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2014年ロード世界選手権 ハイライト

2年連続で雨天になったロード世界選手権は、クウィアトコウスキーがポーランドに初優勝をもたらした

 

Photo: Graham Watson

ポーランド初の世界チャンピオン!

UCIロード世界選手権大会は、2年連続で強豪国が打ち負かされる結末に終わった。昨年はルイ・コスタがポルトガルに初勝利をもたらしたが、スペイン北西部のポンフェラダで開催された今年の世界選では、ポーランドが史上初めて成功を収めたのだ。

 

レースは最終周回の最後のミラドールの上り坂が勝負どころになると予測されていた。しかし、ポーランドのエースであるミハウ・クウィアトコウスキー(オメガファルマ・クイックステップ)は、ミラドールの手前の下り坂で集団からアタックする奇襲に出た。

 

この作戦は成功した。集団から抜け出したクウィアトコウスキーは逃げグループに追いつき、平均勾配6.6%のミラドールで先頭に立つと、ゴールまで残り4.7kmの頂上を単独で通過した。集団とのタイム差はたった12秒だったが、彼はそのまま独走を続けた。

 

集団からはミラドールでスペインのアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)、オーストラリアのサイモン・ゲランズ(オリカ・グリーンエッジ)、ベルギーのフィリップ・ジルベール(BMC)、グレッグ・バンアーベルマート(BMC)といった強豪が追走に出たが、クウィアトコウスキーを捉えることはできなかった。

 

2012年の世界チャンピオンであるジルベールが、バンアーベルマートのために追走グループを引き続けたが、クウィアトコウスキーの背中は遠かった。後方を振り返って勝利を確信すると、彼はゴール目前でナショナルジャージの胸についた白鷲の紋章に口づけをし、両手を上げてフィニッシュラインを通過した。

 

この日、ポーランドチームはクウィアトコウスキーのために一日中集団をコントロールし続けた。彼の勝利は、その労苦に応えるものだった。ポーランドは、旧東側の各国が活躍した2000年のプルエ世界選(フランス)で、ズピグニウ・スプルッヒが2位になって表彰台に上がったことはあったが、優勝は初めてだった。

 

今年はラファウ・マイカ(ティンコフ・サクソ)がツール・ド・フランス(UCIワールドツアー)で区間2勝して山岳賞も獲得し、ポーランドは世界のトップシーンで脚光を浴びるようになっていた。そしてついに、世界タイトルまで手中におさめてしまったのだ。

 

雨天の死闘を制したポーランド

254.8kmという長丁場で競われたポンフェラダ世界選のエリート男子ロードレースには、44ヶ国の204選手が出場した。昨年と同じように雨になり、路面は滑りやすくなっていた。コースは1周18.2kmのサーキットを14周し、コンフェデラシオンとミラドールという2つの丘があった。

 

レースは1周目からコロンビアのカルロス・キンテロ(コロンビア)、ウクライナのオレクサンドル・ポリボダ(コルスサイクリングチーム)、クロアチアのマティヤ・クバジナ(グルメットファイン)、リトアニアのジドルーナス・サビツカスの4人が逃げ出した。

 

4周目に集団で落車が発生し、イタリアのビンチェンツォ・ニバリ(アスタナ)が巻き込まれてしまったが、チームメイトたちが彼を待ち、無事集団に復帰することができた。

 

スタートから78kmで4人の逃げとのタイム差が15分になり、集団はドイツ勢が先頭を引き始め、つづいてポーランドチームも仕事を開始した。白と赤のナショナルチームジャージは長らく集団をコントロールし続けた。

 

ゴールまで残り80kmで逃げのタイム差が5分を切ると、集団の先頭ではイタリアナショナルチームが仕事を開始した。7km経過して残り4周に突入したとき、タイム差は2分ちょっとに縮まっていた。

 

先頭ではコロンビアのキンテロが最後まで抵抗を続けたが、すでに彼の出番は終わっていた。降りしきる雨のなか、イタリアの加速で集団はコンフェデラシオンの坂でバラバラになり、カオスになった。

 

ここから先行した10数人の中から、残り55kmでドイツのトニー・マルティン(オメガファルマ・クイックステップ)がアタックし、集団に30秒差を付けて残り3周に突入したが、追走していた11人に捕まった。

 

先頭の小集団では、イタリア勢が攻撃を続けた。残り34kmでイタリアのジョバンニ・ビスコンティ(モビスター)がアタックし、英国のピーター・ケンユック(スカイ)と先行した。

 

ビスコンティが捕まった後は、アレッサンドロ・デマルキ(キャノンデール)が飛び出し、フランスのシリル・ゴチエ(ヨーロッパカー)、デンマークのミカエル・バルグレンアンデルセン(ティンコフ・サクソ)とともに先頭を逃げ続けた。

 

