ロードレース編

2017年の海外ロードレースは、ビッグネームの引退が続いたが、若手選手の活躍も際立ち、来シーズンへの楽しみが増えた年でもあった。
photo : BettiniPhoto©2017 / LaPress

オランダのドゥムランがジロ・デ・イタリアで初優勝

ミラノのドゥオーモを背に、優勝トロフィーを掲げたオランダのドゥムラン
 
5月のジロ・デ・イタリア(UCIワールドツアー)で、オランダのトム・ドゥムラン(チームサンウェブ)が総合初優勝を果たしたのは、2017年シーズン最初のビッグニュースだった。

26歳のドゥムランはミラノにゴールした最終日の個人タイムトライアルで、マリア・ローザを着たコロンビアのナイロ・キンタナ(モビスターチーム)を打ち負かし、53秒差をひっくり返して逆転優勝を演じた。


今年のジロは100回大会という記念の年で、しかも長い歴史の中でオランダ人がマリア・ローザを祖国に持ち帰ったのは初めてだった。オランダには、前年にスティーフェン・クラウスウェイク(チームロットNL・ユンボ)が総合優勝に片手をかけたにもかかわらず、落車で失ってしまった苦い経験を味わっていた。

ドゥムランも初タイトル獲得には苦戦した。彼は第10ステージで競われた最初の個人タイムトライアルで区間優勝し、一度はマリア・ローザを手中に収めていたのだが、第16ステージの最後の峠越えでトイレストップをして集団から遅れてしまい、かろうじて総合首位の座は守ったものの、個人タイムトライアルで稼いだ2分のタイム差をあっさり失ってしまったのだ。

そして最終日の2日前に、ドゥムランは頂上ゴールでメイングループから脱落し、キンタナにマリア・ローザを奪われてしまった。もし、そのまま敗北していれば、彼は一生トイレストップでジロを失った選手として笑い者になっていたかもしれない。しかし、彼にはまだ最終日に名誉挽回のチャンスが残されていた。

最終日の逆転優勝では、プレッシャーは計り知れないものだっただろう。だが、ドゥムランはその重圧をはねのけ、得意の個人タイムトライアルでマリア・ローザを奪い返すことに成功した。そしてミラノのドゥオーモ広場の表彰台で、彼はチームメートたちと初優勝を祝ったのだ。
 
得意のタイムトライアルがドゥムランを勝利へと導いた
コロンビアのキンタナはジロ2勝目をドゥムランに阻まれた

世界チャンピオンのサガンがツール・ド・フランスでまさかの失格

問題となっているツール第4ステージのゴールスプリント (photo : TDW/BettiniPhoto©2017)
 
今年のツール・ド・フランスでは、世界チャンピオンのペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)が、6年連続でポイント賞のマイヨ・ベールを獲得できるかどうかが注目されていた。ところが彼は、第4ステージのゴールスプリントで右後方を走っていた英国のマーク・カヴェンディッシュ(チームディメンションデータ)を転倒させたとして、今年のツールを失格になってしまった。


サガンと所属チームのボーラ・ハンスグローエは、取り消しを求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴えたが、すぐに却下されてしまった。

サガン側はCASの決定を不服としてUCIと闘う姿勢を崩さず、12月にはCASの公聴会も開かれる予定だった。しかしUCIは、公聴会が開かれる前に、問題の落車は「不幸で予測不可能なレースの事故」だったと発表し、サガン側と和解した。

この発表を快く思わなかったのは、今回の落車の犠牲になって負傷し、第4ステージでツールをリタイアしたカヴェンディッシュが所属するチームディメンションデータだ。ツールの区間で通算30勝しているカヴェンディッシュには、ベルギーのエディ・メルクスが持つ34勝の区間最多優勝記録を塗り替える期待がかけられていた。

サガンは当初チームディメンションデータからのアピールにより、スプリントで違反があったと判断されて失格になっていた。今回の和解でそれが取り消されるということは、チームディメンションデータのアピールが無視される形になる。あちらを立てればこちらが立たず、という訳だ。

サガンのツール失格事件の教訓により、UCIは来シーズン、UCIワールドツアーの主要イベントでコミッセール・パネルを支援するために、特別なビデオ専門家による『サポート・コミッセール』を導入するつもりだと発表している。

 

フルームがブエルタ・ア・エスパーニャの検査でサルブタモール陽性

ドーピング陽性でブエルタ総合優勝が剥奪されれば、ツールとブエルタでのダブル勝利を称えたこのトロフィーは幻となる (photo : Luis Angel Gomez/BettiniPhoto©2017)
 
今年も残りわずかとなった12月に、最悪のニュースが飛び込んできた。9月のブエルタ・ア・エスパニャー(UCIワールドツアー)で行われたアンチ・ドーピング検査で、総合優勝した英国のクリストファー・フルーム(チームスカイ)が、サルブタモールで陽性になっていたことが発覚したのだ。

サルブタモールは喘息薬の一種で、フルームはチームドクターの助言を受けて規定量を使っていたと主張しているが、9月7日のブエルタ第18ステージ終了後に実施された尿検査で、彼の検体からはWADA規定が上限としている 1000ng/ml の倍にあたる 2000ng/ml が検出された。

