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チネリのことを話そう

チネリと他社の製品を比べるのはフェアではない。それは企業理念がまったく違うからだ。では、それはナニか……副社長のファブリツィオ・アギトが答える。
photo:和田やずか、吉田悠太
チネリはイタリアの自転車界を代表するイコンだ。長い歴史と輝かしい戦績、名品&定番商品、そして数々のエピソードにあふれている。日本にも古くから輸入されており、かつての東京五輪や力道山とのエピソードは、日本のスポーツバイクを語るうえで欠かせない。

目の肥えた世界中のエンスージアストから高く評価される一方で、シングルギヤをこよなく愛するストリートサイドにも熱狂的な支持者がいる。カーボンフレームでオリンピック選手や強豪グランフォンドチームをサポートする傍ら、ステージ数100、距離1万2000kmで争われるツール・ド・アフリカといった大陸を横断するスチールバイクもラインナップする。

高級車を並べるだけでもなければ、安価な普及モデルを積極的に販売して会社を大きくしようともしない。多くの人が語るチネリの魅力は多様で、その人を映す鏡だ。一つひとつの魅力は混じり合うことなく、それぞれに独立して、あたかもカオスのようである。そして、その世界観を演出しているのはオーナーのアントニオ・コロンボである。そして、現場で指揮しているのは、彼の右腕であるファブリツィオ・アギトだ。

ロンドンで行われるローンチイベントを1週間後にえた2016年11月19日、ファブリツィオは新車〝スーパースター〞を伴って来日した。
 
「スーパースターは最新にして最高の選択肢です。リムブレーキとディスクブレーキがラインナップされていて、ユーザーは好みのブレーキを選ぶことができます。価格的に最高級モデルではありませんが、パフォーマンスが劣るわけじゃありません。ラインナップを簡潔にして、求めやすい価格のバイクにしました」

2017年のニューモデルは、プロレースでディスクブレーキが事実上の解禁となるため、リムブレーキ版とディスクブレーキ版がそれぞれ用意されることが多い。しかし、レースでの解禁がスーパースターを誕生させた背景ではない。

「フレームのコンセプトは、リムブレーキ版もディスクブレーキ版も一緒です。ディスクブレーキ版を発売した最大の理由は、カーボンホイールが好きな人に、最高のフレームを提供したかったからです。カーボンリムにブレーキパッドを押しつけるのが良くないのは、ご存じのとおり。パッドが砂をかみ込むと、リムは大きなダメージ を受けます。その点、ディスクブレーキは完璧に安全です。

プロレースはディスクブレーキの普及によって、下りで数秒の恩恵を受けるでしょう。けれど私たちのようなライダーには、安全こそが最大のメリットです。イタリアやヨーロッパではグラベルレースが増えてきています。そこでもディスクブレーキは優位で、28mm幅のタイヤを装着できるのも特徴の1つです。ただ、上質で軽く、完成度の高いアルミリムホイールが好きな人も多いでしょうし、経験豊富な人たちがリムブレーキを選択するのも当然のことだと思います」

 
創業以来、チネリは競技と絶妙の距離を保ってきた。ナショナルチームなどを通じて、世界のトップレベルであることを証明しつつ、アマチュアライダーのために製品を作り続けてきた。それこそがチーノ・チネリからアントニオに受け継がれた自己同一性であり、この先も変わらないという。

「私が入社したとき、アントニオは師であり、こう言いました。〝みんなに好かれる自転車があるとすれば、それはチネリではない〞と。それゆえ、製品開発には、いつも緊張感があります。価格も性能の1つですが、チネリの顧客は目が肥えており、作り手の魂が込められたプロダクツのみが成功します」

ミラノ〜サンレモで優勝経験のあるチーノは、間違いなく優秀な選手の1人だった。しかし、彼の才能が最も輝いたのは、流行を先読みし、さらに一歩進んだ製品を開発する才能である。世界初のクリップレスペダル(M71)、アルミ製ハンドルバーはチネリが最初に作ったモノで、チネリを知らなくても、サイクリストはそのアイデアの恩恵にあずかっている。そしてイタリアの伝統に基づき、ディテール、クオリティに重きを置いたエレガントなモノ作りは、苦労して手に入れたというよりも、最初から備わっていた能力だったといえる。
 
「アントニオが後を継いでからも、基本に変わりはありません。〝まだ現存していないけれども探し求めているもの〞を供給する、〝技術的に革新的で、まだ誰もやったことのないものを提供する〞のはチネリのDNAに刻まれたものです。

