安井行生のロードバイク徹底評論第9回 TREK MADONE vol.6

目次

安井トレック・マドン6

第9回で俎上に載せるのは、デビューから2年が経つトレックのマドンである。安井がOCLV700のマドンRSLとOCLV600のマドン9.2という2台と数日間を共にし、見て考えたこと・乗って感じたことを子細にお届けする。全8回、計1万6000文字。渾身のマドン評論。vol.6。トレック本社で空力分析責任者として働く日本人エンジニア、鈴木未央氏との一問一答の続きをどうぞ。

 

CFD解析の難しさ

Q:市販のCFD解析ソフトをそのまま使っているのか。
A:正確にバイクの空力性能を捉えるため、様々な種類のCFDとそのパラメータを調整する方法の検討を重ねました。→解析ソフトの中の空力モデル選びと、そのモデルパラメータの調整を重ねました。その見極めには時間がかかりましたが、自転車特有の物理を知る上で必要な過程でした。
 

ここも補足が必要だろう。CFD(Computational Fluid Dynamics=数値流体力学)とはコンピュータで流体の流れを分析するシミュレーション技術のこと。開発対象が狙いどおりの効果を発揮するのか、数値データに加え視覚データとして捉えることができる。風洞実験の前にCFDで形状検討をし、ふるい落としにかけることで開発効率も高まる。

トレックがマドン開発において使用したCFDソフトは、CD-adapco(Siemens Company) 社のSTAR-CCM+という他のバイクメーカーもよく使っているものだが、実際には現実世界の現象との乖離が少なからずあるという。その精度は年々向上しているが、CFDはリアルと必ずしも一致せず、正確さに欠けるのだ(現実世界とCFDソフトが完全に一致するのなら、少なくとも空気抵抗の解析において風洞実験や実走実験は必要なくなるはずである)。
 
トレックでは分析結果を現実の現象にできるだけ近づけるよう、独自にCFDのパラメータ(プログラムの動作条件を決めるために外部から投入される情報のこと。解析結果に大きく影響する)の微調整を行っているという。

その結果、風洞実験の結果とCFDによる分析結果との差を3%以内に収めることに成功した。このような地道な開発を行わないと、ディスプレイ上では素晴らしい空力性能を持つフレームでも、実際の道路を走ると全然ダメということが起こりうる。

 
Q:フレームの中で最も設計が難しかった箇所とその理由を。
A:美しい見た目でありながら、空力、ライドクオリティー、バイク全体のバランスが考慮されていることがマドンの最大の特徴です。それゆえ、簡単に仕上げることができた箇所はなく、すべてのチューブや接合部を慎重に設計しました。よって難しかった場所を挙げることはできません。
 

最後に、鈴木さんはこう締めくくってくれた。

「解明できていないことに挑み、バイクにおいて新たな空力性を見つけだすことに喜びを感じています。バイクサイエンスの中には、科学的に解明できていないことが今でもたくさんあるんです。それらをひも解いていくことに挑戦したいと思っています」

このマドンは最終到達点ではなく、今後さらに進化することを感じさせる、素晴らしい言葉である。

 

これがホンモノのエアロロード

安井トレック・マドン6

さて、あきれたり笑ったり考えたり唸ったり驚いたり怒ったりと、乗る前にこんなひと騒動あるバイクも珍しいが、しかしマドンで走り出してまず出たのは、溜息ではなく感嘆の声だった。

新型マドンに初めて乗ったのは、サイクルスポーツ誌の連載「自転車道」のロケでのことだった。東京をスタートし、2016年のトップモデル数台に乗りながら京都を目指すというインプレ・ツーリングで、2日目に乗ったのがマドンの最上位機種、(RSL)レースショップリミテッドだったのだ。海沿いの駐車場からマドンRSLで走り出したとき、久々に性能そのものに心から驚いた。

ゼロスタートはそこいらの“超高性能車”とさほどかわらない。驚きは、ペダルを数回転させて速度を時速20km以上に上げたときにやってくる。最初は本当に追い風なのかと思った。しかしその日は完全に無風。海岸沿いに林立している風力発電機のブレードは微動だにしていない。この空力性能は本物だ。いままで何台ものエアロロードに試乗してきたが、これはレベルが違う。これが本当のエアロロードだ。
 
評者としてはちょっと癪だが、素晴らしいのは空力性能だけではなかった。まずは剛性感。何度も書いているが、自転車において空力と剛性(もしくは剛性感)は相反しやすい。空力に特化すると、チューブの特性としては縦に硬く、そして重くなる。これは物理の宿命である。要するに空力を高めれば高めるほど、高速巡航性以外の走りが犠牲になるのである。カーボンであれば積層で工夫できるじゃないかと思われるかもしれないが、チューブの性能を大きく左右するのは積層ではなくチューブのカタチである。
 
しかし、なぜかマドンの剛性感は絶品だった。動力伝達性を犠牲にせず、踏みやすく脚に心地いいペダリングフィールを実現している。上りのダンシングでも、エアロロードとは思えないほどの絶妙なる剛性バランスを味わわせてくれる。

これがシンプルなチュービングのフレームなら話は分かる。しかしエアロダイナミクスに特化しフレーム各所にギミックを仕込み、所々に大穴を開けたフレームでこれなのである。驚くほかない。感嘆する以外にない。

マドンはペダリングフィールという曖昧な要素に関しても抜かりがないのだ。サイボーグのようななりをしていながら、新型マドンは人間を無視していないのである。新型マドンで真に驚くべきは、空気抵抗の低さではない。ここまでの空力性能を持ちながら、ロードバイクの聖域たる走りの質が侵されていないことである。
 

 

安井行生のロードバイク徹底評論第9回 TREK MADONE vol.7へ続く 

安井行生のロードバイク徹底評論第9回 TREK MADONE vol.5へ戻る