しかもフルームは、ノルウエーのベルゲンで開催されていた世界選手権期間中(9月20日)に通知を受け取っていて、さいたまクリテリウムで来日した時には、すでに自分がブエルタで陽性になったことを知っていた。

12月にこのスキャンダルが発覚した時にはBサンプルの分析も終了してAサンプルの検査結果は確定しており、UCIアンチ・ドーピング規則に沿ってフルームに対する懲罰手続きは進められている。彼のブエルタ総合優勝剥奪はかなり濃厚だ。それが決定すれば、今年のブエルタ総合優勝は、2位になったイタリアのヴィンチェンツォ・ニバリ(バーレーン・メリダ)が繰り上げ優勝になる。

問題は、フルームがどの程度の処分を受けることになるかだ。2014年のジロで、同じサルブタモールの陽性になったイタリアのディエゴ・ウリッシ(UAEチーム・エミレーツ)は、9カ月の資格停止処分を下されたが、当時の彼の弁護士は、フルームは下手をすると2年の処分を受けるかもしれないと言っている。
 
フルームは今年のツールで4度目の勝利を収めたが、来年は出場できないかもしれない… (photo : TDW/BettiniPhoto©2017)
フルームはベルゲン世界選の個人タイムトライアルで3位になっていた (photo : Luca Bettini/BettiniPhoto©2017)

イタリアのスカルポーニがトレーニングで交通事故死

ツアー・オブ・アルプス第1ステージで区間優勝したスカルポーニ (photo : Roberto Bettini/BettiniPhoto©2017)

イタリア人クライマーのミケーレ・スカルポーニ(アスタナプロチーム)が、4月にトレーニング中の交通事故で命を落とした。彼はまだ37歳で、幼い双子の息子がいた。

スカルポーニは2011年のジロで総合2位になったが、スペインのアルベルト・コンタドールがクレンブテロール陽性事件で総合優勝を剥奪されたため、繰り上げで優勝していた。2014年からはカザフスタンのアスタナプロチームで走り、ヴィンチェンツォ・ニバリの山岳アシストとして活躍していた。

スカルポーニは事故の前日までイタリアのトレンティーノ地方で開催されていたツアー・オブ・アルプス(ヨーロッパツアー2.HC)に出場し、第1ステージで優勝してリーダジャージを着用。最終的には総合4位になっていた。彼はジロでアスタナプロチームのエースを務めることになっていたため、ツアー・オブ・アルプスが終了したその日のうちにイタリア中部マルケ州にある自宅へと戻り、翌朝トレーニングに出て事故に遭ってしまったのだ。

事故当日はベルギーのリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ(UCIワールドツアー)前日で、午後にはチームプレゼンテーションが行われたが、アスタナプロチームは欠席した。翌日のスタート前には追悼式が行われ、アスタナプロチームが最前列に並んで黙祷をし、スカルポーニの死を悼んだ。

地元のサッカー・スタジアムで行われた葬儀には、5000人が参列してチャンピオンを見送った。その模様はガゼッタ・デッロ・スポルトの公式サイトで全世界にライブ中継されていた。アスタナプロチームは、100会記念大会のジロでエースを務めるはずだったスカルポーニの代役は立てず、1人少ない8人でスタートした。

来年のジロでは、アッシジをスタートしてオシモにゴールする第11ステージがスカルポーニに捧げられ、コース終盤には彼の故郷フィロットラーノを通過することになっている。

 
ツアー・オブ・アルプス初日に区間優勝したスカルポーニはリーダージャージも着用していた (photo : Luca Bettini/BettiniPhoto©2017)
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュのスタート前に黙祷が行われ、チームメートたちが最前列でスカルポーニの死を悼んだ (photo : Luca Bettini/BettiniPhoto©2017)

ベルギーのボーネンがパリ~ルーベを走って現役引退

4回制したパリ〜ルーベが、ボーネンの現役最後のレースになった (photo : Roberto Bettini/BettiniPhoto©2017)
 
自転車王国ベルギーにとって、今シーズン最大のニュースは36歳のトム・ボーネン(クイックステップフロアーズ)が4月のパリ~ルーベ(UCIワールドツアー)を最後に現役を引退したことだった。

ボーネンは2002年に米国のUSポスタルサービスでプロデビューし、翌年からパトリック・ルフェーブルがチームマネージャーを務めるベルギーチームへ移籍し、引退までの15年間を過ごした。彼は石畳のクラシックが得意で、地元のロンド・バン・ブラーンデレン(ツール・デ・フランドル)は2005年、2006年、2012年の3回、フランスのパリ~ルーベは2005年、2008年、2009年、2012年の4回制し、いずれも最多優勝を記録している。

トップスプリンターとしてツール・ド・フランスでも活躍し、通算6勝をマーク。2007年にはポイント賞のマイヨ・ベールも獲得した。そして2005年にはスペインのマドリードで開催されたロード世界選手権を制し、アルカンシエルも手中に収めた。