例えば、イクスピリエンスというアルミフレームがあります。シートステーのブレーキブリッジに、トランプのようなシンボルが付いている。なぜ、わざわざそういったところにコストをかけるのか?
それは、我々の顧客は小さなディテールも見逃さないからです。ビゴレッリのBBシェルに笑顔が描いてあるのも然り。走行中に見ることができませんが、私たちのブランドに愛情を注いでくれる人たちは、それを喜んでくれる。10人のうち8人がバカげた商品だと言うかもしれない。しかし、2人はいいな、と言ってくれる。それがチネリのユーザーなのです」
 
見えない部分までこだわるのは、かつてのアップルコンピュータが有名だ。故スティーブ・ジョブズは筐体の裏側、基板のデザインにも気を使ったという。そして、両者には接点がある。

「我々はアップルに比べれば非常に小さな会社です。しかし、ジョブズはアントニオと会い、私たちの自転車を買いました。チーフ・デザイン・オフィサーのジョナサン・アイズもレーザーミアのユーザーであり、こういった人々は、チネリに引かれるのです。映画の関係者をはじめクリエイティブな仕事に関わっている人たちから多くの支持を集めているのは、私たちの製品が発しているメッセージを汲み取っていただいているからだと分析しています。

基本的にスポーツバイクは非常に成熟した段階に達しています。 品質が高いことは当然です。ユーザーは製品を手にすることで、自分のライフスタイルにナニを与えてくれるのか?どういったメッセージを伝えてくるか......ということを感じ取って選択します。そして、これからも製品に込められたメッセージが重要となる傾向は高まっていくでしょう。それは私たちにとって、理解者が増えることだと期待したいですね」
 
ファブリツィオは新製品を開発するとき、スポーツ、アート、デザインの要素の全てを包括できるか考えるという。なぜそれを作るのか、どうしてやるのか。その背後にあるアイデアや考えは何なのか。解決策は新しい技術の場合もあれば、美しいグラフィックや独自の方法によってもたらされることもある。

「我々が忘れてはいけないのは、大人の超高価なおもちゃを作っているということ。そのおもちゃは何のために設計されているかを忘れてはなりません。それは、そのお客様の人生をより幸せにするためです」

柔軟な発想と大胆な決断。繊細に選ばれた素材と色遣い。そんな製品を選ぶ顧客を、チネリ自身はこのように捉えている。

「より良き人生のためにサイクリングする人たちです。自転車の種類も使い方も、多種多様にあっていい。通勤の手段として乗る人も、レースをするためにペダルをこぐ人もいます。多くの用途に対応できるという点において、私たちのバイクと似ているのは、アウトドアウエアかもしれません。彼らの製品は機能性が高く、キャンプも登山もできる。さらに都会という環境にも完全になじんでいる。チネリも同じような存在であり、いつもオープンな立場で、若い人のそばにいました。これからも新しいムーブメントが起きる現場に立ち会いたいし、新しいトレンドの手助けをしたいですね。

ヨーロッパ、特に大きな都市では自転車に乗る人が増えています。クルマの量を減らすとか、より健康的な生活を送るという意味もあります。しかし、その根本にあるのは、自転車を通じて仲間とコミュニケーションをとりたいという本能が働いているのでしょう。

サイクリストというのは、とりわけ大きなグループです。その中にはマウンテンバイカーがいて、ローソバイカーがいて、旅行者もいる。自転車には人と人とを結びつける力があります。排除するのではなく、〝一緒に走ろう〞と楽しみを共有し、内包する力がある。ギヤの数やフィールドで差別や区別をするのではなく、MTBが好きだし、ロードバイクも、通勤に自転車を使うのも好き。これがチネリの考え方です」

 
「イクスピリエンス」シマノ・ティアグラ完成車価格:18万円(税抜)
「イクスピリエンス」シマノ・ティアグラ完成車価格:18万円(税抜)
「スーパースターディスク」フレームセット価格:21万円(税抜)
「スーパースターディスク」フレームセット価格:21万円(税抜)

Fabrizio Aghito  ファブリツィオ・アギト

1996年グルッポに入社。当初はチューブメーカーのコロンバスを担当していたが、2年後に異動しチネリも手がけるようになる。現チネリ副社長。フレームからハンドル、アクセサリーまでを統括し、世界中のサイクルショーを飛びまわる。旅系バイクのホボにまたがり南米チリを縦走したこともある。

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