この3人に、ベラルーシのバシル・キリエンカ(スカイ)が最終周突入直前に追いつき、先頭は4人になった。しかし、小さくなったメイン集団とのタイム差は、たった44秒しかなかった。

 

メイン集団はスペインとベルギーが引き、残り10kmでタイム差は10数秒になり、4人を捕らえるのは時間の問題だった。ところが残り7kmの下り坂で、長く伸びた集団の先頭からポーランドのクウィアトコウスキーがアタックし、強豪国の思惑は打ち砕かれてしまった。

 

あっという間に先行したクウィアトコウスキーは、すぐに先頭の4人に追いついた。最後のミラドールの上り坂が始まると、彼に付いていける脚が残っている者は逃げグループにはいなかった。

 

「その下りでのアタックは計画していなかったが、ボクは前にいた。そこで先頭のグループに入るチャンスがあると悟った。彼らを捕まえて、ボクは少し落ち着くことができた。だから最後の上りでの努力をコントロールできたんだ」と、クウィアトコウスキーはゴール後に説明している。

 

集団は7秒後に迫っていたが、クウィアトコウスキーは落ち着いて独走を続けていた。後方では地元スペインのバルベルデがミラドールでアタック、バンアーベルマート、バルベルデ、ゲランズ、ジルベールが応戦し、追走グループになった。

 

しかし、彼らは協力しあってクウィアトコウスキーを追い詰めることはできなかった。そこに2人いたベルギー勢ですら、ゴール目前の逆転劇を演じることはできなかったのだ。

 

「最後の上りでのタイム差がたとえ少なくても、そこからボクのような選手を追い詰めるのは難しくなる。アンダー23のレースでそれが可能なのはすでに見ていた。ボクはゲランズやバルベルデのような連中と競えるような最高のスプリンターではないから、最後にうまくいって信じられないような気分だよ」と、クウィアトコウスキーは語っている。

 

現在24歳のクウィアトコウスキーは、今季の春先にイタリアのストラーデ・ビアンケ(UCIヨーロッパツアー1.1)で優勝し、フレッシュ・ワロンヌとリエージュ~バストーニュ~リエージュで3位になり、注目を集めていた。

 

ベルギーのオメガファルマ・クイックステップにとっては、2005年のトム・ボーネン(ベルギー)、2006年、2007年のパオロ・ベッティーニ(イタリア)につづき、チーム史上3人目のロード世界チャンピオン輩出となった。

 

ポンフェラダ世界選 エリード男子ロードレース結果

1 ミハウ・クウィアトコウスキー(オメガファルマ・クイックステップ/ポーランド)
6時間29分07秒

2 サイモン・ゲランズ(オリカ・グリーンエッジ/オーストラリア)+1秒

3 アレハンドロ・バルベルデ(モビスター/スペイン)+1秒

4 マッティ・ブレシェル(ティンコフ・サクソ/デンマーク)+1秒

5 グレッグ・バンアーベルマート(BMC/ベルギー)+1秒

6 トニ・ガロパン(ロット・ベリソル/フランス)+1秒

7 フィリップ・ジルベール(BMC/ベルギー)+4秒

8 アレクサンダー・クリストフ(カチューシャ/ノルウエー)+7秒

9 ジョン・デゲンコルプ(ジャイアント・シマノ/ドイツ)+7秒

10 ナセル・ブアニ(FDJ.fr/フランス)+7秒

 

[各カテゴリーの世界チャンピオン]

■女子ジュニア個人TT:マーシー・ステュワート(オーストラリア)

■男子ジュニア個人TT:レナールト・カムナ(ドイツ)

■女子エリート個人TT:リサ・ブレナウアー(ドイツ)

■男子アンダー23個人TT:キャンベル・フレークモア(オーストラリア)

■男子エリート個人TT:ブラッドリー・ウィギンス(スカイ/英国)

■女子ジュニアロードレース:アマリー・ディダーイクセン(デンマーク)

■男子ジュニアロードレース:ヨーナス・ボーケロー(ドイツ)

■女子エリートロードレース:ポーリーヌ・フェランプレボ(フランス)

■男子アンダー23ロードレース:スベンエリック・ビーストラム(ノルウエー)

■男子エリートロードレース:ミハウ・クウィアトコウスキー(オメガファルマ・クイックステップ/ポーランド)


[世界選手権エリート男子ロードレース優勝者]

2014 ミハウ・クウィアトコウスキー(ポーランド)

2013 ルイ・コスタ(ポルトガル)

2012 フィリップ・ジルベール(ベルギー)

2011 マーク・カヴェンディッシュ(英国)

2010 トール・フースホフト(ノルウエー)

2009 カデル・エヴァンス(オーストラリア)

2008 アレッサンドロ・バッラン(イタリア)

2007 パオロ・ベッティーニ(イタリア)

2006 パオロ・ベッティーニ(イタリア)

2005 トム・ボーネン(ベルギー)

 

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