『トルネード・トム』と呼ばれた最盛期は過ぎていたものの、昨年は3勝し、パリ~ルーベで2位、カタール世界選で3位になって表彰台へ上がっていた。

そして現役最後のシーズンと決めた今年も、1月にアルゼンチンで開催されたブエルタ・ア・サンフアン(アメリカツアー2.1)で区間優勝し、ディスクブレーキを使用してロードのUCIレースで優勝した最初のプロ選手にもなった。

しかし、クラシックでは有終の美を飾ることはできず、ロンドは機材トラブルで遅れて37位に終わり、引退レースとなったルーベは12秒遅れの集団でゴールし、13位だった。

ベルギーのクラシックシーズンが終了した4月の終わりに、ボーネンはアントワープ州にある故郷モルで引退イベントを開催し、さよならクリテリウムで大勢のファンに最後の勇姿を見せた。引退後、彼はモータースポーツのドライバーになることが決まっていたため、引退イベントでは選手仲間たちからスペシャルなヘルメットをプレゼントされた。
 
ボーネンは故郷モルで引退イベントを開催し、大勢のファンが集った
引退イベントはボーネンのチームメートや友達の選手たちも参加した 

ロード世界選でスロバキアのサガンが史上初の3連覇を達成

ゴールスプリントで地元のクリストフの夢を打ち砕いたサガン(左) (photo : Luca Bettini/BettiniPhoto©2017)
ノルウエーのベルゲンで開催されたロード世界選手権は、集団ゴールスプリントでスロバキアのペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)が地元のアレクサンダー・クリストフ(チームカチューシャ・アルペシン)を打ち負かし、史上初の3連覇を達成した。

これまでにロード世界選で3回優勝した選手は4人いたが、3年連続というのはサガンが初めてだった。今後、彼にはロード世界選最多優勝記録となる4勝目への期待がかけられるが、来年オーストリアのインスブルックは上りがより厳しいコースになっている。

UCI会長選で現職のクックソンが敗退し、ラパルティアンが新会長に就任

フランス人のラパルティアン新会長 (photo Luca Bettini/BettiniPhoto©2017)                                    
2017年は9月のベルゲン世界選手権期間中に4年に1度のUCI会長選挙があり、現職のブライアン・クックソン会長とフランスのダビー・ラパルティアンの一騎打ちになり、37対8票という大差を付けてラパルティアンが新会長に就任した。

大敗した英国人のクックソン元会長は、4年前の会長選でUSポスタル事件への関与が疑われていたアイルランドのパット・マッケイド元会長を破って当選したのだが、真相を究明することなく、たった4年で会長職を追われてしまった。

現在44歳のラパルティアン新会長は、フランスでも特に自転車競技が盛んなブルターニュ地方出身で、自転車ドーピング撲滅に力を入れると表明している。

ヴェロンが仕掛けるハンマー・シリーズ初開催

初日のハンマークライムで優勝したのはモビスターチームのベタンクールだった (photo : Davy Rietbergen/CV/BettiniPhoto©2017)
2014年に誕生した新スタイルのビジネス・プロジェクト『ヴェロン』が主催する新スタイルのレースシリーズ『ハンマー・シリーズ』が、6月にオランダ南部で初開催され、ヴェロンのメンバーであるUCIワールドチーム10チームを含めた16チームが参加した。

3日間のハンマー・シリーズはユニークなチーム対抗戦で、初日に『ハンマー・クライム』、2日目に『ハンマー・スプリント』、最終日に『ハンマー・チェイス』を競い、獲得ポイントの合計で優勝チームが決定する。初代王者に輝いたのは、英国のチームスカイだった。
 

NIPPO・ヴィーニファンティーニのカノラがジャパンカップW優勝

ジャパンカップクリテリウムで優勝したカノラ(中央)
10月に栃木県宇都宮市で開催されたジャパンカップは、イタリアのマルコ・カノラ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ)が前哨戦のクリテリウムと本戦のロードレースの両方で優勝した初めての選手になった。

そして何よりもこの優勝は、チームの主要スポンサーであるNIPPOにとって、国内最大のレースであるジャパンカップで初めて手にした勝利だった。

ジャパンカップでは、1997年の阿部良之以来の日本人優勝者の誕生が期待されているが、長年自転車競技をサポートし続けているNIPPOの勝利で、その夢が少し近づいたように感じられる。

3大ツアーで優勝したスペインのコンタドールがブエルタで現役引退

ブエルタを完走して現役を引退したスペインのコンタドール (photo : Luis Angel Gomez/BettiniPhoto©2017)
今年で35歳になったスペインのアルベルト・コンタドール(トレック・セガフレード)は、地元のブエルタをプロとして最後のレースに選び、現役を引退した。彼は最終日前日のアングリル山頂ゴールでドラマチックな勝利を収め、有終の美を飾った。

3大ツアーで優勝しているコンタドールと、クラシックの王者であるボーネンの引退で、2017年は1つの時代が終わったことを実感させられたシーズンだった。しかし、それと同時にドゥムランのような若い選手が成功を収め、来年に向けての楽しみが増えたシーズンでもあった。
 

 


■CYCLE SPORTS.jpが選ぶ 2017年10大ニュース・プロダクツ編